最終章 『邪眼水晶核』の意志 ミハエルとレヴァントの戦い

46 赤き怨嗟と草原の光 レヴァントとミハエル

 ―――『邪眼水晶核』が浮かぶ王都、日の暮れたゲルニカ大聖堂


 その祭壇には、この世界を創りし神をあらわす十字架の聖体がまつられている。

 レヴァントの手により大司教が暗殺された主なき大聖堂・大司教の間に、王国の実権を奪い取らんとするネロスは拠点を置いた。


 聖堂に控えるは王国一の精鋭と呼ばれる、第一騎士団の百名である。

 その片隅では文献を床に広げた魔術師ベイガンがなにやら呟いている。


 緑眼(りょくがん)のレヴァントは黒い修道服に身を包み、不遜にも祭壇の最上段に左肩を預け座っている。

 腰まで入ったスリット(切れ込み)から足を投げ出し十字架に架けている。



 ―――レヴァント・ソードブレイカー


 ―――緑眼のレヴァントの過去の記憶は魔術で改変されたのか、かすかなものしか残っていない。

 心の中にあるものは黒い憎悪の炎。

 教会の高い天井を見つめつつ、彼女はおぼろげに残されたものを静かになぞっていた。


 どす黒い赤色で始まる人生の記憶。


 戦災。

 青いはずの空も、記憶の中では赤一色だ。


 家が、村が焼けた。

 熱い風だけがいつまでも吹きすさび、肌を打った。

 家族もいなくなった。

 幼い私は、ただひとり焼け跡で泣いていた。


 気づいた時には傭兵団でくらしていた。

 傭兵団の大人たちは、荒くれ者だったが優しかった。


 人を、平和な暮らしを、切り刻む『剣』というものが怖かった。


 ―――剣が怖い? なら剣より強くなればいいのさ

 変な言葉だ。

 すこし年上の男の子が、そう言って私を鍛えてくれた記憶がある。最後は、その男の子より強くなったように思う。私が勝ったのだ、多分。



 しかし、傭兵団は壊滅する。

 理不尽な力が、理不尽な剣が、私の大事なものを、またも奪い去っていった。

 この世界は、私の大事なものを一度ならず二度も奪い去ったのだ。


 この世界は、私から・・・奪い去った。


 天の高みより見物を決め込み仕事をしない『神』も、贅をつくし弱き者をいたぶる『王』も、大事な者たちの仇である。

 この私が叩き潰す。


 神も人も憎い。すべてが憎い。


 乾いた音が聖堂に響く。

 短刀を手に取ると、十字架に叩きつけていた。


 心が、赤と黒に塗り込められていく。

 熱い、苦しい、すべてが憎い、ここはどこなのだ。

 いま自分はどこにいるのだ。



(誰だお前は・・・)


 目の前に十二枚の翼をもった、筋骨たくましい裸の男が立っている。

 男の顔は見えないが何もせずに、私を見つめ笑っている。


 戦いの熱が欲しい、どこまでも赤くこの世界を染め上げたい。

 心の全てが怨嗟の炎にのまれてゆくのを感じる。


 男が炎を巻き起こす。

 その炎に、自分自身が飲み込まれてゆく。


 ふと、荒れ狂う赤黒い炎の中、遠い昔の・・・男の子の声が聞こえた。

 ―――お前は僕より強くない。


 レヴァントの眼に光が戻る。


(いつまで待たせるの、早くここへ来て。決着をつけないといけないんだから)

 緑眼のレヴァントも、犬歯をむき出しにして笑った。


 そして、ふたたび憎しみの炎にのまれてゆく。


 ◇


 守りたい者を守るには、まだまだミハエルは弱い。

 体も小さいし、力も弱いほうだ。


 寝転がり星を見ていた、僕はひとりではない。

 この世界の月と星の光は、とても強い。

 夜の草原にはいつも涼しい風が吹いていた。

 傭兵団の団長ジンからは、絶対に遠くへは行くなと言われている。



 隣で小さい女の子が眠っている。団長ジンが、壊滅した村で拾った子だ。

 念のため動きやすい赤い皮鎧を着せているし、盾まで用意している。

 僕は今日も、彼女に剣の訓練を施した。

 傭兵団の大人の話によると僕の剣術の腕は天才的らしい。実際に戦場でも三十人の敵兵を相手に一人で戦い勝ったこともある。


 ―――剣が怖い

 女の子は言ったが、教えるたびに剣術の腕をあげていった。

 僕は頭が悪く細かい事は苦手だが、女の子は剣術の腕もさることながら頭がいい一面をもっており器用な所が多かった。


 女の子の名前はレヴァント。


 ―――僕とレヴァントのふたりで、この国をぶち壊せるかもしれないぞ。

 星空を見上げ、今日もそんな話をしていた。


 守りたい者を守るには、まだまだ僕は弱い。

 一人で百人相手に勝てる剣士になるんだ。星を見上げながら誓う。

 寝転がりつつ手足を大きく伸ばした。


 少し眠くなってきた、さあレヴァントを起こして傭兵団の陣地に帰ろう。



(うわっ、まぶしい)

 突如、周囲が明るい光に包まれた。慌てて中腰の姿勢をとる。

 レヴァントは、まるで気づいていないかのように気持ちよく眠っている。

(敵襲か? 違う。これは魔術や炎の明るさではない)


 あまりの眩しさに、傭兵団の陣地はおろか足元に広がる草原すら見えなくなった。


(誰?)


 光の白しかない世界に、一人の白い衣服をまとった大人の男が歩いてきた。

 荘厳な気配を放つ男だ。

 意味不明な事態におちいっているが、怖い感じはしない。その空間には、不思議な安心感があった。


 ―――ミハエル・サンブレイド


 空間全体が震えた。

(声? どこから聞こえるんだ)


 ―――我が名は天使長ミクゥア・ファーエル


(て、天使さま?)

 よく見ると、その男の背中には羽根があった。


 ―――弱きもの、力をもとめしものよ、我は王国の危機に三度あらわれ、そなたの力となろう


 いや、王国というより・・・もっと困っている人たちを助けてください。

 名もなき人たちを、力無き部族を。

 僕たちにとって、危機はそこいらにあふれているんです。

 そう言おうとしたが、上手く喋れなかった。


 ―――憎しみに身を落とすことなく、心の泉を深く持ち、主たる神の平安をもとめよ


 良く分からないが、人を憎むなってことか?

 それは団長のジンもよく言ってる話だろ、もう少し勉強になることを言って欲しい。


 白い光の世界が、いつまでも続いているような気がした。

 気が遠くなりそうだ。


 面倒くさい、早くどっか行ってくれ。



 目を開く。

 気づくとレヴァントとふたり、草原に横になったままだ。

「ん?」

 なぜかふたりには一枚の毛布がかけてあった。


 空の明るさを見ると、これは夜明けが迫っている時間だ。

(ヤバい、草原でレヴァントと寝てたなんて団長にバレたら怒られる)


 変な夢を見たような気がするが、今は団長にみつからないように宿泊テントに帰るのが重要事項だ。




 その後、どうなったのか、はっきりと覚えてはいない。

 こずるい悪さをするレヴァントを庇っては、いつも怒られていた少年時代だった。


 大人になった今も、星が降るような夜に俺はいる。

 王都西のはずれにある廃城に、第二騎士団の野営地をおいている。

 

 『光の竜』傭兵団キルーシャに無理を言って、剣や鎧の武具や回復薬などを調達してもらった。彼女にジンの仇が判明したことは告げなかった。俺達だけで敵討かたきうちをしたと後で知ったら、きっと殴られるだろう。


 さきほど、マシロの聖堂騎士団も合流したところだ。


 輝く星空も、風になびく草原も、昔と変わらない。

 草原の中、むき出しになった岩に腰を下ろす。

 王国最強とまでうたわれた剣士ミハエルは十二本の剣を背負い、静かに目を閉じていた。



「ミハエル、明日の作戦ですが」

 マシロの声に目をひらく。

 三日月と星の光を眩しく感じた。

 あの夜の、光に包まれた出来事を強く思いだした。


「ああ、マシロか」

 不思議そうな顔をする俺を、マシロは見る。

「どうかしましたか?」


「いや、天使かと思った、が、あんた翼は生えてないな」

「な、何バカなことをいっているんですか。こんな時に、怒りますよ」

 マシロは俺が、不謹慎な冗談を言っていると思っているのだろう。

 それでも今のマシロは光をまとっている。


 彼女は、何かをおこす側の人間なのだ。


「変化の指輪で、私とトロティが姿を入れ替えます。私に化けたトロティに聖堂騎士団と共に囮となってもらいネロスの精兵・王国第一騎士団を引きつけてもらいます。その隙に『司法の塔』に座す父グォルゲイを討ち果たします。・・・ミハエルはネロスを討ち取って下さい」

「いいのか?」

「何がです?」


「あんたは、いくら自分を罠に嵌めたとはいえ、・・・父親を手にかけられるのか?」

「父はミハエルの大事なものを奪った張本人です。手にかけるには十分すぎる理由があります」

マシロは背中を見せており、その顔を見ることは出来ない。


「ミヒナはどうするんだよ」

 マシロは沈黙し、ただ下を見るしかないようだ。

 俺は微笑みながらマシロの前に行き、右手中指にある指輪を見せた。


「これは『解除の指輪』ってやつだ。これがあれば洗脳改造状態から解放できる。明日は共に行動しよう、ミヒナが襲撃してきてくれれば救出する手間が省ける」

 俺を見つめるマシロの目に気迫が宿った。

 それから、泣くような表情を見せたのは一瞬だけだった。


「ごめんなさい。・・・私たちと、共に戦ってください」


「俺に素直に頼むなんて、あんたらしくないよ」

 俺はマシロの腰をぽんっと叩き、少し笑った。



◆ ◆ ◆




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