28 ミハエルは傭兵団壊滅の真相を知る

部屋を出て受付前のロビーへ向かう。


『シークレット・リトリート』の受付には、トロティ秘書官がふたりを待っていた。

ミハエルに近づき、封書をひとつ差し出した。


トロティの気配が、カフカで会った時とは違う気がした。


「ご無事でなによりです、ミハエル師団長。

マシロ様より八年前のザンブルグ戦役の真相調査書です。興味があるのではないかと。

魔術を用いましてミハエル様しか読めない仕様になっています。読み終えたら焼失しますので気を付けてくださいね」

この秘書官も教会組織に属しておきながら、魔術の利用には積極的なようだ。


「ありがとうございます、秘書官殿」

礼を言い受け取る。


八年前、傭兵団が壊滅した事件の真相を、マシロが調べてくれたというのか。実際に調査したのはトロティ秘書官なのだろうが、かなり厳しい調査だったはずだ。


マシロは変化の呪法により、再び庭師の女性の姿になっていた。

秘書官も変化の指輪を持たされているのか、王宮の庭師に姿を変える。その庭師が先に宿を出る。

しばらく時間をおいて、姿を変えたマシロは一度俺の眼を見て宿を出た。



結局、受付に頼んで、もう一度個室を借りた。

どう考えても、歩きながら読むような調査書ではない。


重ね合わせた紙と布で出来た部屋の壁。

赤と茶の色しか用いていないため、独特の気分にさせられる。

防音も完全なので、どんなに絶叫しても(させられても)問題なく、盗聴のおそれもない。


窓の外が見えるとこに木の椅子を置き、腰かける。そこで調査書の封を切る。

淡々と、ミハエルは文章を読み進めた。


あまりに簡潔で、端的な内容だった。


―――ジンを団長とするサンブレイド傭兵団は、王国の政争に利用され壊滅した。


―――傭兵団を壊滅させた隊を指揮していたのは、現在の騎士団総帥であるネロス・グランドランス。攻撃の指示を出したのはグォルゲイ・レグナート大法官であり、マシロの父である。


―――文章として残る記録はない。これらはすべて退役軍人からの匿名による聞き取りにより判明した内容である。数名からの聞き取りであるが、証言に食い違いはなく事実と断定できる。



息が詰まっていた。

おおよそ考えていたような内容で、自分が調べ上げて来た情報と照らし合わせても納得のいくものだ。


「あのネロス総帥と、黒幕はグォルゲイ大法官・・・マシロの親父かよ。

ジン、みんな、ようやく仇にたどり着いたぜ」


大鷲の爪のように顔の前にかかげた両手の指を、力強くにぎりこんだ。

犬歯をむき、腹の底から獣のような咆哮をあげた。


それから長い間、赤と茶の壁を睨み続けた。

冷たい茶のサービスを頼み、ながい時間をかけて一杯を飲み干した。


それでも激情は、治まることなく地の底から湧き上がり続けてくる。


―――冷静になれ。しかし、必ず仇は討つ。

一晩の時間をかけ、すべての怒りを腹に飲み込んでいった。



翌朝、『シークレット・リトリート』の裏口の扉を出ると、またサンヤが立っていた。


「きっと、裏口からだと思い皆で警備してました。半数ほどは出勤のため戻りましたが」

「ひと晩中、見張っていてくれたのか。すまないな」

たいしたことはないですよ、という感じでサンヤは首を左右に振った。


「・・・師団長、何かありましたか? いつもの師団長と顔つきが違われます」

「何もない、心配するな。いまからヒックスの所に転がり込む」

そう言い、歩き出す。

サンヤには、半歩後ろを歩かせた。



魔導技術庁の保有物件、魔術師ギルド一棟の前まで来た。ここには一から十二までの棟がある。ひとつの階に十程の部屋がある五階建ての塔だ。


「世話になったな、通常任務に戻れ。王都では、これから騒乱が起きる。その時は駆けつける、そう皆に伝えよ」


(王国の未来に興味が無いというのは本当だ。だが、目の前で起きることからは俺は絶対に逃げない)


「わかりました、師団長もどうかご無事で」

額を一度背中にあてると、敬礼をしサンヤは離れていった。





◆ ◆ ◆


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