47 マシロは入れ替わり工作で父を斬る

依然として王都には『邪眼水晶核』が上空に浮かび、空の色は気味の悪い紫色だった。



トロティの裏工作が効いたのか、グランデリア王室ならびに王国軍はネロス/グォルゲイと マシロ/ミハエルの両陣営に対して中立の立場を取った。

これには、有能な将軍たちが全て国境近くの前線に出ているという事情もあったのだろう。

軍を動かすにしても、有能な指揮官不在の大軍は烏合の衆と化す可能性が高い。


また、現実としてマシロの騎士団は王都に出現した魔物の群れを激闘の末にせん滅していた。

王国指導者たちがマシロをはっきりと反逆者とみなすには、まだ決め手が足りないようだ。


王都西門よりマシロ(=正確にはトロティが化けている)率いる聖堂騎士団の本隊は、さえぎるものなく無傷にて王都に入る。

マシロが夜中に送り込んだ偵察の情報をもとに、本隊の百名はネロス率いる第一騎士団が陣を敷くゲルニカ大聖堂まえの広場を目指した。



この世界特有の乾いた風に、マシロの『青い桔梗(ききょう)』の旗がなびいてゆく。


(流れはこちらにあるはず!)


俺(マシロに化けたトロティ)は聖堂騎士団を率い王都大通りを駆けていく。

最悪の場合、数万の数を誇る大軍との戦いを覚悟していた。王室と王国軍が中立に立ってくれたことは天運に恵まれたと言っていい。

やはり、ミハエルとマシロは運というか・・・強烈な何かを持っている。


(しかし、こいつの体・・・)


鎧の下に感じるマシロの体はやわらかく、繊細だった。激しく動くと壊れてしまうのではないかと思う。このようなやわらかい身体をもつ女性を俺は知らない。


―――この戦いが終わるまでは、お前は私の秘書官だ。

昨夜のマシロの言葉を思い出す。早くこの戦いを終わらせたい、この体を俺だけのものにしたい。


(あとは、ミヒナさんの件)

敵がミヒナを人質に、マシロの身柄や降伏を要求してきても、とりあえず俺(つまりマシロに化けたトロティ)が身代わりとして対処すればいい。

敵側に『邪眼水晶核』という兵器はあるが、恐らく戦況は五分五分なのだ。


(教会組織のカリスマ・マシロと、得体の知れない何かをもつミハエル、この二人の天運。あとはこの俺の愛のチカラでどうにかするしかない)


ゲルニカ大聖堂まえの第一騎士団の旗『黒鷲(くろわし)』が見える。

「聖堂を奪還するのだ! 神の騎兵団の威光を知らしめよ!」

俺は吠える。しかし、声はマシロの声だ、透き通る美しい声だった。


光あれ。

剣を天高くかかげる。

(こいつやっぱ、胸デカいな)

吠えながら胸部の重みも感じていた。


先頭に立ち、全神経を集中させ敵陣に突っ込んでゆく。腰に下げている家宝の聖剣『ル・ソレイル』も光り輝いていた。





乾いた風が私(マシロが変装したトロティ)の頬を撫でている。


王国一の剣士ミハエルが率いる第二騎士団の動きは圧巻だった。

一頭の獣が風を食いちぎるように突き進んでいる。

私の率いる聖堂騎士団が王国の『宗教的』な精神的支柱であるのに対し、ミハエル率いる第二騎士団はまさに『武』としての支柱だと感じる。


ミハエルと共に、(トロティの姿でだが)王都大通りを駆け抜けてゆく。

かつて、幾度となく夢に描いたシーンだったが、いざ実現してしまうと現実の重さがきついだけだった。


私が変化したトロティの体は、思ったよりも精悍に鍛え上げられていた。

彼の、男性の肉体の逞しさというものを強く感じる。

私を地下牢から、そして絶望から救い出してくれたのはこの体をもつ男だったのだ。


(もしかしたら・・・)

トロティも同じように、私の体について何らかの思いを抱いているのかもしれない。


―――頼れよマシロ!もう駄目だと思うなら・・・もう駄目と思うなら、きつく俺にしがみつけよ!

昨夜のトロティの言葉を思い出す。


―――この戦いが終わるまでは、お前は私の秘書官だ。

私自身がトロティにかけた言葉も思いだす。


(この戦いが終わったら・・・)

必ず、この戦いに勝つ。私は再び前方を見据える。



王都侵入の数分後にはグォルゲイの座す『司法の塔』を包囲した。グォルゲイ・レグナードの私兵との戦闘があったものの、ミハエルの騎士団は歯牙にもかけず蹴散らした。


「サンヤ、ここには十名ほど残してあとはゲルニカ大聖堂へむかえ。ネロスの第一騎士団は王国一の精兵だ、聖堂騎士団の援護に行け! 俺とトロティはグォルゲイを討ってから行く」

「わかりました! 師団長、ご無事で」

ミハエルの指示により、第二騎士団はサンヤの指揮でゲルニカ大聖堂へ向かう。



私兵を失った『司法の塔』は、平時とかわらぬ静かな朝をむかえている。

私は剣を抜き、ミハエルと十名の騎士を後方に従え、父の執務室のある二階を目指し走った。


王都の空は紫色である。

心の中に黒い渦が巻く。

自分の呼吸の音を聞いた。


私はこれから父を斬らねばならない。私の知る限り父は悪魔のような男でしかない。

強欲という言葉が似あう男だ。

権力欲、性欲、支配欲、食欲・・・。この世界に存在する、すべての欲にまみれた存在と言える。


執務室の扉を叩き開けると、父グォルゲイは副官とふたり静かに紅茶を飲んでいた。

剣を差し向け、歩み寄る。


「外が騒がしいと思っていたら、こういう事だったか。取り逃がしたホークウインド家の次男が俺の首を取りに来たか、・・・まさかここまでの男とはな」

「あっけない最後になりそうだなグォルゲイ・レグナード、言い残すことはないのか?」

剣を喉元に突きつけられても父は落ち着いている、すべてを知っていたかのように。

出来るなら娘マシロの姿で父の首を切り落としたかった。


「トゥルアーティ・サファイア・ホークウインド卿よ、娘を、よろしく頼む」


頭の中が真っ白になった気がした。心の迷いを吹き消すように剣を横になぎ、父の首を跳ね飛ばした。


違和感を感じる。

(違う、これは父ではない!)


「こっちだ!」

ミハエルの声。

ミハエルが、魔導具を使い攻撃を加えようとしていた副官の心臓を貫いていた。


(入れ替わり・・・)

副官がグォルゲイに変装し、グォルゲイが副官の恰好をしていたのだ。


(実に父らしくない小細工・・・いや、やはり私は貴方の娘だったのでしょうね、私と同じ手をつかうなんて)

顔の筋肉だけを動かし苦笑した。トロティの身体と化している、自分の胸に手を当てる。


「うがっ、お、おのれ」

「お父様!」


「行くな!」

駆け寄ろうとするトロティ姿の私を、ミハエルが押さえる。


「ごぉっ、ごがががっあぁ」

瘴気と血が吐き出される。

断末魔をあげる父の体から、黒い暗黒の靄(もや)が立ち上がって来る。動物の死肉が腐ったような匂いが周囲に立ち込めていく。


(『魔』が父の体に取りついていたとでもいうのか)


ズル、ズルッ、ズル、ズルル・・・。

「うわぁっ」

ミハエルが叫ぶ。

床に大人の腕くらいの太さをもった黒い蛇が這っていた。

気持ちの悪い音を出しながら壁を這い上り、天井をつたいと、父が紅茶を飲んでいた机の上へ降りて来た。


蛇はこちらを見据える。そして静かに言葉を放つ。

「おやまぁ、大法官も実にあっけないものですねぇ、監視をつけといて正解でしたよぉ」


この、ぬめり気のある、吐き気を催す声は・・・。

「ベッ、ベイガン!」

叫んでいた。


「戦力の分断ん・・・と、囮としてぇは、いい働きでしたよぉ、グォルゲイ大法官。さようならぁ、そして、ありがとうございまぁす」


蛇の両目が赤く輝く。

キィイイィィィィィン。

耳鳴りがする。空中に漂う魔力の粒子が一点に集中して来る気配を感じる。

防御壁の神聖祈祷は間に合わない。

(ひ、避難を)

ミハエルのほうを振り返る。


閃光が走り目がくらむ、周囲が闇に包まれる。

『司法の塔』は轟音を立てて爆発した。






気づいた時には、ミハエルと共に獣人に担がれて路上に吹っ飛んでいた。


私とミハエルを担いで二階から跳んだとしたら、すさまじい身体能力になる。

獣人の腕から離されると、頭上に飛んでくる瓦礫をかわす。

しだいに爆発の黒煙がはれてゆくと、逞しい姿をした獣人が腰に手をあてて立っている。


「ひゅぅぅぅ、間に合ったようだね、なんかヤバいと思ってたんだ」

「助かったぜ、ファーヴニル」


どうやら、この獣人はミハエルの知り合いらしい。


(獣人・・・イタチ型の?)

暗殺者レヴァントが、ペットとしてイタチを飼っていた気がするが・・・。


突如、轟音が響き、上空の『邪眼水晶核』から王城へ雷がふりそそいだ。

建造物が崩れ去る音がきこえ、地面がゆれた。

「うおおっ! あいつら、やりやがった」


ネロスはついに、王室への攻撃に踏み切ったようだ。

独裁政権を樹立するつもりなのか?

国境近くに出ている王軍の有能な将軍たちや、有力な貴族たちを、これからどうやって従えるのか?


王国を滅ぼす気なのか?

少なくとも、自分の知っているネロス総帥はそのような思慮のない手を打つ人物ではなかったはずだ。

地面はまだ揺れている。


「ファーヴニル、あの時の地下水路の所に回復用の魔術ポーションがため込んである。背負えるだけ背負って持ってきてくれないか?」

「わかった、それ持ってゲルニカ大聖堂で合流だね」

ミハエルとファーヴニルがやり取りをしている。

回復薬を持ってきてくれるならありがたい。


「マシロ! ゲルニカ大聖堂へ行こう! まだ決着はついてないだろう」

塔の下で待っていた第二騎士団員の十名が、馬を二頭ひいてくる。


「ミハエル、行こう、最終決戦だ」

馬に乗った。



◆ ◆


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