43 愛しき者を我が腕に
(今回の43話はやや文字数が多くなっております。分割も考えましたが話の流れ上ひとつの話にしてありますので、よろしくお願いします)
反体制ゲリラの最終兵器『邪眼水晶核』が上空高く浮かび、空の色が紫色と化した王都。
◇この話もトロティ視点で物語は進む◇
トロティは身を屈めるように馬で駆けていた、ここで敵方に見つかるわけにはいかない。
教会組織の敷地内、第三礼拝堂にはマシロの配下である聖堂騎士団がいるはずだ。
第三礼拝堂の扉を開けると百名近くの聖堂騎士団員が、リザードマン掃討時の鎧を身に着けたまま待機していた。
重傷を負ったものも、特級ポーションや聖職者の祈祷能力で傷を癒していた。
「間に合った」
グォルゲイやネロスの手は、ここまで伸びていないようだ。
「トロティ殿、マシロ様は?」
「トロティ殿!」
「秘書官殿!」
トロティの登場に騒然とする騎士団員を、一度なだめる。
「落ち着いて、よく聞いて欲しい。
マシロ様は卑劣な逆賊の手によって、反逆者の罪を着せられ、おそらく地下深く幽閉された。
すべては秘書官である私の責任だ。
しかし・・、必ず救出する、信じてくれ。
そうだ、マシロ様の替えの法衣と軍装も頼む、清潔な奴を用意しておいてほしい」
第三礼拝堂は静まりかえるが、トロティの言葉が力強く響き渡る。
「今、王国は混乱のなかにある。
更に逆賊は『邪眼水晶核』という悪魔の兵器を手にしている。集団での攻撃は、狙い撃ちの的になる可能性が高いかもしれん。・・・誰か、ミハエル師団長の動きは掴めているのか?」
「はっ、ミハエル師団長は王国の西側約十五キロほどの廃城跡地で、第二騎士団に捕縛されているとの知らせがありました」
やはりマシロ配下の組織だけあり情報収集力は高い。
「捕縛か・・・わかった。聖堂騎士団の皆に頼みがある。今日の、日の入りと共に王国の西門を占拠してほしい」
「西の門を?」
聖堂騎士団員の問いに力強くうなづく。
現在の王国の混乱下では、西門の占拠は容易なはずだ。
「神にかけて誓おう。
私は必ず皆のもとに、地下牢からマシロ様を救出しお連れする。
マシロ様と共に、王国の未来のために戦いたい者は、日没と共に西門に集まってくれ。
そこから西に向かい第二騎士団と連合し、マシロ様と我らの名誉を取り戻す戦いを挑む。
この第三礼拝堂にも敵の手が及ぶかもしれぬ。早々にここを離れ、戦いの準備をしてくれ」
聖堂騎士団員全員が力強く首を縦にふる。
皆がマシロを信じ、待っているのだ。
(このカリスマ性だ、今の王都の危機を救えるのは聖女マシロだ!)
「必ず、マシロ様をお連れする!」
そう言い第三礼拝堂を後にした。
背中に波のように、返答の勇ましい声が返って来る。
***
日暮れ近くまで、幽閉区画の近辺に身を潜めていた。
高貴な者が犯罪を犯した際に、その身を投獄される地下牢。その地下牢の入り口が幽閉区画であり、当然ながらここへ来るのも初めてであった。
区画長の庁舎を訪ねた。
「ネ、ネロス騎士団総帥どの!」
騎士団総帥ネロスが姿を見せたとあって、区画長は極度の緊張と驚きを見せた。しかし俺は、すぐ手の平に金貨をつかませる。
舌なめずりをし、ニヤリと笑ってみせる。
「区画長どの、先刻ぶち込んだはずの反逆者マシロはどこの牢だ?」
「はっ、ただいま! 部下がご案内いたします」
区画長はいくつか立ち並ぶ棟のひとつを指さした。部下の官吏(役人)が数人駆け寄ってくるが、騎士団総帥ネロスの登場に恐れをなしているようだ。
「すぐに俺を連れて行ってくれ。俺が直接に、叛逆者マシロに聞きたいことがあるのだよ」
駆け寄ってきた官吏達にも、それぞれ金貨を握らせる。
皆、顔を見合わせるが大体の事は理解したような顔つきになる。
「この棟の、地下最下層になります」
ランプの炎が、壁に騎士団総帥ネロスの巨大な影を照らし出す。
石壁には湿った苔のようなものが生えているが、思ったより湿度が高くはない。
ここにも乾いた風が吹いているのだ。
コツコツと足音を響かせ地下深くへと降りてゆき、分厚い木の扉のある一室を前にした。
「最も深くて、暗くて、汚い部屋、ここが叛逆者マシロの獄でございます」
幽閉区画長はニヤニヤと下卑た笑いを浮かべ、ネロスに説明する。
鍵を差し込んで扉を開けさせた。
「お前たちは、ここで待て。反逆者に聞くことがある。いや、正確に言うと反逆者のカラダに聞くことがな、ふふふ」
わざとらしく言うと、牢獄のその一室へと進む。
かび臭い部屋の中には、美しい女性が灰色の肌着姿で倒れている。白い脚を太ももの付け根までさらし、石の床にうつ伏せになっている。
白銀の鎖帷子をはぎ取られたマシロだった。灰色の肌着は囚人用のもので、衣類はいちど全てはぎ取られたようだ。
肩口には剣先で切ったであろう無数の刀傷。顔や体には激しい殴打が加えられた形跡がある。
ネロスの姿をした男は、湧き上がる怒りを腹の底に必死に隠した。
(マシロ!)
白く柔らかい身体を抱きかかえると、マシロは力無くうめき声をあげ薄く目を開く。
「ひっ・・・、う、うぁああ」
目の前のネロスの姿に、ひどく怯えている。
口はだらしなく半開きのままで、目の焦点があっていない。
「俺の肩につかまって立て、早くしろ」
扉の外へマシロを担いで連れ出すと、幽閉区長が官吏たちの前に出てくる。
「ネ・・・、ネロス様!? 叛逆者を、一体?」
「幽閉区長、俺はこの反逆者のカラダに聞かねばならぬことが沢山あってね。できれば、明るくて清潔な場所で、ゆっくりと楽しみ・・・いや尋問したいのだ。昼も夜も、眠らせないままにな」
マシロの肢体を目にしたがための欲情が、ネロスの姿の男を包み込んでいた。
「幽閉区長よ、下世話な事を聞くが、この元・聖堂騎士団長は汚れ無きカラダのままよのう?」
「は! そ、それは、そのようであります。
この混乱のなかで、裁判さえも始まっていない状態ですから・・・
正式には現在も司祭長かつ聖堂騎士団長であらせますゆえ、誰もお体に手出しなど・・」
ネロスの口元が強く引き締まる。
「・・・それは良かったよ」
再び、その場にいた者たちに金貨を握らせる。
「この反逆者を、明日の夜まで預かる。わかっているだろうが、この事は誰にも言ってはならぬ。あと、この施設で、一番速い馬を用意してくれ、早急に尋問を進める必要があるからな」
ネロス達が地上に出ると、すでに鞍をつけた馬が用意されていた。それから、マシロにも着替えと白地の布が一枚与えられる。
「気が利くな、仕事が早いではないか! 上手く事が進めば、お前達も後々、良い思いをさせてやろう」
ネロスは、ぐったりとしているマシロを抱き抱え、騎士団兵舎の方へと馬首を向けた。
しかし、幽閉区を離れると、すぐに王国西門に進路を変える。
日没が近い、再び強くマシロを抱きかかえる。
「マシロ様! マシロ様! 僕です、もう大丈夫です」
きつく抱きかかえた片腕で、マシロを揺すった。
ネロスの体が光に包まれていく。
変化の指輪の魔術でネロスの姿に化けていた男は、本来のトロティへと姿を戻していた。
「さあ、これを飲んで」
魔力を含んだポーションを飲ませようとするが、マシロは上手く飲めない。
馬をいちど停め、ゆっくりと抱きかかえ、手をとり口にふくませた。
(これで体の傷は、じきに回復するはずだ)
「うくぅ・・・、ト、トロティ?」
(目の焦点が定まっていない・・・)
自分が救助されたことは認識したはず。
問題は、折れた心だ。
「王国西門に、聖堂騎士団の皆が待っているはずです! 貴女の子飼いの部下たちですよ」
「せ、聖堂・・・騎士団? 私の・・・部下たち」
それでも、マシロの口は力無く開いたままだった。
日没前の王国西門。
王都の空は紫色にそまっているが、西門は夕陽に照らされている。
そこには完全に門を制圧した、聖堂騎士団の全員の姿があった。
「マシロ様をお連れしたぞ!」
トロティの声が城壁沿いに響き渡り、聖堂騎士団が大歓声を上げる。
「マシロ様!王国を救ってください!」
「マシロ様!」
「マシロ様!」
「司祭長!」
「法衣を用意してあります! 鎧も新たなものが!」
団員が、白を基調とし青の刺繍が施された司祭長の法衣を用意していた。
そのまま、未だ意識が定まらぬマシロに法衣をまとわせた。
「聖堂騎士団のものよ、王国の緊急事態だ。マシロ様はひどく疲弊していらっしゃる。しばし、この秘書官ホークウインドが指揮をとらせてもらう。
これから西方に駆け、十五キロ先の廃城に陣を張る王国第二騎士団と合流する。
全ての名誉を取り戻す戦いは、それからだ」
『青の桔梗』の旗をかかげ、駆けよ!
騎士団員の声があがる。
トロティの号令と共に、陽の沈む方角へ。
マシロを擁した聖堂騎士団は王都を脱出した。
しかしトロティの衣越しの背中に感じるマシロには意志の力が無く、伸びきったように芯の無いものだった。
◆ ◆ ◆
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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