41 マシロの完璧な敗北

「うがああっ、貴様ぁ、妹に、ミヒナに何をしたぁ!」


トロティが押さえつける副官を振り払い、マシロの元に駆け寄る。

「マシロ様!落ち着いて!」

鬼神の形相で叫ぶマシロを、声で制止する。


「何をってぇ? レヴァントさんと同じように、洗脳改造を施しただけですよぉ。レヴァントさんの先例がありましたのでぇ、はい、ミヒナさんは、とても短時間ですみましたよぉ」

ソレンに隠れるように、ベイガンがボソボソと喋る。


「ミヒナ・レグナート、元・王国の第三騎士団長だ。格闘術でレヴァントには劣るが、凄腕の暗殺者になってくれるだろう。

そうだ、お前を殺すために差し向けるのも面白いな。もちろん人質としても使えるのも、お忘れなく」

ソレンの勝ち誇ったような声が響く。


「くっ・・・! 貴様らぁ」

「マシロよ、ベイガンに手を出してみろ、大事な妹の首が落ちるらしいぞ、ふははははっ」



ガチャリ・・・。

部屋の扉が開き、剣を構えた騎士たちが入って来る。

マシロとトロティは、その騎士たちに全方向から剣先を突きつけられた。

「王国第一騎士団? どういうことだ」

マシロが叫ぶ。

兵士たちの身に着けた部隊証は、王国第一騎士団の物である。


やがて、すこし時間を置き一人の大柄な人物が入ってきた。


「ち、父上!?」

王国正規軍の詰襟軍服に身を包んだ恰幅の良い男は、見間違うはずがなくマシロの実の父【グォルゲイ・レグナート】であった。


「ち、父上、これはいったい・・・」

自分を取り囲む剣先と父の顔を交互に見る。


幼き日より刷り込まれてきた、父の恐怖。

心の奥底から言いようのない、どす黒い恐怖が湧いて来て、自身を侵食してゆく。

マシロは、これから起こる事態を予感した。


トロティに両脇をおさえられたまま、力無く膝が折れた。


「これは、グォルゲイ大法官。丁度良い所へおいでくださいました。王国を壊滅せんとする賊をおさえたところです」

ソレンは、グォルゲイに向きなおり両腕を水平に広げる。


(ソレン!私を売ったのか? それとも、これは最初から父グォルゲイの指図なのか?)

マシロの心が大きな音を立てて崩れていく。


そして、ソレンはマシロを『王国を壊滅せんとする賊』と呼んだ。

「・・・賊だ・・とぉ」

父から感じる圧倒的な恐怖の中、声をふりしぼりマシロが叫ぶ。


「ええ、グォルゲイ大法官。王都の対魔障壁を解除し、混乱に乗じて要人を暗殺し、王国を乗っ取ろうとした輩ですね。

聖堂騎士団長のマシロ。

その秘書官トロティ。

そして反対ゲリラの指導者ソレン・グランドランス。

これらの三人になります」


(三人目・・・ソレン?)

マシロの頭が混乱する。


ソレンはそう言うと、副官一人の首を持っていた剣で刎ねた。


「どうぞ、大法官どの。これは王国転覆を企む反逆者ソレンの首です。この『王国騎士団総帥ネロス』が討ち取りましてございます」


(ソレンの首? 騎士団総帥ネロスだとぉ・・・?)


「よくやってくれた、騎士団総帥どの」

グォルゲイが声をかけると、騎士の一人が首を受け取る。


ソレンが、いやソレンを名乗っていた男が、纏っていたローブを脱ぎフードに隠れていた顔をさらす。さらには魔術で変えていた声が本来のものへと戻る。


トロティが叫ぶ。

「その顔はネロス・・・騎士団総帥・・・、ソレンの正体はネロス総帥だったのか」


「そうだ、長きにわたって反体制活動を続けていたソレンは、騎士団総帥ネロスだ」

グォルゲイの低い声が部屋中に響く。

「王国内部の最新情報を得ながら、戦力を蓄えることが出来る、良い計画だろう?」


ネロスが続けて説明する。

「王国最強の第一騎士団こそが、その実は反体制ゲリラの精鋭であったのだ。

さて、今回の反体制ゲリラと聖堂騎士団が起こした騒乱は、グォルゲイ大法官の指示のもと、このネロスが鎮圧したことになる。

ところでよろしいのですか? マシロ様もミヒナ様も大事なお嬢様がたでは?」

無表情にネロスが尋ねる。


「鍛えて育てたつもりだが、思ったより使い道もなくてなあ。さらには我儘が強くてどうにもならんよ。

私の娘たちは、残念ながら地に落ちた反逆者と、暗殺者でしかないようだ」


グォルゲイは懐から大事そうに宝石を取り出し、短い術式を唱え手をかざす。

宝石からは録音されたらしいマシロの声が聞こえて来た。


◆ここからマシロの声

『『ふむ、王国の対魔障壁を一時的に解除し、王都を怪物どもに襲撃させる。 その混乱にのり『邪眼水晶核』をうばい、腐敗した要人と大司教を暗殺・・・か。 対魔障壁の解除なら、たやすい話だ、任せてもらおう』』


「こ・・れは・・」

マシロが目を大きく見開く。

間違いなく彼女自身の声だった。

以前のやりとりを魔術で録音していたのだろう。


「残念ながら、これは聖堂騎士団長マシロの声で間違いない。証拠も出てしまった。我が娘を、弾劾法廷・・・反逆罪として裁判にかけねばならん」

グォルゲイはわざとらしくも首を左右に振った。


「儂も反逆者の父として非難を浴びるかもしれぬが、・・・しかし何の問題もない。くははははっ、儂を追い落とせる有力者は、全員暗殺したのだからのう。教会組織には金を積み、息のかかった者を大司教に据えよう。

王族との交渉を続けるのだ・・・ネロス。お前が宰相に就任した暁には、儂は裏で良い思いをさせてもらうぞ」


「さて」

グォルゲイが呟くと、マシロとトロティを囲む剣の輪がせまってくる。


「聖堂騎士団長マシロは投獄しろ! まだ使い道があるかもしれぬ。

そして、秘書官は殺せ!この混乱の中、貴族が何人死のうがたいした問題ではない、闇に葬り去ってくれよう」


グォルゲイの言葉が終わらぬ前に、マシロは囲む剣先の一角に体をぶつけることでトロティの周囲にわずかな空間をつくった。

マシロの白い肩口が刃に切れ、鮮血が飛んだ。

素早く術式をとなえると、右手にある<転移の指輪>が放つ力を秘書官に合わせる。


トロティとマシロの目が合う。

(逃げ延びてくれ、トロティ・・・すまない)


その時、手にしていた指輪の力が発動し、トロティを遙か遠くの空間に弾き飛ばしていた。


そしてマシロ・レグナードは王国史上最悪の反逆者として、地下牢深く投獄されることなる。



◆ ◆ ◆


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