14 ミハエルとレヴァントの過去 後編―――傭兵団の壊滅2
(ここはどこなのか。俺たちは助かったのか?捕らえられたのか?)
縛られてはいない。体に傷もないようだ。
付近に人の気配もあるが、けっして殺気立ったものではない。
起き上がると、二人の剣も台に立てかけてあった。
レヴァントを静かに揺すると、跳ねるように起きた。
身についた本能だというのか、彼女は中腰に構えている。
その気配に気づき、白い衣服に身を包んだ中年の男たちが駆けつけて来た。
よく観察すると、それは鎧の下に着る衣服だ。
身に着けている物や雰囲気から、軍の中ではそれなりの身分だと見てとれる。
剣を手に攻撃しようとするレヴァントを、すばやく後ろから抱きかかえる。
「やめろレヴァント。刃を収めろ」
「なぜだ!こいつらのせいで団は壊滅したんだ、みんな死んだ」
激情をあらわにするレヴァントを、抱き留め必死になだめる。
悪い予感はしない。
縛られているわけでもないし、ましてや剣まで手元に置いてあるのだ。
(この者たちは、いったい?)
「私はサンブレイド傭兵団のミハエルだ。すまないが、どなたか彼女を押さえていただきたい、まだ彼女は気持ちが整っていない。まずは、あなた方と私で話をさせて欲しい」
男たちにレヴァントを引き渡す。
レヴァントは両腕を男に抑えられた。その顔つきは美しくも、狂気に満ちた狼のようだ。
彼女の剣は、俺に渡された。
「レヴァント、見苦しいぞ、状況の判断が先だ。感情で動くんじゃねえ、いつも団長が言っていただろ」
「・・・」
団長の名を持ち出すと、レヴァントは静かになった。
「ミハエルというのか・・・。私たちは、グランデリア王国軍の第四部隊の者だ。警戒しないで欲しい、マシロ副長官の命で戦災者や孤児を保護している」
「保護だと?」
「君たちは王都の孤児院まで、護衛付きの馬車で送り届けよう。食事もあるから心配するな。もちろん、保護を拒否する権利もある、・・・どうするかは君たちに任せるが、悪い話じゃないぞ」
両側から体を押さえられながらも、レヴァントは男を睨みつける。
「誰がっ、王国の保護など受けるか! 私は団の仇をとるんだ!」
叫ぶ彼女を観察する。荒々しく吠えているが、内心はすでに冷静さを取り戻しているようだ。とりあえずは大丈夫だろう。
「わかった、救護していただいたことは感謝します。率直に聞きたい、我が傭兵団を襲ったのはあなた方か?」
問いつつも顔を動かし、レヴァントの目を見る。
目線で理解する。
考えは同じだ。
―――返答によっては、即、戦いを挑まねばならない。
殺気をしずかに腹の底にひそませる。
彼女が本気をだせば、すぐに両側の男など振りほどけるだろう。
「われらが襲った?」
中年の男は不可解な顔をすると返答を続けた。
「『友軍の砦と、雇用した傭兵団が、敵国軍の急襲を受け一夜で壊滅した』と副長官から聞いて駆けつけている。なぜ、われらが傭兵団を襲ったことになる?」
ミハエルは言葉に注意を払いながらたずねた。
「本当に我が傭兵団を襲ったのは、敵国軍なのですか? それを信じよと?」
「その証拠はない。ただ、そう聞いているし、我々としてもそうとしか言えない」
中年の男の目の奥を見るが、嘘を言っているようには見えない。
軍人として実直な瞳だ。
レヴァントも俺と同じように、彼の言葉をとりあえずの真実と捉えたのだろう、体の殺気が一段おさまった。
(俺たちが攻略した砦の兵は、反乱をおこした一部隊ではない? そして俺たちを襲ったのは、王軍ではない敵国軍だと?)
考えがまとまらない。
傭兵団長のジンが聞いた話、そして、自分の予想とまるで違う。
俺達は、おおきな何かに巻き込まれたのか。その結果、傭兵団は壊滅したというのか。
俺は冷静に、ひと呼吸をおく。
「答えていただき、ありがとうございます。わかりました、王国で私達を保護していただけるなら・・・、ありがたいことです」
「ミハエルっ! なんで王国なんかに!」
信じられないという目つきで、レヴァントが睨みつけてくる。
仇がはっきりしない以上は、どうしようもない。
今の状況にふりまわされず、最善の手を打つしかない。
「もうひとつ聞きたいのですが、・・・生き残ったのは俺達だけなのですか?」
「答えにくいが、そうだ」
「・・・」
体の奥、心の中に大きな杭が撃ち込まれるような衝撃がくる。心のすべてを根っこから地の底へ持っていかれるような気がする。
生まれた時から戦災孤児だった、その時から全てを失っていた。
そしてまた、失ったのだ。
「うわぁああああっん・・・」
レヴァントが叫び声をあげ、涙をながす。
俺は上を向き、湧き上がる叫びを必死に押し殺した。
「すみません、とりみだして・・・」
「いや、しかたあるまい。傭兵団の者たちの亡骸(なきがら)は、副長官の指示でひとつの墓碑にて埋葬してある」
「・・・副長官殿の、ご配慮に感謝します」
俺は拳を握りしめ、涙が流れるのを感じた。
レヴァントは、嗚咽をあげ泣き続けている。
「もう、大丈夫です。彼女も放してもらえるとありがたい」
両腕の拘束から解放されたレヴァントは、涙と共に両膝から崩れ落ちた。
そばに寄りきつく抱きしめる。
「ミハエルといったか、傭兵団の無念はわかる・・・。お前、歳は?」
「十三です」
「そうか、剣技を磨き抜くといい。十五になったら騎士団の見習いに志願できるぞ」
中年の男は、そう言った。
「騎士団の見習い?」
「実力次第だが、ある程度までは出世できる、・・・お前からは何かを感じる。生きるんだ、ミハエル、亡くなった傭兵団の者達のためにも」
「・・・」
翌日、旅立ちの前、団の仲間たちが埋葬された場所に足を向ける時間をもらった。
草が海からの風になびく小高い丘には、小さく土が盛られているだけだった。
「この花は?」
青い桔梗(ききょう)の花が一輪のみ手向けてある。
「マシロ副長官が、ささげられたのでしょう」
昨日から世話を焼いてくれる、中年の軍人はそう答えた。
墓標を見つめるレヴァントの目は、生きる団長たちを見ているようだった。
◇
ミハエルは、当然のことながら気づくことはないが・・・
一人の軍人にすぎない中年の男は、彼(ミハエル)を前にひとつの予感を抱いていた。
(未来、このミハエルと副長官マシロ様が共に手を取り合う時が来れば、この腐敗した王国を変えることが出来るかもしれん)
ふと心をよぎったその想いは、やがて日々の雑務に忘れ去られてゆく。
それでも未来を想う気持ち、そして予感は風に乗り星となる。
人の想いが創り出す、夜空の星々。
それがミハエルの、マシロの、そしてレヴァントの運命の流れを生み出してゆくのかもしれない。
◆ ◆
ここまで読んでいただきありがとうございます。
主人公ミハエルや、ヒロイン・レヴァント、サブヒロイン・マシロを気に入っていただけましたら ♡や ☆☆☆で応援していただければとても嬉しいです。
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