第二章 うごめく騒乱の下火
12 茶眼レヴァントに、獣人が戦いを挑む
―――この一話はレヴァントの視点で物語が進む。ミハエルとの久しぶりの一夜をすごしたレヴァントの話。
隣国をふくめた大陸の地理は、ほぼ頭に入っている。
星座の位置と夜が明けてくる方角、さらに暦(こよみ)から、現在位置を推測した。
傭兵団にいたころ、身に着けた技術だ。
ミハエルの奴は、この手の計算が苦手で習得出来なかったのだが。
この位置ならば、王都まで歩いて三・四日という距離だ。
もう少し歩き、森林地帯を抜け街道に出ると、途中にいくつかの町があると記憶している。
太陽が昇る前の森の中。人の通り道らしきものを見つけて歩いている。
今の、夜明け前の空気が心地よい。
ミハエルから貰った、金貨が一枚、手のひらにある。
『今の』自分を保った状態で、早いとこセンスの良い服を買おう。
他にも、やっておきたい作業もいくつかある。
つよく金貨を握りしめる。
やはりミハエルは強かった。
二回の暗殺指令をうけた戦いでは、殺すつもりで全力でいった。
それでも、余力を残して相手をされているのが分かった。
将来は私と田舎暮らしをしたいとか、ぬかしていたが・・・。
本心は嬉しかった。
一緒に暮らしたいと言われて、嬉しくないわけがない。
でも。
(ミハエルは、そんな小さなところに収まらない。王国も反乱軍も関係ない、もっと大きな世界で生きる男のはず・・・)
そのために、私にしか出来ない事があるはずだ。
それが何なのかは・・・知らんけど。
乾いた東の空にひとつの星が、白く浮かんでいるのが見える。
明けの明星。
『堕天使ルシィ・クァエル』のシンボルと言われている星。
そのまま強く、その星を睨みつけた。
―――さて、何の用だろうか。
道を後ろから、追ってくる気配がある。
振り返ると、一人の獣人が十歩の間合いまで入っていた。
「獣人?ワーウルフ(人狼族)?ん、あなた、意外とかっこいい顔立ちね・・・」
普通の人狼族は灰色ぽい毛並みだが、眼前の彼はキツネ色のふかふかした毛並みをしている。
身長はミハエルと同じくらいか。
「獣人さんから、恨みを買うようなことはしてないんだけど」
とりあえず、重心を低く警戒態勢に入る。
「ああっ、警戒しないで! やっと見つけたってのに・・・。見つけるの大変だったんだから」
獣人は笑顔と両手のひらを私にむけて、敵意のないことを示しはじめた。
「僕はファーヴニル。姉さんの一番弟子だ、使い走りでも何でも言いつけてくれ!」
「はあっ?」
(何なの?突然。しかし、獣人にしては、さわやかな笑顔・・・)
自分でも、今おかしな表情をしているであろうことは分かる。
ちょっと待て、理解が追い付かない。
突如現れた獣人族のイケメンが、勝手に舎弟(弟分)を名乗っている。
本来なら、こういう訳の分からない奴はシカトだが・・・。
「お前、運が良かったな。今私は、久しぶりに恋人と一夜をすごせて、機嫌がいいんだ」
(とりあえず、ミハエルみたいに・・・なりゆきにまかせようか)
何か、面白いことが起きそうな感じがする。
「さて」
気持ちが熱くなり、戦闘態勢に入る。
拳を、もう片方の手でつかみゴキリと骨をならした。ついでに、首の骨と背骨も鳴らす。
素手の相手に短刀を使うのは、プライドが許さない。
こちらも拳でやりあう。
「弟子ねえ・・・、とりあえず顔と声は合格。あとは実技試験で決めるわ、私も素手でいくよ」
一瞬、獣人は目を丸くしたが、意味をすぐに理解したようだ。
「わかった、オッケー、実技試験か緊張するなあ」
彼が、構えらしき姿勢をとったのはほんの一瞬だけだった。
えっ?消えた。
すげえ、この十歩の間合いで人(獣人)が消えるってあるのか!
獣人が目の前にせまる。
考えるより速く、半身を引き、ボディにカウンターを入れる。
獣人は倒れない。
(浅かったか、でも速いだけじゃ・・・不合格だな)
崩したかと思いきや、低い姿勢からの蹴りが胸部に来る。
(返しも速い! いいね、そのセンス)
腕で蹴りを防御。なかなかの衝撃。
(速さと重さは、及第点てとこね)
獣人の軸足を、蹴りで払いに行くと、
片脚で跳躍し頭上を越えられ、背後に着地される。
(身のこなしと敏捷性は、とてつもないものがあるわ)
―――と、同時に肘を、背後の鳩尾に打ち込む。
「ぐわっ!」
(上手い!これも胴体をひねって、いなされたかっ!)
重心を瞬時に低くすると、地を這うように前へ飛び、ふたたび十歩の間合いを取る。
獣人は、急所こそ外しているが姿勢を崩しかけている。
(すごい。さっきは、ここから瞬時に距離をつめたの?)
ミハエルでも、瞬きの間につめられるのは五歩の間合いだった・・・。
「いいわ、ファーヴニルとやら。実技試験は合格よ。スピードだけなら王国・・・、いや大陸イチかもしれないわね」
「本当か!やったぜ!姉さんについて行ってもいいんだね」
全身から喜びのオーラを出して、何度も飛び跳ね、嬉しさを表現している。
「ねえ、あなた本当に何者?まあ、べつに・・・刺客か何かでも全然かまわないけどさ」
ファーブニルはニコリと笑った。
彼の体が白い光に包まれはじめた。さらに、わずかに煙みたいな奇麗な粒子に包まれると、彼本来の小さなイタチの姿に戻った。
「あ! あの森の・・・。君だったのね」
レヴァントがほっこりと微笑むと、ファーブニルは膝から肩へと、体を駆けあがり胸のなかにもぐりこんだ。
「うわっ!ちょっ・・・」
服の中で、ふかふかと小さな柔らかいものが、ちいさな胸に乗っているのがわかる。
くすぐったくも、暖かい。
のぞきこむと、安心したように、つぶらな眼を閉じ、すでにクークーと寝息をたてて眠っていた。
「・・・かわいい奴だなぁ、獣人の舎弟かあ」
(そうだ!)
私は、さっそく彼に与える任務を思いつき、胸元で眠る頭を小突いた。
「ファーブニル、花を探すのを手伝ってほしいんだ」
目を覚ました彼は、愛くるしい顔で私を見つめ返している。
―――父ともいえる人へ、大切な仲間だった者達へ
墓標に捧げる、赤い桔梗の花を・・・。
◆ ◆
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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