45 ミヒナに襲撃され殺されかかるヒックス

「ヒックス様!ヒックス様!ご無事ですか?」

魔導技術庁の職員の声が聞こえる。

この明るさは、もう夜か? いや何かがおかしい。

何が起こっているのだ。


―――マシロとトロティ達が西方のミハエルの陣を目指し走り続けている時

俺(王国一の天才魔術師ヒックス・ギルバート)は、正午あたりから昼寝したまま寝過ごしていたようだ。


王都騒乱のなか安否確認のため、魔導技術庁の職員が部屋まで様子を見に来た。

寝ているところを起こされた。


昨日からミヒナが勤務に出て、研究に没頭してしまい、避難することすら忘れていた。

で、いったん横になったら、今まで寝続けていたという間抜けさだ。



「は?邪眼水晶核が作動? 王都上空に浮上しているだと? うおぉぉ!」

あわてて、窓際にゆき空を見上げると、空は不気味な紫色に染まっており。

大聖堂の上空には『邪眼水晶核』が浮遊している。


「はい。王室のほうから、魔導技術庁に撃墜指令がでております」

技術庁の職員が困った顔をする。

「馬鹿か、あきれるね。あれは堕天使の眼球と呼ばれてるシロモノだ。そんな簡単に撃ち落とせる水晶じゃねえっての・・・」

いつの時代も、馬鹿どもは気楽に命令だけ出してくれる。


「午前には、軍部を始めとして王国の要人が大量に暗殺される事件が・・・」

「はぁ・・・大量暗殺事件かぁ」

これは先日、ミハエルから聞かされていた件だが、マジで実行されているようだ。


(これレヴァントちゃんの仕業だな、恋人が暗殺者になるって・・・ミハエルも辛いな)


「さらに、その後、ゲルニカ大聖堂の前に魔物の大軍があらわれ、騎士団と大乱戦になったようです。その中には竜まで現れたとか、・・・もちろん討伐されたようですが」

「竜か! ・・・しかし、今日一日の情報量が多いな」

これも先日、聞いていた件、魔物召喚の話だ。

しかし、竜まで召喚するとは、反体制ゲリラもやるものだ。


(恐らく討伐したのはミハエルだろうな)


「とにかく現在、王都は混乱につぐ混乱に包まれており、反乱の首謀者も『聖堂騎士団マシロ司祭長』と『反体制ゲリラに加担したグォルゲイ大法官』など噂がいりみだれており、定かではありません」

「はああっ? マシロと、グォルゲイ大法官って親子じゃないか?」


「そうです、実に醜いものです」

(親子喧嘩にせよ、恋人同士の喧嘩にせよ、物騒なもんだ。・・・ミヒナとは仲良くしよう)


「騎士団のミハエルってどうなったか知らないか?」

「いえ、私はそこまではわかりません」

ミハエルのことだから、おそらくは王国の外に避難しているだろう。後で伝言オウムを飛ばしてみるか。


ふと、先ほどの職員の言葉がよみがえってきた。

「君!さっき竜が討伐されたっていったな! 場所はどこだ?」

「ええ、公会堂前の大通りです」


「血の採取は無理だろうが、鱗の一枚くらい落ちているんじゃないか? いや、きっとあるさ」

天才魔術師としての知的好奇心が湧いてきた。


「可能性は無きにしもあらずですが、今は厳戒令のなかで市民は外出禁止令ですよ」

「かまわねえよ、俺は市民じゃねえ、貴族だ。実物の竜の鱗を手に入れるチャンスだ!」


職員の制止を無視し、日は暮れているが紫色の空、・・・空には不気味に『邪眼水晶核』が浮かぶ王都大通りへと駆け出す。



昼間に大激戦があったとは思えないほど、大通りは静まり返っていた。進入禁止を意味する黄色いロープがはられているが、押しのけて進む。


膨大な数の武装リザードマンの死体が転がり異臭を放っている、騎士の剣の破片や一般人が落としたであろう様々なものも、一緒になって散らばっている。


そして案の定というか、目的を同じとしたような者たちが、コソコソと戦場跡を物色していた。

商人から、貧民街の住人、闇市の売人など少なく見積もっても十数人はいそうだ。


(ディディ叔母さんも、使い魔を派遣して物色させてるんだろうな。こりゃあ、もっと早く来たかったぜ)


「竜の鱗ちゃん、竜の鱗ちゃーん、どこにいますか・・・ん? あー、どいてくれ、オタクも同じ目的か?」

気づくと目の前には、黒いローブを身に着けた魔術師が一人いる。


「王国イチと呼ばれる天才魔術師さんが、この非常事態に一人で外出とは・・・。まあ、しかし、ベイガン様の予想どおりですね」

「はあ? ベイガン? 君ら誰よ」


魔術師はふたつの鏑玉(かぶらだま=投げることで特殊な周波数の音を出す)を放り投げると、その姿は蒸発するように消えた。


一瞬、変に生暖かい風が吹き抜けた。

「あああ? なんだ? 嫌な予感しかしねえぞ・・・」



チャリ、ザリッ、チャリ、ザリッ・・・。


振り返るヒックス。

『邪眼水晶核』が宙に浮く紫色の空、陽が落ちた王都大通り。


薄闇に、いびつに歪んだ緑色の目が輝やく。

騎士団の銀の鎖帷子に身を包み、ゆっくりと歩いてくるのは・・・。

剣に手をかけたミヒナ・レグナードの姿。


「ミヒナ?おい・・・? お前、目つきがおかしいぞ」


(さっき聞いたベイガン・・・って、たしか、やばい魔術師)

切れあがり歪んだ緑色の眼、可憐かつ可愛い普段のミヒナの表情ではない。

(なんだ? これはマジでやばい)


ミヒナは剣を引き抜く。


(こ、これは洗脳改造かあ!!? 解除の指輪は、ミハエルに預けたままだ・・・)


「やば、ころ、ころ、ころ、殺される!」

危機を察知したかのように、右手薬指と小指の指輪が光る。

<物理防御障壁>と<任意解析>の自動発動。


ミヒナとの間をさえぎるように赤く透明の、魔力の壁があらわれる。

これで彼女が接近するまでの時間が、わずかだが稼げる。

任意解析でミヒナの様子を透視すると、脳神経の中枢に魔力が撃ち込まれており操作された状態になっている。

打ち込まれた魔力は同時に彼女の神経の働きを大幅に増強しており、戦闘能力も上がっている。


(なるほど、まあ予想通りだが、よくもミヒナを・・・)

状況を整理したときには、ミヒナの剣が首の真横に迫ってきていた。

魔力で作った壁など解析をしている間に、たやすく飛び越えて来たようだ。


しかし、左手小指の指輪の魔力も自動発動していた。

護身用魔術、視神経・反射神経の<瞬間的強化魔術>の発動。


首を落としに水平に斬りに来た剣を、後ろに倒れることでかわす。

軽いっ、体の動きが抜群に良くなったぞ。


目の高さを、剣の光が残像を残し走っていく。

空気が切り裂かれる音。

それが遅れて耳に届くころには、背中から地面に倒れていた。


瞬間的強化魔術を付与された訳だが元々は俺の体だ、受け身など取れるわけがない。

地面の衝撃で呼吸が止まる。


「ぐほぉあ!痛ぇ・・おあっ!おあっ」

背中の衝撃、と乗りかかってきたミヒナの体重に挟まれる。


「ヤバい、死ぬ死ぬ、死ぬわ」

即、ミヒナが剣先で眉間を突いてくる。首をひねってかわすと、剣先が石畳の隙間にめり込む。


閃光が周囲を照らす。

右手中指の指輪が自動的に作動、照明弾による目くらまし。

王都全体を照らすまでの強烈な光がミヒナに照射される。

「キャアァ!」


目をくらまされ剣を手放し、目を覆うミヒナ。


それでも、背中を打った衝撃は抜けていない。

ミヒナをどかして起き上がるだけの、筋力も気迫も格闘経験も、そのどれも俺は持っていなかった。


―――その時

「キィキィキィー!」

黒い塊が地を滑るように走り、ミヒナの腹に突っ込んだ。

野良猫ほどの大きさの獣だ。クマイタチが援護に来たようだ。


グボッ!

「ウグゥッ!」


乗りかかっているミヒナの身体から、一瞬力が抜ける。

ヒックスはクルリとうつ伏せになり、ガサガサとトカゲのように這い逃げる。


「助かったクマイタチ! 絶対に殺すんじゃないぞ! 手加減しろ!ハア、ハア、ハア、ハア、空気、空気」

這い逃げながらも、必死に息を吸い込み声を出す。


ミヒナはよろよろと立ち上がるが、まだ両目をおさえている。

さらに頭部へと、威嚇するようにクマイタチが体当たりをかける。


「おいこらっ、手加減しろって、頭を攻撃するんじゃねえよ」

ミヒナの方を見て、クマイタチに叫ぶ。


剣を拾い、ミヒナが腰を落として構える。視力が回復したらしい。

ふたたび間合いを潰すように、低い姿勢での刺突がくる。


フワリッ。

ヒックスの体が宙に持ち上げられていた。腹筋の力で下半身をひきあげミヒナの刺突をかわす。

クマイタチも助走をつけ跳ぶと、ヒックスの脚にしがみついた。


「へっへっへ、助かったぜ、ロアミア」

魔導技術庁より飛んできた、魔獣オウム・ロアミア。

大鷲二匹ぶんほどの巨大なオウム・ロアミアに両肩を掴まれ、俺は上空へ飛び去ろうと・・・。


えっ!!!


眼前に人が!なぜ?


「死ね」

「うわああああっ、誰だ、お前はっ!」

空中に緑色の眼をした修道女が迫っていた。

滞空しながら構えた短刀は、俺の首筋だけを狙っていた。


(この高さまで跳躍してきたのか!)


修道女が刃を水平に斬りつけてくる。

無意識のうちに、首を引いて交わしていた。

魔力付与で筋肉・神経系の働きが高まっていたおかげだ。

それでもかすかに触れた首筋は、薄皮を切られている。


二階ほどの高さから地面に着地した修道女は、間を置かず手にした短刀を打ち込んでくる。

これも無意識に体が動き、心臓に刺さる寸前で掴んでいた。

「がっ、熱っ!」

刃を掴んだ手の平からは血が流れ落ちていく。


修道女は魔術で追撃する構えを見せたが、距離が開くのを確認して諦めたようだ。

巨大オウムが羽ばたくごとに修道女は視界の彼方へと消えていった。



(やっべえ、やっべえぞ! なんだ今の修道女は? あれが、ミハエルの幼馴染のレヴァント・・・ちゃんか?)


ミヒナに襲撃されたショックと、レヴァントに殺されかけた衝撃。

心臓が破裂ギリギリで鼓動をくりかえしている。


ミヒナの歪んだ顔と、狂気にたぎったレヴァントの眼が脳裏から消えない。


「くっそおおおおおおおお!ミヒナに手を出しやがって、絶対に反体制ゲリラの奴らは許さねえ! 王国一の天才魔術師ヒックス様をなめやがって」

空中でほえた。


(しかしレヴァントちゃんは、どこか可憐だったなぁ)

なんだかんだでミハエルの奴が羨ましい。


『邪眼水晶核』の浮かぶ紫色の空の下、ヒックスは空中で恐怖と怒りと1%のトキメキで震えつづけた。



◆ ◆


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