48 ヒックスは、ついにミヒナを守り抜く
―――場所はグランデリア王城。マシロ達がグォルゲイ・レグナード打倒の為に『司法の塔』へ踏み込んだあたりに、すこし時間は戻る。
グランデリア王城、王の間。
円柱が立ち並ぶ、広大な広間である。
高い天井の窓からは、邪悪な紫色の光が射し込んでいる。磨き上げられた大理石の床。そこに、絢爛な刺繍が施された絨毯がひとつの道のように敷かれている。
王室は、ネロス/グォルゲイと マシロ/ミハエルの両陣営に対し中立の対場を表明したが、厳重な警戒態勢をしいていた。
その厳重な警戒態勢を突き破り、王座の間に到達した暗殺者はミヒナ・レグナードだった。
手に持つ剣と白銀の鎖帷子が、斬り殺してきたであろう警備兵の血で、赤く染まっている。
そして、緑色に輝く眼はいびつに歪んでおり、可愛らしい表情は醜く崩れてしまっていた。
四段上の王座に座すはグランデリア王と王妃であり、眼前には鍛え上げられた近衛兵十名が倒れている。
声を上げる事も出来ぬ王の元へ歩み寄ると、ミヒナは剣を一閃させる。
王の首が宙を舞う。
王の首をとったミヒナは表情を変えることなく、王妃を見た。
「はっはっはー、かかったな!」
突如、ヒックス・ギルバートの声が王の間に響き渡る。
首が無くなった王の体が蒸発するように溶けてゆく。同じように、王の間に倒れる近衛兵十名の体が蒸発してゆく。
「王様も、近衛兵も魔術でつくった留守番人形だ。本物は昨夜のうちに国外に避難されているんだよ。単身で乗り込んでくるあたりは相当の自信があったんだろうが、こっちにとっちゃ好都合だ」
そう言う王妃をよく見ると、魔導技術庁の天才ヒックス・ギルバートの変装した姿だった。
王妃の衣装のしたには、魔術で強化された鎧を数枚重ねて着こんでいる。
俺(ヒックス)は王室の依頼をうけてニセ国王として王の間にとどまっていたのだ。レヴァントは本陣の警護だろうから、仮に王の暗殺に来るとしたらミヒナだろうと予想していた。
まさに予想通り、さすが俺。
「今、助けてやるぜミヒナ!」
印を結ぶと素早く術式をとなえる。この儀式めいたことは省略してかまわないのだが、きっちりやることで魔術の威力が高まる。
王の間の床から壁、そして天井に至るまで書き込まれた無数の魔法陣の文字がひかる。一瞬のうちに、空間全体を支配する空気が重くなった。
「ぐっ、ぎぎぎぃ」
魔術の力で全身の自由を封じ込められたミヒナが立ちすくむ。
手元にある、『解除の指輪』をミヒナに向けてかかげる。正確にはこの指輪は複製品・コピーだ。天才の俺の手にかかれば、魔導具の複製くらい楽勝だ。
(といっても、指輪そのものの魔力は十分の一くらいに落ちるが・・・、そんだけの魔力があれば十分だい)
「ぐあっ、あああああ!」
解除の指輪(の複製品)の放つ光をあび、ミヒナが立ったままもがいた。腰とヒザがガクンガクンと揺れる。
「ああっ、ミヒナ! だ、大丈夫か?」
駆け寄ろうとしたとき、俺の脚がとまる。
(!!!)
ミヒナの鎖帷子の中から一匹の黒い蛇が這いだしてきていた。ミヒナの体に巻き付いていたのか? 大人の腕の太さほどの胴をもった蛇だ。
「う、うわあぁぁぁ!」
さらに、背中に悪寒が走り、嫌な気配を感じる。
(な、なんだ? 上空に凶悪な魔力の集中を感じる)
ミヒナに巻き付いた黒蛇は俺の眼をみすえると、ぬめり気のある声でしゃべった。
「ヒックス・ギルバートォ、さすがに良い仕事をしてくれましたねぇ、ミヒナを失うのは惜しいですがぁ、お前を仕留められればぁ、まあ、よいでしょう」
黒蛇は悪臭を放ちながら、蒸発して消えてゆく。
(!!!)
ミヒナに飛びつき、守るように彼女の全身を覆った。
王の間に張り巡らした魔法陣の力で、二人をまもる防御壁を十三枚ほどつくった。
時間にして一秒の半分にもならない時間のうちに、その作業をやってのけた。
(ミヒナは俺が守る)
王の間、いや王城全体が光に包まれ、視界が赤に染まった。
轟音と共に建造物が爆発し崩れ去る。
闇に飲まれていく。
上空に浮かぶ『邪眼水晶核』から放たれた雷撃が直撃したのだった。
俺はミヒナを腕に抱き、ふかく瓦礫に埋もれている。
埋もれているが押しつぶされているわけでもない。
上手い所に挟まっているようだ。
(俺の得体の知れない幸運をなめるなよ)
上空には光が見える。紫色の空だが、不思議と恐怖は感じない。
俺達は、無傷だ。
よくわからないが、勝った気がする。
「うっ、うう、いたた」
「おうっ、ミヒナ、気づいたか」
腕のなかのミヒナが、寝起きのような顔をしている。
あの悪魔のような目つきはそこにない。
(やっぱ可愛い、この眼が可愛くてたまらないぜ!)
「えっ?はっ? ここは?」
ミヒナはどういった理由で、ヒックスと瓦礫にうずもれているのか分からないようだ。
「はっはっは、地上にたどり着いてからゆっくり説明してやるよ。お前、体は大丈夫か? 頭は痛くないか?」
「え、ええ、あちこち地味に痛いんですけど、大丈夫かなと」
ミヒナが困ったような目つきで俺を見る。
おそらく数日の間、自我を奪われていたのだ。訳が分からないでいるに違いない。
治療を要するダメージはなさそうだな。
ドカッ、トン、ドカッ。
魔力を手のひらに溜めて、上を塞いでいる瓦礫を地道に破壊していく。
地上脱出まで二時間くらいかかりそうだ。
地上から、落雷のような音が響いている、上空の『邪眼水晶核』による王都攻撃が続いているのだろう。
俺達の存在は魔術で検知されぬように魔導具で守ってある。こちらを攻撃してくることは、おそらくないだろう。
攻撃してきたところで十三枚の防御魔法陣はまだ生きているのだ。
「あの、何があったのかわかりませんが、ヒックス様、大丈夫ですか?」
俺の体にしがみついてくるミヒナが心配そうに尋ねる。
「・・・ああ、問題ない。あと、俺たちは恋人同士なんだぞ。様づけはやめろ、他人行儀だろ」
ミヒナの眼をみて言う。
「・・・うん」
ドカッ、カラカラ。
ちいさな瓦礫が上から降って来る。覆いかぶさるようにミヒナを守る。
ふたたび上を見る。この瓦礫を抜け出すまで、まだ時間がかりそうだ。
(それまで、しっかり守ってやる。いや、これからもだ、お前の体に傷がつくことは、もうないさ)
上にかぶさる王の間の瓦礫たち。
しっかりと安全を確認しながら破壊してゆく、俺たちは上を見上げ続けた。
◇
ヒックスとミヒナの物語は、この話が最後になります。
◆ ◆
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