11 甘い夜は夜明けをむかえる
星の位置が変わってゆき、やがて焚き火も炭火になってゆく。
「うぐあっ!」
突如、全身を震わせたレヴァントの眼が一瞬だけ『緑』にかわり、赤茶色に戻る。
側頭部に痛みがあるようだ。
抱え込むように頭を押さえている。
「体に、かなりの衝撃を与えたから、しばらくは『元の私』に戻っていられるかと思ったんだけどなあ」
「衝撃を与えたって・・・、元の自分に戻れるか?を試すために、魔導列車から飛んだのかよ?」
「うん、ミハエルがいいクッションになってくれるだろうから」
なんて無茶苦茶な・・・、昔からこいつはこうだった。
「お前、・・・そのイカレっぷりは、相変わらずだな」
焚火に小枝を足して、話をつづける。
俺も、聞かないといけない話がある。
「そもそも、なんでお前はこうなってんだ?」
つまり洗脳改造状態になってしまったのだ?ということを聞きたいのだ。
彼女の柔らかそうな首筋を見ながらたずねた。
―――それから、レヴァントから聞いた話はこんな感じだ。
修道院で死ぬほど退屈に暮らしていた所、反体制軍に誘拐された。
彼女は反体制軍と言っているが、それは反体制ゲリラのことだ。
その後、反体制軍の魔術師により、暗殺者として別人格に洗脳改造され、魔術による身体強化を施された。
別人格とは『王国を完全なる悪として認識させる。その王国を壊滅させ、新たなる政府を樹立する活動に命を賭ける』といったもの。
過去の記憶なども消えてしまったり、都合の良い解釈へとすり替わってしまうという。
その改造はレヴァントにとっては『面白そう』なので、なされるがままにされてみることにしたという。
(しかし面白そうって、なんだよ・・・)
その改造は魔術により、肉体の戦闘能力を劇的に高めてくれるので、俺より強くなりたい彼女にとっては都合が良かったとも言う。
実際に戦闘能力や知力は驚異的に強化されたらしい。
あと、洗脳改造は脳に魔力を流されるため、かなりの激痛をともなうのが誤算だったとのこと
そして、この洗脳改造も完全ではなく、今みたいに時々『元々の自分(赤茶眼のレヴァント)』にもどる時がある。
―――
「たぶん、明日にはまた、洗脳状態の<緑眼のレヴァント>に戻ると思う」
「・・・」
「ミハエルが、田舎で退屈な人生をすごしたいなら、お別れね。そのときは『新しい私』で生きるから」
彼女は何かを確信しているかのようにミハエルを見ると、更に言葉をつづけた。
「わかっていると思うけど、賭けのない人生、刺激のない人生ほど、つまらないものはないわよ。・・・・・・私は賭けている。この手で王国を潰せるかどうか?」
そして、大事なことを付け加えるように、静かに問うように言う。
「その私を、あんたは助けにくるのか?」
自分の人格すら賭けの材料にするっていうのか?
聞いたことがない。
そもそも、どうやって助ければいい?
そうやって洗脳状態から元にもどすのだ?
この女本来の赤茶色の目は、悪魔の血でも吸っていたのか。
「私は反体制軍のもとに帰る、とりあえず王国潰すから・・・。あんたが騎士でいる限りは、当面のとこ『敵』ね」
「敵って・・・、それに、そう簡単に王国が倒せるものかよ」
「倒せるわよ、私なら。・・・それに敵方に洗脳された恋人がいるってスリリングでしょ?」
何かを見透かすように言ってくると、ちらりと横目で俺を見る。
まあそれは、たしかにスリリングで面白い展開ではあるが、面倒であることは間違いない。
レヴァントは言葉をつづけた。
「それに、わたし達にとっては『敵』『味方』など小さな問題でしょ?」
「確かにな・・・。あ、そうだ」
俺は思いだしたかのように、聖布に包まれたモノを懐から取り出す。それを、レヴァントに握らせた。
「え、これ何?青い宝石? おっきいんですけど」
卵ほどの大きさの石に手に、らんらんと表情を輝かせ、彼女が聞いてくる。
「『邪眼水晶核』の破片だ」
「ええっーーー?」
レヴァントの眼と口が、縦に大きく開く。
(こいつでも驚くことがあるのか・・・)
「持ってた最高級のクリスタルと、すり替えといた。どう使おうが、お前の勝手だ」
レヴァントは剣の腕だと俺より劣るが、頭の良さは半端ない。
悪くて、卑怯で、ズル賢い女だ。
魔術の基礎を独学できたのなら、その水晶核の力を開放する術式も解明できるかもしれない。
使いようによっては、魔導兵器としては強烈な力を引き出せるだろうし、今後の様々な交渉にも役立つだろう。
「王都を壊滅させうるほどの力を、私にくれるの?」
ご機嫌そうに頬をすりよせ、俺の目を見つめてくる。
「お前にハンデをくれてやるよ、俺は剣が一本あればいい」
剣の柄を中指で叩いて見せる。
「格好つけちゃって。わかった、大切にするわ」
レヴァントは聖布の上から、卵ほどの大きさの水晶核を握りしめている。
何かを告げるように、梟(ふくろう)が遠くで鳴く。東の空が白くなり始めている。
レヴァントは立ち上がり背中を見せる。
「私、行くよ・・」
「俺は、もう少しここで寝る。奴らのとこには帰れそうか?」
「野盗でもしながら、王都まで帰る。街道は腐れ貴族の商隊であふれているから。獲物には困らないわ」
後ろ姿からは分からない、彼女はどのような表情をしているのか。
「それに、反体制軍には私の力が必要なんだろうし」
そう背中越しにつぶやく。
「待てよ、レヴァント」
彼女は振り返ると、俺が投げた金貨を空中でつかんだ。
「どっかの街で、気に入った服を買え」
その金貨があれば野盗などしなくても、王都へは帰れるだろう。
やはり、野盗なんてしてほしくない。
「ありがと」
レヴァントは一歩を踏み出す。
―――革命に身を投じるのだ。
最後に小さな声が聞こえた
「今度こそ、本気で待っているからね」
「何を?」
「私を、奪い返しに来るのを・・・」
言われるまでもなく、そのつもりだ。
反体制ゲリラを倒し、レヴァントを取り戻し、洗脳状態を解除する。
正直な気持ちとしては、王国などどうなってもいいのだが・・・。
(一章 終了)
◆ ◆
基本的に、一日一話の投稿です。
無事に第一章が終わりました。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
主人公ミハエルや、レヴァントを気に入っていただけましたら ♡や ☆☆☆で応援していただければとても嬉しいです。
感想などをいただければ更に嬉しいです。
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