25 ミハエルは王都へ帰還するが・・・
王都グランデリアにようやく帰ってきた。
周囲を城壁に覆われた、王国の首都である。城壁は堂々とそびえ立ち、王都を外敵から守る要塞として機能していた。
さらには、押し出されるように城壁の外にまで市場が立ち並び、人々が行き交っている。
王国の門番は厳重に入国者の身分を確認している。
俺(ミハエル)は堂々と偽名『マイルド・レモンブレンド』を名乗り、騎士団の特殊任務班という偽の身分を告げた。
偽造身分証はキルーシャの手によって完璧に作られており、門番はなにも疑わずに通るように合図した。
久しぶりの王都だ。
城壁をくぐると、広大な大通りが広がり、人々の喧騒が立ち込めていた。
建物には色鮮やかな旗が、乾いた風になびいており、露店の商人たちは声高に商品を売り込んでいる。
どこの都市も似たような風景だが、王都の賑わいは規模が違った。
王都へ帰還したら、ヒックスのとこへ行きレヴァントを捜索しないといけない。
ただ、その前に騎士団の方へも出向いておきたい。
「慎重に行かないといけないんだろうが・・・・」
思いとは裏腹に、悠然と風を切るように大通りを歩いてしまっていた。
―――普通に考えて、お前は存在を「消された」ぽい。だから、王都に帰って来た時は気をつけろ、危険だぞ。
ヒックスからの伝言が頭の中で繰り返される、非常に気になる。
それでも、自然と足は騎士団の兵舎を目指していた。
風に揺れる第二騎士団の旗『銀の獅子』が脳裏に浮かんだ。
とりあえずは第二騎士団の部下に再開し、生きていることを伝えたい。現在、王国での俺の立場は死亡扱いらしいのだが、騎士団に出向きネロス総裁と会えば何かわかるだろう。
やがて街の賑わいに混ざるように、背後から足並みを揃えて近づく足音が聞こえて来た。その距離はやがて体ひとつ分となる。
俺は歩きながら、振り返らずに語り掛ける。
対象以外の人間には、決して聞かれない喋り方だ。
「お前、サンヤか?」
気配と足音でわかる。
配下である第二騎士団の女性騎士サンヤだ。年齢は同じ二十一歳。
黒髪のショートカット、褐色の肌に切れ長の目が美しい外見をしていた。
戦闘能力もそれなりに高く、さらには細かい事に気が付く。
衣擦れの音から推測すると、今は鎧や騎士の軍服ではなく、プライベートの衣装のようだ。
「そうです、サンヤです。このまま歩いて、騎士団兵舎の方へは向かわず、人目につかない路地に入ってください」
言われたとおりに進路を変え、薄暗い路地へと五~六歩踏み込み、振り向いた。
その途端に両肩を押さえられ、しゃがみこまされる。
「師団長、信じていました、必ず生きて帰って来るって」
切れ長の鋭い目には涙が溢れていた。
「なっ、俺が死ぬわけないだろう?」
たいして深刻ぶっていない俺に、サンヤは少し照れたようだ。
「えっ・・・す、すみません。いや、これは、眼に砂が入ったようです」
「大丈夫か? 心配かけたんだな」
ここまで、サンヤが心配していたとは予想外だった。のんびりと観光しながら帰還するのではなかったのかもしれない。
「我ら第二騎士団の百人全員が生きていらっしゃると信じていました」
改めて、膝まづいた姿勢を取り、言葉を告げられる。
「ああ、だから皆に会うまで、俺が簡単に死ぬわけないだろう」
サンヤのストレートヘアをなで、涙を親指の腹で拭ってやる。
座ったまま向き合う。
「師団長は『邪眼水晶核』を反体制ゲリラから守り、列車から転落・・・。死亡したことになっているんです。そして、すべての騎士団に、万が一にも師団長が生きて戻ってきたら捕縛するよう命令が出ています」
「死んだことになってるのは知っていたが、生きて帰って捕縛されるのはおかしいだろ」
「はい、ネロス総帥も、おかしいとおっしゃっていますが、もっと上からの密命みたいです」
「・・・」
一体どういうことだ。
「ですので、我ら第二騎士団はミハエル師団長を守るべく、秘密裏に王国の入り口を監視しておりました」
「そこへ、俺がのこのこ帰ってきたってところだな」
まあ部下達には、何もかもお見通しらしい。
実に頼りになる。
「はい、変な偽名を使っていらっしゃいましたが・・・。我々の予想通り、堂々と正門から帰ってみえて、大通りから騎士団兵舎への道を選ばれましたね。ふふっ」
サンヤは手を口元に当てると、すごく嬉しそうに笑った。
とにかく俺の行動を、部下たちは完全に予想していたようだ。
「今も周囲は十数名の仲間が監視しています。師団長、今の王国は不穏な動きに包まれています。すぐにでも王都から逃げ、身を隠してください」
「わかった、ありがとう。魔導技術庁ヒックスの所か、『光の竜』傭兵団の所に身をおくことにする。連絡には鳥を飛ばそう」
「わかりました。現在、第二騎士団はネロス総帥の指揮下に入っていますが、私達はかならずミハエル師団長をむかえにあがります。なにか指示があれば申し付け下さい」
「そうだな、縄を用意して、ヒックスの所に届けて欲しい」
「なっ、縄ですか?」
一体何に縄を使うんだろうという顔つきだ。
「女の子を縛るんだ」
「はあぁ? わ、わかりました」
サンヤはギリギリ表情を崩さずに返事した。
レヴァントを捕えた場合、しっかり縛り付けておく必要がある。
「師団長・・・、アレ」
サンヤは、先ほどからチラチラと大通りから路地を覗き込む女性が気になっているようだ。
「ああ、そうだ。あちらにいる庭師の女と話がしたいんだ。宿を一室借りたい。そこまで警護してくれればいい」
聞こえるようにそういうと、緑色のチュニックをまとった青髪の女性が姿を見せ、ペコリと一礼した。
藍色の花飾りをつけた、色白の品のよさそうな町娘とも呼べる外見だ。
「どなたです? まさか・・・恋人ですか? さきほどの縄は、その方とのお部屋に届けたほうがよろしいのでしょうか?」
「あの女は大事な友達だ、俺の帰還を待っていたんだろ。縄はヒックスの所に届けて欲しい」
それから、サンヤはぬかりなく、宿の一室までをも手配してくれた。
『シークレット・リトリート』
おもに旅人の宿として利用される。
しかしそこは、貴族や商人の密会や情事に利用される、多目的の個室でもあるのだ。
俺は庭師の町娘と宿に入る、周囲から見ると完全に怪しい雰囲気だ。
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