42 ホークウインド公爵家の命運をかけるトロティ

マシロの白い肩口が刃に切れ、鮮血が飛んだ。

素早く術式をとなえると、右手にある<転移の指輪>が放つ力を秘書官に合わせる。


トロティとマシロの目が合う。

(逃げ延びてくれ、トロティ・・・すまない)


その時、手にしていた指輪の力が発動し、トロティを遙か遠くの空間に弾き飛ばしていた。


「ぐっはっ!」

地面に背中を打ち付けられた。

トロティが、転移の指輪の魔力で飛ばされた先は、手入れの行き届いた芝生の上だった。


(俺(=トロティ)が飛んだ先は、どこだ? ここは)


首を左右に振り、急いで場所を確認する。

どこか見慣れた樹々に花壇、そして芝生。


(実家か? 実家・・・。そうだ実家だ)


一度、深く呼吸をし、


パァーーーーーーン!


頬を両手で強く打つ。


(冷静になれ! 俺は負けん、ここで出来る最善の策を考えろ!)


地面に叩きつけられた腰をさすりながら、頭をフル回転させる。


倉庫から縄を持ち出し、父ホークウインド公爵の部屋へと走った。

扉を蹴り開ける、父は机を前に執事のブラウンと、深刻そうな顔をしている。


(よしっ!勝った)

この二人しか部屋にいないのは幸運だ。

「ぶ、無事だったか、トゥル! 一体、王国は! 事態はどうなっているんだ? 魔物は・・・」

返事を返さず父を椅子に縛り上げると、ブラウンに剣先を向ける。


「兄貴は?」

「な、何をする!」

おどろく父にさらに問い続ける。


「答えろ、兄貴はどこだ?」

「き、今日は、領地の視察に行っておいでですが、帰りは早くても明日かと」

ブラウンが答える。


(よし、兄貴がいないのは、さらに幸運だ)

「父上、説明している時間がありません。我がホークウインド家はグォルゲイから降りて、マシロ・レグナードに乗ります」

「何! 何の話だ? 突然何を言い出す。何も状況が分からんのだぞ、儂は!

マシロのスパイとして潜入しておきながら、あの妖狐に魅入られたか?」


そう言われても仕方ない。実際に俺はあの人のよくわからない魅力にやられたのだ。

わめきたてる父を冷静に見つめる。

「何とでも言ってください、時間がありません」


剣先をブラウンに向け指令を出す。

「父上の名前で、可能な限りツテのある国内外の有力者に密書を出せ! 王族関係者、貴族、軍人、商人、芸人から裏社会の有力者まで全てだ。遠征中の将軍達にも送れ!

文面はつぎのとおり。

 『聖堂騎士団長マシロ・レグナードの叛逆罪の噂が流れるが、事実無根である』と!


 『王都を壊滅せんと企てる真の逆賊は、大法官グォルゲイ・レグナードと騎士団総帥ネロス・グランドランスである』

と、続けて書け! 良いか? 逆らえば殺す!」

目を見開き、振り絞れる限りの気迫と殺気と怒気を乗せて、ブラウンに命じた。


これは賭けではない、自身とマシロとホークウィンド公爵家の命運を背負っての勝負だ。

勝負であるからには、勝たねばならない。


「ひぃぃ、は、はひぃ」

「ブラウン、早く、執事室へ行け! 作業を始めよ!」


わめき騒ぐ父の口を布で塞ぐと、ブラウンを執事室へと追いやった。




「やれやれ、坊ちゃんも尋常じゃございませんなあ・・・。マシロ嬢の妖気に頭をやられましたか? ミイラ取りがミイラになる、そんなことわざをご存じですか?」

高速で文書を作成しながら、ブラウンがぼやく。


剣は柄に収めてある。ブラウンは俺の教育係であり、実は気心の知れた仲だった。

おそらくは父より俺の能力を評価してくれている。


「ブラウン、手短に説明する」

「はいはい、マシロ嬢がグォルゲイ大法官の罠にかかったのでしょ? そんなとこでしょう?」

ブラウンは笑顔を浮かべるまで余裕を取り戻し、高速で文章を作成している。


「ああ、そうだ。察しが良いのは素敵だぞ。俺には、あの女(ひと)が、ここでくたばるとは、どうしても思えないんだ。いいか、ブラウン。

この王都騒乱、勝ち残るのは彼女だ! マシロ・レグナードだ」

根拠はない。

どう考えても現状はマシロの圧倒的不利で間違いない。


「ほほう、そこまで断言なさるとは・・・・、坊ちゃんの勘は当たりますからね。そこまでの天祐(てんゆう=天の助け)をお持ちとみますか? マシロ嬢は」


「そうだな、あのひとの持っているもの、放つカリスマという輝きを俺はずっと見て来た。ずっと見て来たんだ。・・・あれは、ただ者じゃねえ、聖女だ。・・・そして」


(そしてミハエル・サンブレイド・・・という男)


彼女が病的なまでに、殺してしまおうとするまでに恋心を寄せる男。

この不思議な男がいる限り『マシロの負け』という結末が、どうしても予想できないのだ。


(しかし・・・)


「許せないんだよ、なんでミハエルの野郎が、あの人の、マシロの騎士サマみたいになっているんだ。マシロ様の騎士には、物語の主役には、この俺がなるんだ! ミハエルなんかじゃねえ」

「はい? ミハエル? あの騎士団の? 騎士サマ? 主役?」

ブラウンが高速で作業を続けながら、意味が分からないながらも返事をする。


「すまない独り言だ。・・・まったく、ちっ、なさけない、男の嫉妬は見苦しいぜ」


パァーーーーーーンッ!


俺は、両手で頬をはたいた。

「はい? 嫉妬?」


「これも独り言だよ、ブラウン」

思ったより大きな声で言ってしまったようで、少し恥ずかしい気持ちになった。


「それから、出来る限り金を使って王都の隅々まで噂を流すんだ『英雄マシロ・レグナードを陰で支えているのはホークウインド家だと!』ホークウインド家の特務職をすべて王城から貧民街まで送り込むんだ」

「かしこまりました。やれやれ、仕方ないですな。・・・坊ちゃんのご乱心にブラウンも乗っかりましょう」


「明日の夕方一杯まで父上は縛っていてくれ。父上には、俺はこの家にいすわっていて使用人を人質に取っている事にしてくれ。ホークウインド家最速の馬と白金貨を五十枚ほど借りて行く! 時間がない、俺はもう行くぞ、ブラウン、戦争に行く」


「いってらっしゃいませ、坊ちゃま。惚れた姫君の騎士になってくださいませ。白馬は用意できませんが・・・家伝の聖剣『ル・ソレイル』など持ち出されては?」


ホークウインド家に伝わる聖剣『ル・ソレイル』

言い伝えによると、大天使ミクゥア・ファーエルの肋骨より作られたという。


ふいにミハエルの姿が脳裏に浮かび上がった。

(なぜ、ここでアイツが思い浮かぶ)

首を振りミハエルを思考から消し去る。


「何かの役にたつかもしれないな、持って行こう」

ブラウンの言葉を背に、俺は駆け出していた。



◆ ◆ ◆


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