9 緑眼レヴァントとの再戦

あるのは星の光だけ。

ただし、この世界の星の輝きは強い。


風を切り裂き、列車は走っていく。


(よっこらしょっ)


列車の屋根に両手を乗せ、体を引き上げて両足を下ろす。


同時に、眼前に光。

ヒュルルッ!

山刀が回転しながら飛んでくる。

上体を左に傾けかわすと、風切り音だけ残し後方の闇に消えてゆく。


前方から来る風に混じる、亜麻色の髪の甘い匂い。


魔導列車の一両目、ど真ん中。

緑色の目。

星空の闇を背に片膝を立て、威風堂々と緑眼(りょくがん)のレヴァントは座っていた。

俺から見て列車の前側であり、まるで彼女から発せられる圧のように突風が吹きつけてくる。


「今日は修道服じゃねえのか、残念だな・・・」


昨夜と違い、紺のマントに、指を切ってある赤いグローブ。

女性軍人がまとう、動きやすい赤の皮鎧という機動軍装。

下半身は黒のスパッツに、膝近くまである戦闘用ブーツ。


肌の露出はそこそこだが、腰まである亜麻色の髪は後ろで束ねてあり風になびいている。


(赤い皮鎧って、・・・意外と可愛いかもしれないな)


考えた瞬間、突風と共に斬りつけて来る。

殺気の乗った、容赦のない一撃。


(動き出しが、捉えきれなかったか)


火花が飛び、それは後方へ消える。

きらめく短刀を、気合を込めてはじいた。

しかし、しなやかな肘と手首で、力をいなされている。


昨夜と同じで、俺の知っているレヴァントとは別次元の強さだ。


(魔術による身体強化というやつか・・・)


足場の悪い列車の屋根で、互いの位置が入れ替わっている。

姿勢を低くし、向き合う。

レヴァントの低い構えも、列車と共に揺れる。


短刀の照り返す光が、残像となりゆらゆらと尾を引く。

その光すら、後方の闇に吸い込まれていく。


闇、突風、更に不規則に来る揺れ。

列車の走行に合わせ重心が左右に持っていかれる。


さらには、列車の屋根は平面ではなく中央部を盛り上げた山型になっている。

平地での戦いとは大きく勝手が違う。


(大丈夫か?レヴァント、落ちるんじゃねえぞ)


音もたてず静かに走る魔導列車。

その屋根で、彼女のマントが風と共にバサバサと音を立てている。


間違いなく、俺を殺りに来ている。


躊躇なく。

迷いなく。


殺気の乗った短刀を繰りだしてくる。

連撃は、牙となり命を取りに来る。

全力で俺を仕留めにきているのが分かる。


(この悪い足場の中で、いい度胸じゃねえかよ)


俺は、犬歯をむき出しにして笑った。


しっかりと足場を踏みしめる余裕はない。

接地の瞬間に、柔らかく足首から全身をつかい、上下左右の揺れを吸収していく。


静かに滑る列車の車輪の音。

剣と短刀のぶつかり合う激しい響き、幾重にも交差してゆく。


一瞬ではるか後方へ流れていく火花。

鉄の焦げるようなにおい。

風に、互いの呼吸音が混ざってすぎてゆく。


列車の揺れに、闘気と重心を合わせてゆく。

戦闘を長引かせるのは、彼女にとっても危険だ。

足場が悪すぎる、半歩の間違いですら転落しかねない。


(転落されたら面倒だ。早いうちに捉えて、しめ落とす)


ふと、背後(列車進行方向)から吹き付けてくる風の音がかすかに変わった気がする。

「伏せてっ!」

レヴァントが叫び、腹ばいになる。

彼女の動きにつられるように、倒れこみ腹ばいになる。


ドオォォッ。

魔導列車はトンネルに入る。

頭上の空間が、根こそぎ持っていかれていた。

危ねえ・・・、竜に飲まれたかと思った。

伏せた顔の下から、鉄の匂いがする。重厚な鉄の塊が、不規則に大きく揺れているのが全身に伝わる。



風の音が変わり、列車がトンネルを抜けていた。


(あぶねえ、助けられたのか・・・)


立ち上がり、再び向かい合おうとしたが、・・・いない。

頭上の風が消えていた。


走行する列車の屋根にもかかわらず、跳躍し上から来ている。

考えるより先に手甲で、刺突してくる短刀を受け流す。

そのまま乗りかかってくる彼女に、バランスを崩される。


後方へ崩されながら、俺は攻撃を組み立てる。


(悪い、顔は狙わないから勘弁してくれ)


腹に、拳を打ち付け突き放す。

列車から落とさぬように、考えて打撃をいれる。


俺はそのままの勢いで、背中全体を屋根に打ち付けるが、素早く後転して起き上がる。


一度二度、車両が連続して大きく揺れる。

腹にダメージを抱え、揺れに身を任せながら立ち上がってくるレヴァント。

(気迫が違う)

並みの剣士なら腹を突かれて気絶しているはずだ。


それでも、わずかに動きが鈍っている。

三歩の間合いを滑るように脇をすり抜け、背後にまわる。

密着すると、首を肘と腕でロックする。

互いに立ったままの姿勢だ。

足元を定めて重心を固定する。


(とらえた!このまま意識を絶つ)


ふと、遠く闇の中に、海と町の灯りが視界に入る。

・・・あの灯りの下に、人々の暮らしがあるのだろう。


(妙なことを考えてしまった)


瞬間。

「ぐわあっ! 噛むか!」

肘に歯が食い込んでいた。

筋肉が噛みちぎられる。

それでも、力は緩めていないはずだった。


ずるっ、ずるるるるるぅ

レヴァントが脱力し、きつく捕らえている両腕から、溶けるようにすべり落ちてゆく。


(なんだ? この動きは! )

瞬間、対応が遅れてしまった。

身をクルリと反転させた彼女が、俺の腰に両腕を巻き付けしがみついている。

ふたりの重心が崩れてゆく。


「おいっ!やめっ・・」

横を見ると、列車はどこまでも続く広大な森の中を走っている。


レヴァントが両足に力を込め、俺の腰をつかんだまま屋根を蹴った。


体が宙に浮く感覚がある。

闇の中を、ヒュウッと風を切る音が耳をつんざく。

どこまでも広大な星空が、上から下へと流れていく。


(つまり俺たち、列車から落ちている訳ね)


心中する気はない、俺達は生きる。

彼女の体を守るように両腕で覆い、足場のない空中で身を屈めた。






◆  ◆ ◆


 作者の 天音 朝日(あまね あさひ)です。ここまで読んでいただき本当に嬉しいです。


 50話ほど の話数になっており、2023年10月末あたりに完結します。


 このストーリーが面白いと思われましたら ♡や ☆☆☆で応援していただければとても嬉しいです。


 感想などをいただければ更に嬉しいです。




 つまらない、と思われた方も「次は頑張れよ」の意味で♡やご意見をいただければ、次回へのモチベーションになります。

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