44 トロティはマシロを立ち直らせる
(今回の44話も文字数が多くなっております。分割も考えましたが話の流れ上ひとつの話にしました、よろしくお願いします)
夕陽はやがて、月と星が照らす夜の闇へと変わっていく。
闇の中、騎団は乾いた風を切る。
おおいぬ座シリウスの輝く西へ。
廃城跡に見えるミハエルの野営地の放つ灯りを目標に、聖堂騎士団の百騎はかけ続けていた。
騎馬を疾走させる俺(トロティ)の背中に、マシロの姿があった。
しかし、衣越しの背中に感じるマシロの体は、いまだに力無く柔らかいものだった。
「トロティ、ミヒナまで・・・、すまない・・・、すま・・ない・・・、うぐぅ・・・」
マシロは涙を流しながら、力無く謝罪を繰り返している。
体の傷は魔力ポーションの力で、すでに回復しているはずだ。
しかし、邪眼水晶核の力で民を虐殺され、父に裏切られ、叛逆者の汚名を着せられた。さらには、妹ミヒナまでも奪われたのだ。
マシロの心が砕けるには十分すぎた。
俺は歯を噛みしめる。
「マシロ様、ふたたび戦うのです! 王国の覇権を取り返しましょう。ミヒナ様を奪回する機会もあるはずです」
マシロの返答はない。
「私が共に戦いますし、聖堂騎士団の皆もおります、貴女と共に駆けているのです」
「・・・、わ、私は、もはや叛逆者なのだ、父に証拠も握られた上に、妹や皆までも・・・巻き込んでしまった、許して・・・くれ」
「心配いりません、手は十分に打ってあります。決してマシロ様を反逆者にはさせません! 勝てばいいのです。古代より歴史の勝者が正義になるのですから! いいですか、勝てばいいのです」
懸命に励ますが、今のマシロには俺の言葉がとどかない。
「マシロ様、・・・マシロ様! 見えますか? 前方、あの灯りに王国第二騎士団がいます。まずは彼らと合流し、王都と覇権を取り戻すのです!」
第二騎士団ミハエルの元には先に早馬で使者を送っている。
敵はグォルゲイとネロスであると。
この二人はミハエルの仇でもある。
(ミハエルは必ず共闘してくれる、頼むぞ、ミハエル!)
前方にかすかに見える小さな灯りを目指し、俺達は全力で駆けている。
完全に折れた彼女の心に、俺は少しでも力を与えたい。
「・・・第二・・・騎士団、・・・ミハエル・・・?」
ぼそりとマシロが背中でつぶやく。
「そうです、気持ちをしっかり持ってください。あの先にミハエル師団長がいます」
「ああぁ・・・ミハエルゥ」
再びマシロがその名を口にする。
力無く、夢を見るような声で。
なぜか俺の心に、マシロへの嫌悪感が湧いた。
「・・・ミハエル」
マシロはその名を呼び続けた。
(頼む、そのミハエルと言う名を・・・呼ばないでくれ)
ぞわぞわとした嫌悪感が、爆発するように大きくなってくる。
「・・・ミハエル、ミハエル」
体を更によせるように、マシロが腕に力をこめてくる。
(やめろ・・・俺は、俺はミハエルじゃねえよ)
背中に感じるマシロの柔らかな体、胴にまわされている腕。
肩越しに、色気づいた吐息を感じる。
その息遣いと共に、地下牢の床で姿でうつ伏せに横たわっていた、マシロの姿を思いだした。
灰色の囚人着姿にされていたマシロ、いちど衣類を奪われ裸にされたのだ。
そこから白い脚すべてがさらけ出されていた。
ふいに体に衝動といえるものだろうか、マシロに対して得体のしれぬ感情が湧き上がってきた。
激しい熱をもった感情だった。
嫉妬なのか、怒りなのか、性の欲情なのか、自分でもわからない。
(なんだ、この気持ちは! マシロ様が大変な時に、この王国の、ホークウインド家の緊急時に! 自分を見失うな、俺!)
しかし、マシロは言葉をつづけた。
それは、もはや甘えきった女の声でしかなかった。。
「あぁ、ミハエル・・・、あなたと王国を・・・、ええ、共に・・・戦いを」
その言葉を聞いた時、頭の中で大きな何かが・・・焼き切れた。
(があああああああああああああああああああああああっ!)
「マシロ、お前っ・・・」
言葉を止めることが出来なかった。
「おい、マシロ、お前どこまで・・・どこまでミハエルなんだ!」
突然のトロティの叫びに、力無くゆるんでいたマシロの全身に緊張が走る。
「ミハエルの気持ちを求め・・・、求め続けて、手に入らず。
暗殺者を差し向けて殺そうとまでしたミハエルに・・・。
手に入らないなら殺そうとまでしたミハエルに・・・。
今なお、すがり続け・・・また共に戦うだと!?」
俺を覆うこの激しい感情は何なのか?
もはや分からない。
支離滅裂なことを俺は言っている。
「殺そうとしたミハエルと『共に戦おう』だと?
共にではない、今のお前はすがろうとしているだけだ。
女の弱い部分で、ただ甘えようとしているだけだ。
お前はそこまで恥知らずな女だったのかよ!
殺そうとした相手に、今度は、すがるようにしがみつき、未来をたくそうとする。
支離滅裂な女だな!
ああ・・・ミハエルは俺と違って、器の大きな男だ。喜んで共に戦ってくれるだろうさ。
でも、それでいいのかよ?
お前は美学ってものがないのか?
王国の未来をつくるのは、お前自身の意志じゃなかったのか?
そこまで恥知らずな女だったのかと聞いているんだ!」
殴りつけるように、侮辱ともいえる言葉をぶつけた。
しかし、俺自身も気付く。
(心のどこかに、俺自身もミハエルに頼っていた・・・。得体の知れない不思議な力をもつミハエル、あいつなら事態をどうにかしてくれると)
自身の不甲斐なさに、涙が流れた。
(ミハエルに嫉妬しながら、頼ろうとするなんて・・・。俺も、弱い男なんだ)
吠えた。
「があああああああああああああああああああああああああああああっ!
今、『俺たち』が頼るべきものは、・・・ミハエルじゃねえだろ!」
俺は今、自分がまともなことを言っているのか分からない。考えがまとまらない。
「マシロ! お前は、何も見えていない、見ようとしていない
今、ここで共に駆けている百人の騎士たちは何なのだ!
お前に命を託し、王国の、自らの未来を賭けて戦おうと駆けている騎士たちは何なのだ?
いったい、お前の何なのだ!答えてみろ!」
マシロは何も答えない、いや、答えられないのだ。
「あああ・・・いや、俺はもう自分で訳が分からない
俺は何を言いたのかが、わからねえよ。
うがああっ!」
激しい欲情と嫉妬、不甲斐ないマシロへの怒り、ミハエルに頼ろうとした自分への怒り。
そして俺はたどり着く、どうしようもないまでのマシロへの想いに。
「お前を地下牢から救い出し、お前がしがみついている相手は誰だ!
俺を見ろ!
俺を見てくれ!
俺は、お前の何なのだ!
目の前の俺をもっと頼れよ!
頼れよマシロ!
もう駄目だと思うなら・・・もう駄目と思うなら、きつく俺にしがみつけよ!
ミハエルじゃなく、俺にしがみつけ。
ミハエルが何なのだ!
王国最強の騎士が何なのだ!
マシロ! この世界で一番、お前を助けたいと、お前の支えになりたいと、お前と共に戦おうと思っているのはこの俺なんだ!
わかったか!
いいか!わかったか!
この俺だ!
返事をしろ!」
その声は騎馬の駆ける闇の中、怒号のごとく響いた。
マシロの嗚咽する声が、肩越しに聞こえてくる。
「・・・ぁっ・・・・・ああぁっ・・・うぐっ、うぐぅああああ」
彼女は、大声をあげて泣き叫び続けている。
俺は、何も言わない。もう、すべてを言いつくした。
俺たちはミハエルと共闘する立場であり、助けてもらう立場でない。
ならば、マシロと俺は毅然たる態度をもって聖堂騎士団を率い、ミハエルのもとへ赴くべきだ。
マシロ、共に駆ける聖堂騎士団の配下を信じ、応えるのだ。
俺がお前を全力で支える。
全力で支える俺が傍にいるのだ、俺を頼れ。
そのまま、熱を取り戻していく彼女を背中に感じ、共に駆け続ける。
マシロに力が戻ってゆく。
これで良かったのだ。
自分を取り戻してゆく彼女を背中に感じ、共に駆け続けた。
閃光。
落雷か! と誰もが思った。
聖堂騎士団の全員の耳に、響いたのはマシロの雷鳴のような咆哮。
聖女の雄たけびだった。
「あっ、がああああぁぁぁぁぁっ!」
グゴォォン!
マシロの握りこめた拳がトロティの脇に、鎧の上から強く打ち込まれていた。
「・・・トロティ、貴様ぁ、私に言いたい放題だな、いつからそんなに偉くなったのだ」
肩越しにマシロの力強い声が気迫と共に響いた。
脇腹に強く打ち込まれた拳の痛み、生涯忘れる事はないであろう痛み。
わずかな時間をおいて、自分が笑っている、そして一筋だけの涙をこぼしていた事に気づいた。
「いつから? あなたを地下牢からかつぎ上げた時、俺の女として欲しいと思った」
前方を見据え馬を駆る俺の予想外の言葉に、マシロは、ほんのわずかだが硬直した。
「それは言葉がおかしいだろう。いつから偉くなったのか? と私は聞いている。返答になっていない」
「そうだな、おかしい返答だ。俺も何を言ったか自分でわからない」
少しの沈黙をおき言葉をつづけた。
「きっと、どうでもいいことを言ったのだろう」
「どうでもよくはない」
マシロは、はっきりとそのように返した。
「マシロ、あとひとつ、言わねばならない大事なことがある」
「何だ?」
「あなたは、俺の名前を間違えて覚えている。俺はトロティという間抜けでゆるくてダサい名前ではない。
【トゥルアーティ・サファイア・ホークウインド】だ。
いいか? トゥルアーティだ!」
「えっ? トロティではなく、トゥルアーティ? すまない、最初に聞き間違えたのだろうな」
「・・・面倒なので秘書官でいる間はトロティで構わない」
俺は苦笑する、おそらくマシロも苦笑している。
「戦うぞ、トロティ」
「ああ」
「この戦いが終わるまでは、お前は私の秘書官だ」
「では、その戦いを早く終わらせましょう、マシロ様」
もう間もなく到着する。
ミハエルの陣へ。
駆け続ける。
はっ!とした。
行く先。灯りが灯る第二騎士団の陣の手前。
おおいぬ座に光るシリウスの輝きを背に、騎士団員サンヤと立つ姿があった。
我らと同じ白銀の鎖帷子をまとったミハエル・サンブレイド。
(我々を出迎える為に、待っていたというのか)
王国最強とうたわれた騎士は剣を抜き放ち、ふりそそぐ星々を従えるかの如く突き上げている。
背中で、マシロも呼応するように剣を抜くのがわかる。
そして剣は高く、高く天空へとかざされる。
腰にある家宝の聖剣『ル・ソレイル』が震えた気がする。
「うおおおおおおおおっ!」
俺は吠えた。
星が降って来た、いや火花だ。
すれ違い様に、ミハエルとマシロの剣が交差し火花を散らしたのだ。
心を合わせ、気持ちをはっきりと交わらせるように。
キィイイイイイ・・・・ ン
するどい剣激の音が遅れて耳に入った。
――――叛逆の徒を打ち払い、互いの誇りと王国の未来を取り戻す。
今、ミハエルとマシロの意志はひとつとなる。
◆ ◆ ◆
遠い昔の一人の軍人の想いが形になりました。
最終回まであと十一話です。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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