10 ミハエルとレヴァントの甘い?一夜 1

レヴァントが両足に力を込め、俺の腰をつかんだまま屋根を蹴った。


体が宙に浮く感覚がある。

闇の中を、ヒュウッと風を切る音が耳をつんざく。

広大な星空が、上から下へと流れていく。


(つまり俺たち、列車から落ちている訳ね)


こいつと心中する気はない、俺達は生きる。

彼女の頭を守るように両腕で覆い、足場のない空中で身を屈めた。


魔導列車の灯りが、視界から遠のく。

『邪眼水晶核』を乗せた列車は、無人のまま走り去っていく。


レヴァントを抱きかかえ、宙に浮いている時間が長く感じられた。

その時も、風の音は耳に入り続けていた。


二人で足場のない空中にいるのも、気持ちがいい。


突如、濃密な森の匂いが周囲を覆う。


ズザザザザザザザッー!


木の枝が背中に触れる感触が一瞬だけあり、一気に森の中に叩きつけられていく。

何本もの樹の幹に体をぶつけ、枝葉をへし折り落ちる。

強烈な力で地面に叩きつけられた。


(くはっ、息が・・・)


反動で浮き上がるが、勢いは止まらない。

「しがみついてろ!」

強く抱きしめ、叫ぶ。


自分が今、どのような姿勢なのかも分からないまま転がっている。

レヴァントをさらに腕で強く引き付け、頭部と急所をかばい続ける。


岩や木の根の張り出しに引っ掛かりながら、地面を転がり続け、巨木に衝突して俺たちは停止した。


「ぐぅ・・・、はあぁっ!」

肺の中の空気がすべて吐き出される。

体のすべての骨が砕け散ったような痛みが走る中、レヴァントを見る。

呼吸もあり、打撲などはあるだろうが、脳や内臓に大きな怪我はないだろう。


(とりあえず、こいつは守り切った・・か・・)


そう思ったとき、安心感と全身の激痛で、俺の意識は途切れた。




―――夜の森。地面には魔法陣が描かれ、簡易結界が貼られている。


小さな焚火の灯りがある。


どれくらいの時間がたったのだろうか。


ふたたび目を覚まし、気づいたときには、焚火の燃える音を聞いていた。

着ていた皮鎧と肌着が傍においてある、上体は裸だ。

独特の気だるさと共に、肩にはレヴァントの甘い匂いが、強く残っている。


体には打撲の跡が無数にあり、噛まれた肘には布が巻いてあり手当てがしてある。

全身に痛みがあるが、骨折はないようだ。


半身からだを起こして、横を向く。

近くに沢があったのだろう。

彼女は裸のまま腰をおろし、濡らした白布で体を拭いていた。

星と焚火の灯りに、白くきめ細やかな肌がてらされている。


「この結界にモンスターは近づけないし、魔術による追跡もかわせる」


―――そう言い微笑む彼女の目は、緑色から本来の赤茶色に戻っていた。


地面に叩きつけられた衝撃で、『暗殺者』から『本来の状態』に戻っているのか・・・。


俺は一度たちあがり屈伸をすると、あぐらに座りなおす。


「レヴァント、結界を張る技術なんて、どこで覚えたんだよ」

「修道院の地下に、秘密の蔵書があって、そこで魔術の基礎を学んだのよ」

彼女は白い肌着を着て、俺のとなりに肩を寄せて座った。


(なぜ、魔術は禁忌の修道院に魔術書があるんだ?)

とりあえず、今は考えない事にする。


「さて」「ねえ」


『なんで、こうなってんの?』

二人同時に喋っていた。


レヴァントの口元がピクリと動く。

俺にはわかる。これは、機嫌が悪くなった時の動きだ。

聞きたいことは山ほどあるのだが、まずは、彼女に喋らせる。


「あんた」

鋭い視線が俺を捉える。


「何してんの?いつ私を迎えに来るつもりだったの?」


(やはり、そこか)


あの時から五年たっている。

確かに俺は二人で孤児院を出て、別々に引き取られていく時『必ず迎えに行くから待ってろ』と言った。

絶対に迎えに行くつもりだった。


「いや、実は騎士団総帥にさ、繰り上げで出世できそうなんだよ」

これは本当の話で、現在・騎士団総帥のネロスには軍事顧問への登用の話がきており、その後釜におさまりそうなのだ。


「あっそ」

「・・・」


「それで?それが何?」

かなりの怒気をはらんでいる声だ。


「騎士団総帥になれば、田舎に領地がもらえる。そこでお前と、のんびり暮らそうかと思ってるんだ」


「はあぁぁぁぁぁ?」

レヴァントが俺の正面に移動し、胸倉をつかんでくる。

「何で私が、そんな退屈な暮らしをしないといけないのよ!それが、あんたの描く未来なの?」


ドンッと、上体を押されて、俺は後ろに転びそうになる。

「あんたの事だから、騎士団総帥とやらに出世しても『しばらくは貯金する』とかいって、さらに私をほっとくつもりだったんでしょう?」

「うぐぅ・・・」

図星だ、相変わらず鋭い女だ。


「ああ、地方領主になってプチトマト農園を大規模経営するのが俺の夢なんだ。それには資金がいるだろ?」

閃光が走る。

短刀が首筋に突きつけられている。


「却下する。何をプチトマト農園など腑抜けたことを!

あんたは私と組んで、王国を潰すのよ」

「・・・むちゃくちゃ言うなよ。今や俺は王国の騎士団長だぜ」


「無理なら、今ここで殺す!」


首筋に力が加わる。

焚火の赤い炎が、短刀に反射している。


「殺すっ・・・て、お前。

すでに殺しにきてるじゃねえか!二度も!本気で!」


ふたたびレヴァントの強い目線が俺を刺す、俺も睨み返す。

緊張感が高まっていく。



「ぷっ、はははははは・・・」

「あはははは・・・」

二人同時に、吹き出してしまった。


懐かしい。

俺たちは、変わってないようだ。


今ここにあるのは、あの頃の二人の空気そのものだ。

俺たちは戦災孤児のころ、傭兵団に拾われ少年兵として戦場を駆けまわった。


孤児院に入る前の話。

命のやりとりが当たり前の日常。


それでも、ふたりの戦災孤児。

その間にあった確かなもの。


傭兵団の野営地で星空を見上げ、語り合った将来の夢。

自分たちの両親や、故郷を奪った憎き王国。


――― 二人でその王国を潰し、平和な国を作る ―――


他愛もない、広い世界を知らない、そんな子供の夢物語だったのだろうか。


俺は静かに手を首におくと、彼女が突き付けた短刀を外す。


「それに・・・」

レヴァントは言いながら短刀を鞘に納める。

ふたたび隣に、しなやかに腰を下ろす。

「あんたは、私に殺されてしまうような男じゃないでしょ」



「孤児院の決闘のときは、まいど俺がやられていたけど?」

「あんた、わざと負けていたくせに」

レヴァントが悪戯ぽく睨みつけてくる。


「『負けたら、何でも言うことを聞く』が約束だったからな」

「言う事を聞くって、・・・私の召使いにでもなりたかったの?」


孤児院は十五歳になったら出ないといけない。

俺は『王国の騎士見習いになり、必ず出世し登りつめる』と決めていた。


共にいることの出来る最後の時間だとわかっていた。

彼女の、勝ち誇るように笑う顔が好きだった。

無茶な要求をされても、思い出としてそれらは心に重なっていった。


「召使いに、なりたかったわけじゃないさ」


んっ・・・。

レヴァントの声が漏れる。


亜麻色の長い髪に手をかけ、そのまま唇を合わせていた。





◆  ◆ ◆


一日一話の投稿です。


 作者の 天音 朝日(あまね あさひ)です。ここまで読んでいただき本当に嬉しいです。


 50話ほど の話数になっており、2023年10月末あたりに完結します。


 このストーリーが面白いと思われましたら ♡や ☆☆☆で応援していただければとても嬉しいです。


 感想などをいただければ更に嬉しいです。




 つまらない、と思われた方も「次は頑張れよ」の意味で♡やご意見をいただければ、次回へのモチベーションになります。


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