15 墓標を弔う

 ―――再び視点は現在へ、ミハエルへと戻る


「おおっと、町発見!」


 とりあえず森を抜けると、偶然にも町を見つけた。

 小道をたどっていけば、いずれ人の暮らす所に行きつくだろうと思っていたが、意外とあっけなく発見できた。

 なりゆきまかせでも、意外となんとかなるものだ。


 そこそこの活気にあふれた町で、市場を覗くと新鮮な海産物が売りに出されている。

 珍しく風にわずかな湿気がある、海が近いのだろう。


 王都とは違い、様々な種族の人々が行き交っている。

 美形エルフの長い耳が揺れ、ドワーフの大きな帽子が目立つ。獣人たちは堂々と歩き、人間たちは様々な装束で商取引を行っている。


 俺は雑貨屋を探し、地図と数日分の携帯食を購入した。


「なあ、この町は地図上ではどこになるんだ? 王都は、えっと、これのことかな」

 雑貨屋の娘に聞いてみる。

 地図を広げ、王都を指さす。


 地図を見るのは苦手だ。

 傭兵団の頃、こういった事はレヴァントの得意分野だった。


「はい、王都はそこです。ここシ―フォークは、地図ではB-11地点になりますから、・・・う~んと、ここになりますねえ」

 娘は愛想よく元気に答える。

「なるほど、ここはシーフォークというのか。聞いたことがあるよ、そして街道は・・・」

「ここです、この線です」


「ここか。これで王都に帰れそうだ。ありがとう」

 王都までは歩いて三~四日という感じか。

「えっ?王都の騎士さんなのですか? 地図も読めないのに」


 はっ、と娘が口に手を当てる。

「ごっ、ごめんなさい。てっきり地方領主の護衛の方かと思っていましたから」

「はははっ、いいんだ。苦手なことは、格好つけず部下に頼ることにしている」

 これは本当の話で、わからないことや苦手なことは素直に人に頼んでいる。

 苦手なことはとことん苦手なタイプなのだ。


「ぶっ、部下ぁ?」

「こうみえても騎士団長さ」

 素手でヒュッと剣を振る真似をして見せると、娘は慌てだす。

「はっ、あわあわ・・・、大変失礼しました。て、父を呼んでまいります。すぐにご挨拶を・・・」


「ああっ、待て待て。かしこまらなくていいよ。今は、気ままな旅の途中さ」

 ふたたび娘がポカンと口をあける。


 広げられた地図をみていると、国境沿いの地名が目に入った。

(タイド・ランディング)

 忘れる事の出来ない場所だ。

「そうだ、タイド・ランディングへの道を教えてくれないか?」

「はい、でも王都に帰るには2~3日の遠回りになりますよ」

「ああ、・・・問題ない」


 娘に、お礼として小さな宝石を握らせた。娘は飛び上がり、全身で喜びを表現する。

「うわっ、こんな高価なものを・・・」

「いいんだ、ありがとう」


 手を振る娘を背に、歩き出す。


 ―――生まれた場所が違っていたら、戦争というものがなかったら・・・。

 俺もレヴァントも、このような町で静かに暮らせていたのだろうか。


 しかし、悩んでも、何も現状は変わらない。

 今やれることをやって、流れにまかせる。

 それが俺のやり方だ。




 一日野営をしてたどり着いた、国境沿いの港町『タイド・ライディング』には、昔と変わらない、湿り気のある柔らかい風が吹いていた。

 この国で吹く風は、ほとんどの土地で乾いたものだが、ここだけに吹く海風らしい。


 当時の敵国ザンブルクとの関係は現在では休戦協定が結ばれており、ここ数年は平和が続いている。


 薄れていた戦場の記憶をたどり、ようやく見つけた土盛り。

 それは、海を見下ろす小高い丘に立つ、傭兵団の皆が眠る墓標だった。


 周囲は広く、海から吹く風になびく草原だった。

 あの時から、ここはずっとそうだったのだろうか、ここまで広い平原だったのだろうか。

 草原は、一度だけ見たことがある海に似ていた。


 ここに傭兵団を埋葬してくれたのは、今は聖堂騎士団の指揮をとる司祭長マシロ・レグナート。

 その当時、彼女は見捨てられた瀕死の負傷兵や戦災孤児を、敵味方関係なく救ったという。

 しかし、マシロは俺もその中の救った人間の一人だと、気づいていないだろう。


 傭兵団を壊滅させたのは、本当に敵国軍だったのか?王軍の裏切りだったのか?

 調査を続けているが、未だに判明しない。


 ふたたび墓標に目を落とす。


 赤い桔梗(ききょう)の花が一輪、墓標に手向けてあった。

(レヴァントも、ここに立ち寄ったのか・・・)


 ―――『死を賭した復讐』 それがこの世界での、赤い桔梗の花言葉である。



 ◆ ◆


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