40 マシロ VS 反体制ゲリラ指導者・ソレン
「何を考えている! 誰が対魔障壁を高レベルで解放しろと指示を出した!下手をすれば王国そのものが壊滅したかもしれないのだぞ」
壁を激しくたたき付け、ベイガンを殴りつけるとマシロは激高した。美しい白銀の鎖帷子は全面に返り血を浴び、赤黒い泥をかぶったようにしか見えない。
「女狐司祭長サマは大袈裟だね。あのレベルの魔物なら、私の腕があればなんとかなる・・・、まあ、これは魔力改造してくれたベイガンさんのお陰もあるけどね」
そう言う緑眼のレヴァントは、修道服のまま壁際の床に腰を下ろし、ペットのイタチと遊んでいるようだ。
竜を仕留めた後とも思えない、まさに余裕の姿だ。
「まあマシロ殿、軍務大臣と大司教の暗殺、王都の魔物襲撃・・・、王国は大混乱。
貴女が第二騎士団を引っ剥がしてくれたお陰で『邪眼水晶核』も強奪に成功した」
ソレンの魔術で変えている声が深く響く。
ソレンは、いつもどおり漆黒のローブとフードに身をまとっている。
「とはいえ、人命を犠牲にするのは最小限に、という話だったが?」
マシロの眼が、フードで隠されたソレンの眼を射抜く。
「おおっと、マシロ殿、美人がそう怖い目をするなよ寒気がする。王国側に対する見せしめってものも必要だろう」
気味の悪い声でベイガンが喋る。
「要請どおり、『神の雷』による攻撃準備は万端でごさいますよぉ」
「ソレン・・・、何を考えている」
マシロの問いにソレンは答えない。
椅子に深く腰掛けると両手を水平にひろげる。
「ベイガン、『神の雷』を西の貧民街に落としてみろ!正確には『堕天使の雷』だがな。これは何人の犠牲者が出るか予想がつかんぞ」
「はっ!了解ぃ」
ソレンが隠した顔の下で笑い声をあげる中、ベイガンが邪眼水晶核の使用術式を唱え始める。
「何をするのだ!ソレンッ」
マシロが叫び声をあげる。
「やめろっ、やめんかぁ!」
ベイガンの襟首をつかみ床に叩き伏せる。
それでも、ベイガンの術式の詠唱は止まらない。
ソレンと副官二人は、その様子をあざ笑うかのように見物している。
トロティは剣に手をかけ構える。
さらにその様子を、興味なさそうに見物するレヴァント。しかし、その指は奇妙な動きを繰り返している。
「トロティ! ベイガンを斬れっ!」
マシロの声が響くが、ソレンの副官二人がトロティを押さえつけた。
「まあまあ、落ち着けよマシロ殿。記念すべき邪眼水晶核の実験的第一投下だ。人がゴミクズのように焼かれる様子を見ようじゃないか」
ソレンがそういうのと、ベイガンが術式を唱え終わるのは同時だった。
強烈な光が王都上空で輝き、その後一瞬、世界が闇に覆われたような錯覚があった。
上空に浮かぶ『邪眼水晶核』から閃光が走り、西の貧民街に光の矢が降りそそいだ。
ドグァ―――――――――ッ!
ドガガガガガガッ!
地面が揺れ、赤と黄色の巨大な火球が地平に浮かび上がった。
「あああああああぁぁぁぁっ・・・・!」
天をも貫かんばかりにマシロの絶叫が響く、と同時にソレンの笑い声が部屋中に響く。
「はーはっはっはっ! 素晴らしい! 素晴らしいぞ、邪眼水晶核!」
―――実際の所、この『堕天使の雷』は西の貧民街を外れ、城壁を含んだ王都の外側におちていた。しかし、騎士団の塔からは、西の貧民街に落ちたように見えたようだ。
ソレンは満足そうに、黒煙に包まれた西の貧民街付近を見ている。
「さて、マシロ殿。あとは、王室からの降伏宣言を待つとしようか。大司教になりかわった貴女から宰相の地位を『神の名に置いて』俺が賜れば計画は完了する。
新しい国家の誕生だ。恐怖と闇に包まれた国家がなあ!」
「なんてことを。・・・誰が、誰があなたのような悪魔を宰相に任命すると思うの。
『邪眼水晶核』はあくまで交渉の道具として使うべきなの。・・・・・・あなたを生かしておくわけにはいかないわ」
マシロは左手を胸元にかかげると、指先で天を指し神聖祈禱を始め、右手に剣を取る。
「やはり、そう来たか。いや、そう来るだろうと思っていたが・・・、ベイガン!」
ソレンに声をかけられ、ベイガンがニタリと笑う。相変わらず、蛇のような気味の悪い笑い顔だ。
「良いんですかねぇ? マシロ様ぁ、計画通りやりましょうよ。ソレン様ぁ、もう一発くらい、堕天使サンの雷をぉ、人口密集地にでもお見舞いしましょうかぁ?」
マシロの体から、とどまることのない怒気がほとばしる。
「ベイガン・・・、貴様はもう配下でも何でもない、ここで死ねぇ!」
剣を抜く。
鋼の刀身が、彼女の意志に呼応するように煌めく。
(・・・邪眼水晶核の解放術式を解明しているのは、ベイガンだけではない。今後はヒックス・ギルバートと手を組むしかないか)
「ひぃいいいっ、指導長ぉ、お助けを」
ベイガンは、ソレンの後ろに逃げるように隠れる。
「ソレン!その蛇女を渡せ!」
「はっはっは、冗談キツイなマシロ殿。最終兵器を操れる優秀な魔術師を、私が手放すわけがないだろう? レヴァント!ベイガンを守れ」
「はっ、指導長ぉ」
緑眼のレヴァントは、ゆっくりと立ち上がるとマシロの行く先を防ぐように立つ。修道服の懐に短刀をもっていると思われるが、まだ構えてすらいない。
「くっ、レヴァントォォ!」
マシロの声が響き渡る。
(トロティを同時に斬り込ませ、私がソレンを斬る・・・いや、レヴァント相手では、相打ちすら無理か)
竜との戦いでレヴァントの圧倒的な戦闘力を見せつけられているマシロ。
もはやなす術がないと悟る。
「そうだ、冷静になるんだよ。マシロ殿は、有能なカリスマ大司教として働いて欲しいのだよ、私の指示には従って欲しい。
なあ、ベイガン・・・そうだ、アレをみせてやれ。革命はプランBに変更だ」
そういうとソレンは指をならし、ベイガンと配下に合図を送る。
ベイガンは、短い術式を唱えると室内の空間に、鎖で縛られた女性の映像を映し出していた。
「ミ、ミヒナ? ミヒナァ!」
それは、まぎれもなくマシロの妹、第三騎士団師団長のミヒナ・レグナートであった。
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