38 スカーレットニードル ~竜殺しの短刀

 邪竜は、口の中と片方の目に刃を刺された激痛に悶えていたが、少しずつ冷静さを取り戻しつつある。四肢の痙攣も収まってきたようだ。

 禍々しく粗い呼吸音が、周囲の空間に響き渡っている。


 レヴァントは、ミハエルと竜の間に入る。

 威風堂々、短刀を目の高さに掲げるように横に構えた。


 邪竜の咆哮とともに瘴気が湧き上がる。その瘴気の中から、大きく開けた竜の顎が見え、一気に迫って来る。

 直線状に並ぶ二人を同時に噛み砕く勢い。


 レヴァントは後ろに倒れながら、竜の突撃をかわす。そのまま、竜の顎の下に滑り込み、短刀を喉に突き上げる。 

 鮮血がレヴァントの全身に降りそそぐ。


 竜は空高く舞いあがり、短刀を刺したままレヴァントはともに上空に連れ去られる。

 足で竜を蹴り短刀を引き抜く、そのまま宙に放り投げられた。落ちる。地面に激突しそうになるが、回転して姿勢を整え着地。

 ファーヴニルが駆け寄りポーションを渡す。

「大丈夫だ、ファヴは援護しろ! 巻き添えを食うなよ!」


 急降下し爪の一撃を与えようとする竜の前脚を、レヴァントは片手で掴んだ。

 これが魔術による改造の力か。


「強えぇ、竜の前脚を手づかみかよ」

 ミハエルがまた叫び、竜の動きを予測しながら駆けだす。


 竜の前脚をつかみ、腹の内側に入り込んだレヴァント。

 ドゴゴゴゴゴゴゴォーーーー!

 あいた片方の手の平から火球魔術が連弾で飛んだ。

 閃光と煙が上がり、竜の腹が焼ける臭いが広がる。


 グザッ!


 ギャオォォーガァ。

 竜が悲鳴を上げ首を振る。

 飛び込んだミハエルが、竜の右目に剣を突き刺していた。剣を刺したまま、振り回されている。


 とっさに後ろに飛ぶレヴァント。

 ミハエルは前脚の爪で肩を引き裂かれると、後脚で胴を突き飛ばされ、地面を転がり街路樹にぶち当たる。


 両目を潰された竜が、跳躍を繰り返し、地面をのたうつように暴れ狂う。

 流れだす竜の血と瘴気。

 呼吸音と咆哮が、周囲の空間にまきちらされる。


 それでもレヴァントは、暴れ狂う竜を相手に、流れるように短刀の一撃をいれ続けていく。


(と、とんでもねえ格闘センスだな、おい。レヴァント・・・)

 ミハエルは街路樹にもたれながら立ち上がると、ふらつきながらも竜を目指し一歩ずつ進んだ。


 一撃を放ち続け、邪竜を切り刻んでいくレヴァント。

 それでも短刀の一撃では、硬い鱗に阻まれてなかなか致命傷を与えられない。

 逆に、竜の一撃が当たればレヴァントにとって致命傷になりかねない。


(くっ、やれやれ・・・危なっかしい戦いをしやがって)


 ミハエルは、右手で膝をおさえると中腰の姿勢をとりながら、自身の右肘の内側をおおきく剣で切った。


「おい! 竜か魔女か分からないが、よおく聞け! お前の大嫌いな人間サマはここにいるぜ!」

 ミハエルの鮮血が宙に舞い上がり、竜の嗅覚がその血の匂いを捉える。


 両目を潰された激痛による混乱の中、攻撃目標を再確認した竜は意識を集中させ、ミハエルに向かい突っ込んでくる。


「よしよし、いい子だ! 俺を噛み砕きに来い!」


 レヴァントが竜を追うように駆け跳び、両腕で背中にしがみつく。

 そのまま、首に近づき握りしめる短刀に魔力を込めている。

 両目を潰された竜は、彼女を振り払わんと回転しながらも、それでもミハエルの血の匂いを目指し突き進んでくる。


「はーっはっはっはーっ! やれ! レヴァント、俺たちの勝ちだ!」

 血を大量に流しながらも叫ぶ。

 レヴァントの短刀が青白い閃光を放つ。

 魔力が満ちている。


 勝利を確信したミハエルは、迫りくる竜の顎を睨み続ける。

(ははは、勝つには勝ったが、逃げる体力も残ってねえよ・・・)

 出血により意識がかすみ、前のめりに倒れ始める。


 しかし、ミハエルの体は支えられた。やわらかい体が、彼を受け止めていたのだ。

(・・・マシロ?)

 ふらつきながらも駆け寄ったマシロが、自身が竜の盾になるように抱き抱えている。


 竜の顎が、ミハエルをマシロごと噛み砕こうとしたとき

 レヴァントの光り輝く短刀が竜の眉間を、わずかに早く打ち砕いていた。


 竜との衝突を避けるように、マシロは地面を片足で蹴り、ミハエルを横方向へ押し倒す。


 ガァシュオァァァァァー!

 竜は断末魔の叫びをあげると、のたうちまわる。

その声は、どこか赤子の声のようであり不気味なものだった。やがて、瘴気のうずまく次元のはざまへと姿を消していった。


 そこに残されたのは、光り輝く短刀を天にかざした緑眼の修道女レヴァント、そしてミハエルを抱きかかえたマシロ。

 邪竜の鮮血に染まった三人の姿だった。


 陽の光の下で瘴気と血の匂いも、乾いた風がさらってゆく。


 ハッと我に返ったマシロは、マントを破りミハエルの腕をきつく縛り血止めをほどこす。

 その純白の布は戦いの中で、血の色に染まっている。

「このマントには、聖なる力が祈りの力で込められています。傷はすぐにふさがります。生命力も高まるはずです」

「うぅ・・・すまねえ、おっ、全身の痛みが消えていくぞ!」

 ミハエルが大げさに腕を動かして見せる。


「ふふふ、多分、それは気のせいです」

 マシロは、ふと笑みをこぼす。そのまま祈りを捧げると、加速度的にミハエルの傷はふさがっていった。



 緑眼のレヴァントはミハエルの傍に歩み寄り、腰に手を当て見下ろしつつもニコリと微笑んだ。

「意外と恰好いい顔してるじゃない、騎士さん」

 そこに竜と戦っている時の鬼神の表情はどこにもなかった。


「なかなかに良い働きだったよ。私の部下にならない? ねえ、名前は何ていうの?」

 可憐な顔で緑眼レヴァントはミハエルにそう言った。


「ミハエル・サンブレイドだ、・・・今、俺の暗殺指令は出ていないのか?」

 騎士は犬歯が見えるように笑顔で答える。

「ミハエル・・?」

 その名前を耳にしたとき、一瞬だけレヴァントの眼は茶色に戻ったかのようにみえた。


「う・・がぁ」

 突如、頭の奥から来る頭痛にレヴァントは頭を押さえふらついたが、駆け寄ったファーヴニルが抱き留め支えていた。


「おっと、危ない危ない。皆さん失礼しますよっと。ミハエルさん、また連絡する!」

 そのままファーヴニルは騎士団の馬を奪うとレヴァントを抱え、さっそうと王都大通りから姿を消した。




 ◆ ◆ ◆


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