24 トロティはマシロを殴る

―――このシーンはトロティの視点で語られる。


深夜のゲルニカ大聖堂の中庭。

広大な敷地を持つ大聖堂の中庭には、森や噴水まである。昼間は参拝に来た信者で埋め尽くされ賑わっているが、夜は静寂に支配されている。


今は、虫の音が鳴り響くだけである。


三日月に照らされるように、俺(トロティ)とマシロは静かに見合い立っている。

この世界は月や星の光が強く、その光は彼女の美しさを何倍にも増しているように感じる。


マシロは藍色のフード付きローブを脱ぎ、教会組織としての正式な白地の法衣をまとっており、白く清純なその衣装は夜の闇の中でも輝きがある。

俺は紺をベースとしたスーツ調の秘書官服だ。高い金を出してあつらえただけあって、デザインも、そして戦闘にも耐えうる機能性があり気に入っている。



半径一キロ以内に人がいないことは、索敵の魔導具の力でわかっている。

この人は用心深そうで、意外な所で油断する悪いクセがある。

そこはしっかりと俺がカバーしないといけないところだ。


「トロティ・・・。よく、ここまでついてこれたわね・・・、すぐに実家に逃げ帰るかと思っていたのに。大丈夫なの? 貴方、革命に巻き込まれているのよ?」


「大丈夫って・・・」

俺は苦笑したくなったが、押しとどめた。

「マシロ様も人が悪い、僕が逃げ帰れないことくらい気づいていたでしょう? 革命にまで巻き込むなんて最悪な人ですよ」


「最初から分かっていたわよ、逃げ帰らない・・・いや、逃げ帰れない。貴方がホークウインド家のスパイで、私の監視をしている事くらいは・・・」

かなり危険な話題なのだが、興味もなさげに言葉を返された。


この人の<俺に対する興味のない態度>が、ずっと前から嫌いだ。


この際だと思って、少しふてくされた態度をとってみる。

「それにしちゃ、あまりにも僕を泳がせすぎですよ、そして雑に扱いすぎ・・・たまったもんじゃないよ」


マシロの顔つきと場の空気が変わる。

ふいに彼女の突きが無構えの体勢から俺の顔に放たれ、更に胴への中段突き、右回し蹴りが連撃で打ち込まれる。


わずかに風が舞っている。

俺は体さばきのみで、すべての攻撃をかわしていた。


俺の能力を試すような攻撃ではあったが、マシロの格闘術は並みの騎士をはるかにしのぐだろう。

そして、マシロの纏う司祭長の法衣は、わずかに乱れたに過ぎない。


(もっと、その法衣を乱れさせてみたいものだな)

少し、やましいことも考えてしまう。


「貴方、どれだけ実力を隠していたの?」

「マシロ様だって今の連撃は本気で仕掛けていないでしょう? まあ、格闘術ではマシロ様が私より遙かに上でしょうね」

俺も、しらけたように言ってやる。


「御父上ホークウインド公爵に報告するなら、ご自由にどうぞ『聖堂騎士団長マシロに反逆の疑いあり』と」

彼女は、余裕の表情をうかべている。


そのような態度も好きではない。とにかく、その余裕が鼻につくのだ。


「やめときます。どうせ、あなたはさらに奥の手を隠し持っている」

彼女のしたたかさ、用意の周到さにおいては恐ろしいものがある。とても、俺が読み切れるものではなかった。


「奥の手なんてないわよ、トロティは裏切らないって信じているから」

「・・・」

ふいに心の中でキンッと剣が交差するような音がきこえ、苛立つような感情が湧いて出た。


「信じている・・・か、そんな言葉を聞きたくなかったな。大事なところで、嘘が下手な人だ」


「嘘?」

マシロの目が、大きく見開かれた。彼女の、この表情は作ったものではない。


「あなたは僕を信じているんじゃない。気づいているんだ、僕が裏切らないって」

力強くマシロを見据えた。


「あなたは気づいている、僕があなたに惚れてしまっている事を・・・。そして、何があってもホークウインド家より、王国より、自分の未来より、・・・マシロ・レグナードという女を選ぶってね」

トロティの拳が、わずかに震えながら握りしめられる。

冷静なマシロの表情が揺らぐのがわかる。


(信じているんじゃない、惚れている俺を利用するってことだろ。そして・・・)

拳に熱いものが集まってきている。


「そして、あなたは僕など相手にせず、あの男、ミハエルだけを追いかけ続けるんだ。腹立たしい!」

そう言い、マシロの頬に拳を打ち込んだ。

拳にぐちゃりとした感触があった。


「えっ? あっ・・・当たるなんて。なんで避けないんですか、マシロ様、はっ早く手当てを!」

まさか当たるとは思っていなかった。

マシロなら簡単に避けられると思ったのに。

口の中が切れたのか、マシロの唇から一筋の血がながれている。


「そうね、ごめんなさい、嘘をついてしまいましたね。気持ちを知っていながら私は貴方を利用しようとしていました。この痛みは、罰として受け入れます」


流れる血を見る、その拳には、まだマシロの頬の感触が残っている。

惚れた女を、なりゆきとはいえ拳で殴ってしまった。


(ど、どうして傷の手当てをしないんだよ、いつものように回復祈祷で早く治せよ)


後味が悪すぎる。


「もう帰りましょうか・・・」

そう言い、ほんのわずかに悲しそうな表情を浮かべるマシロをみると、訳が分からなくなった。


「・・・・・・ああ、もうっ、どうにでもなれ! 地獄の果てでもついて行きますよ、そしてあなたを振り向かせて見せる!」

追い込まれた俺は、更に訳の分からないことを口走る、これは子供のころからそうなのだ。


「期待しているわ」

マシロは目線を合わせ、表情だけで微笑む。

それでも、その作った笑顔にトロティが持った感情は複雑なものだった。


(俺は確かにスパイとしてホークウインド家から送り込まれた。そこまではあなたの読み通り・・・)


トロティの目に見えるもの、毅然とした美しいマシロの横顔。

その横顔の奥に、いつもあるのは悲しみだった。


(やはりあなたは気づいていない。

ホークウインド家に、マシロ様へのスパイ話を持ち掛けた人物がさらに裏にいることを。

それは貴女の実の父であるグォルゲイ・レグナード公爵だというのを・・・。

貴女は実の父君からも疑われ、監視されているのだ)



その奥にある悲しみ。

俺は、いつか取り除いてあげたい。





◆ ◆


 ここまで読んでいただきありがとうございます。

 主人公ミハエルの存在が薄くなっている気がしますが、次の回で帰ってきます。

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