27 情事の宿で 後編
「レヴァント・ソードブレイカーを、ふたたび刺客として差し向けます」
(なんだと?)
肩にすり寄せた頬越し、マシロの美しい顔に狂気が乗る。
うすうす感じていたが、やはりそういう事だった。
「あんただったのか、レヴァントを暗殺者に仕立て上げたのは」
「ええ、そうよ・・・」
含みを持たせたようにマシロは答えた。
「そして、レヴァントが入ったあの修道院は、マシロ・・・、あんたの管轄下だったっていう訳か」
ゆっくりと息を吐き、言葉をつづけた。
「ずば抜けた戦闘能力を持ち、かつ王国に対して強烈な敵対心を持つ人材を探していたあんたに、レヴァントは丁度いい実験体だったって事だな」
もたれかかるマシロを、腕で払いのける。跳ねるように立ち上がり、マシロを見下ろすように睨みつけた。
しかし、マシロは冷静な態度を崩さず、相変わらずの残酷な笑顔を浮かべる。
「彼女を見つけたのは本当に偶然。貴方の大切な女性だったのも偶然・・・。
そこから、身も心も王国を壊滅させるための、最強の暗殺者に改造してあげたのよ。
王国を潰したい。
それがあの娘の本来の意志なの、感謝されて当然だと思うのだけれど」
俺の胃の中に、ムカムカしたものが湧き上がるのを必死に抑え込んだ。
「あいつに・・・、俺を襲わせて楽しかったか?」
黙らせるように、マシロの口から顎を右手で掴んだ。
「うぐぅ」
防音設備の整った部屋に、一瞬だけ彼女の声が押し出される。
「ええ、とっても。
かつての恋人同士が殺し合うって最高じゃない?
レヴァントが貴方に勝てるはずはないけれど・・・。万が一レヴァントが貴方を仕留めたら、頃合いをみて私が彼女を殺したわ。」
口もとを掴まれても俺を睨み返し、マシロは狂気をはらみつつ淡々と喋る。
「俺とレヴァントは『かつての恋人同士』じゃない。今も恋人同士なんだよ、喧嘩中だがな」
「何それ・・・。彼女はもう貴方の知っているレヴァントではないのよ」
「二回戦ったけど、あいつは間違いなくレヴァントだったよ」
「いいえ、今はもう洗脳の力で、完全に壊れている。私が壊したの、魔術師に命じて。
戦闘能力もカフカや魔導列車の時とは比べ物にならないわ」
「簡単に壊れるようなヤワな女じゃねえよ、あいつは」
相手にせず横をむき外に目をやる。白いカーテンが風に揺れている。
このカーテンも魔術の力で防音効果が施してあり、声が外に漏れないようにしてある。
マシロは立ち上がると、くってかかるように俺の両肩を強く掴みゆさぶった。
「いいえ! 壊れているのよ! 壊してやったのよ、私がっ!
ねえミハエル、あの女のどこに魅力があるの?
私と戦禍のない国を共につくりましょう?
あれはもうレヴァントじゃない、頭脳兵器なの、ただの壊れた暗殺者なのよ!
壊れた女に・・・何の価値があるっていうの?」
狂気と哀願の混じった声が、防音の聞いた部屋に響き渡る。
しかし、俺はマシロの目をみて静かに答えた。
「壊れた女は、あんたじゃないか・・・」
言葉を聞き、はっとしたようにマシロは表情を崩す、そのままソファへ力無く腰をおろした。
そこへ俺は正面から覆いかぶさると、手はマシロの脇のソファにつき顔を近づけた。
それは額が触れあいそうな距離だ。
「俺とレヴァントの関係に嫉妬するのは仕方ない。
俺達を革命に巻き込もうとするのも、まあ百歩譲って仕方ない。
でも、気づいていないのか?
あんたは自分の正義感かよくわからないが、闇に飲まれ何も見えちゃいねえ。
あんたが一番大事にしないといけないのは、王国の未来じゃない。
あんた自身だろうが」
それでも、マシロがレヴァントにしたことは絶対に許さない。
覆いかぶさった姿勢から起き上がると、そのまま拳を、彼女の顔面に打ち込んだ。
「・・・がっ・・・あ」
マシロは声を上げずに、喉から上がる悲鳴を飲み込んだ。
両手を顔に持っていく事もなく、歯を食いしばり顔をしかめ涙を流している。
その涙は物理的な拳の衝撃によるものか、心の動きなのかはわからない。
それでもマシロの目にやどる力には、美貌を崩しつつも強いものがある。
「マシロ・・・、お前」
(なんで、こんな女になったんだ)
その言葉を飲み込んだが、俺の表情は言葉としてマシロに届いたのだろう。
「わかってるわ、ミハエル・サンブレイド」
窓辺に、漆黒のアゲハ蝶が四枚の羽根を広げ、ひらりと舞い降りる。
マシロが指をさし術式を唱えると、それは炎をあげ一瞬で灰となった。
「次に会うときは、敵同士になりますね・・・」
覇気のないマシロの声だった。
「しゃべるな、・・・部屋から、出ていけ」
マシロは起き上がると、涙も拭かず部屋を後にした。
(さて・・・)
ふたたびレヴァントを差し向けてくるというなら、探す手間がはぶけて助かる。
早いところ捕まえて、ヒックスの所へ連れていき洗脳を解除してやる。
俺にとって今の最優先事項はレヴァントの保護だ、王国の未来など個人的には興味が無い。
興味がないのだが、そうも言ってられない状況なのかもしれない。
◆ ◆
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