6 マシロの狂気と反体制ゲリラ指導者・ソレン

 カフカ正教会。

 歴史あるその建造物は、今も人々の信仰の拠り所だ。

 建材のほとんどが砂漠の石材である遺跡都市カフカでも、この教会だけは山岳地帯から切り出した高級な石を用いて建てられている。


 長く荘厳な廊下、高い天井をささえる数多くの石柱。

 しかし、その地下牢の暗闇は、人の業のごとく深い。



 ―――物語は、その地下牢の一室にて。

 ふたたびマシロ・レグナードの視点でつづられてゆく



「あくまでも我々、教会組織は平和利用を訴えているのですが」

 私の意見は『邪眼水晶核』の資源的・平和利用である。


「しかし、軍部や魔導技術庁は戦術的利用をゆずらないか・・・、世界を十三回滅ぼす力をもつ『邪眼水晶核』の力」

 そう答えたのは反体制ゲリラの指導者である【ソレン・グランドランス】だ。


 ソレンの考えも戦術的利用に近い。ここは話し合いで、はっきりと押さえつけておきたい。


 その長身の男ソレンは漆黒のローブに身をまとい、顔もフードで隠している。声さえも魔術で声色を変えてマシロたちと喋っているようだ。

 呪符で身体をおおっているのだろうか、気配を読み取ることも出来ない。


 発掘された超古代兵器である『邪眼水晶核』の使用法をめぐり、王国指導者の意見はまっぷたつにわれた。

 現在の所、『邪眼水晶核』の使用許可権限は神の名を借りる教会組織にあるのだが、エネルギーを取り出す<解放術式>という技術については魔導技術庁内にて調査中であった。


「水晶核の破片だけでもぅ、王都を全壊させる力がぁ、あるはずですぅ。マシロ様、おぉ任せください、もう少しでエネルギーをぉ、引き出す術式が解明できそうですぅ」


 そう言うと黒髪の女がニヤリと笑う。ぬめりつく声が気持ち悪い。

 こちらも黒いローブを身にまとった、蛇のような顔をした女だ。


 時折、この蛇のような顔が美しく見えてしまうことに、私は恐怖を抱く。


 マシロの配下である蛇人【ベイガン】。


 魔導技術庁に籍を置いている上級の魔術師だが、数年前に金銭で買収した。


 教会組織と魔導技術庁は犬猿の仲にあるのだが、魔術にたずさわる者の知識は私にとって必要なものだ。


「ベイガン。いい? 魔導技術庁の天才/ヒックス・ギルバートより先に『邪眼水晶核』の術式を解明して、・・・時間が勝負ですから」


 言うと、私は目線を台座に寝かされている女に移す。




 修道服のまま手足を鎖につながれ、魔法の力で眠らされている女。

 レヴァント・ソードブレイカー。


「さすがに第二騎士団長の暗殺は、荷が重かったか・・・」

 ソレンはしずかに呟く。

「よくもまあ、のこのこと逃げ帰ってきたものですわね」

 私はレヴァントを睨みつけ、そう言う。


「まあマシロ殿、ここまで戦闘能力の高い要員は他にいない。今、死なれても困る」


 パァァンッ!

 眠っているレヴァントの頬を、平手で強く打つと乾いた音が響く。


「マシロ様ぁ、まだまだ魔術によるぅ戦闘力強化が可能ですよぉ。レヴァントの自我は、八割の破壊に成功していますぅ」


「やって。彼女は、完全に破壊してちょうだい・・・」



 レヴァントを見つけたのは偶然だった。

 配下の修道院から『手に負えない問題児がいる』との話を聞き、身柄を預かるようにみせかけ反体制ゲリラに提供した。

 彼らが、以前から計画していた魔術による肉体の洗脳改造、その実験体としてだ。


 洗脳改造した暗殺者を差し向け、王国の指導者や有力者を消してゆく。


 そのうえで強奪した『邪眼水晶核』を用い王都を攻撃する。

 そして、自身が教会組織の大司教から宰相としての認可を授かる。

 それが反体制ゲリラの指導者であるソレンの考えだった。



 また、洗脳改造をほどこしたレヴァントの過去を調べていくにつれ、興味深いことが分かった。

 ミハエルと同じ孤児院の出身であり、恋仲同士であったらしい。


 ふたたび、視線でレヴァントの身体をとらえる。


(私より先にミハエルと出会ったというだけで、彼の気持ちを奪い取った女)


 どうして、私より先に彼と出会ったのだ。

 私の方が彼にふさわしいのに。


 彼は、私を癒してくれる。

 私は、彼の必要なものを提供できる権力がある。


(なのに、どうしてミハエルは私のモノにならないの?)


 レヴァントの髪を撫で、唇を親指の腹でなぞる。

 頬から首筋

 そして肩へ

 手のひらで、撫でていく。

 ちいさな胸のふくらみを捉えると、強く握りしめた。


(この女が・・・憎い)


 彼に撫でられた髪。

 彼の囁きを聞いた耳。

 彼に語り掛けた唇。

 そして、彼の愛を受け止めたであろう、その身体。


(この女の、すべてが憎い)


 私の提案で、ソレンは洗脳したレヴァントを刺客として、ミハエル暗殺に送り込んだ。


 幼馴染であり恋人のミハエルは、レヴァントにとっては迎えにくる騎士みたいな存在なのだろう。

 愛する人ミハエルを殺しに行き、逆に自分がレヴァント殺されるなんて。


 可能性は低いけど、・・・愛した男を、自分の手で殺してしまう可能性もあったのよね。


 ここまで悲劇的で痛快なオペラの脚本はないわ。


 (何度でも、どちらかが死ぬまで・・・刺客として送り込んであげる)




 ベイガンがレヴァントのこめかみに針を打ち込むと、魔力を流す。


 「ウガァアアああぁっ!」


 目を覚ましたレヴァントは胃液を逆流させると口もとからまき散らし、叫び声をあげている。

 手足は鎖でしっかりと固定してあるため、背骨が折れるほどの勢いで胴体が反り返る。


「あはははは、あなたがマゾヒストでしたら、昇天ものの気持ち良さだったでしょうに、残念ですわね」

 私にはわかっている、この女は自分と同類だ。


 ―――サディストで、激しい怒りと憤怒を心の奥に抱えている。



「大丈夫か?ベイガン。彼女は優秀な頭脳も持っている。反体制軍の指揮官としてさえ使える人材だ。廃人にはしないでくれ」

「はいソレン様ぁ、ご心配なく。いい感じに仕上げて差し上げますう」


 いまだに、このベイガンのぬめりつく声は気持ちが悪い。



「ソレン殿、計画のほうは問題ないのですか?」

「ああ、騎士団総帥にニセの情報をつかませた。必ず動きがある。そこで『邪眼水晶核』をカフカから王都へと移させ、そこで奪い取る」


(私の計画には、問題ない)


 反体制ゲリラが超古代兵器である『邪眼水晶核』を手にしようが、しょせんは魔力を取り出す術式や技術は持ってはいないため、王国との政治交渉にしか使えないのだ。

 彼らが、ある程度の仕事をはたすまでは、私の手のひらで踊ってくれればいい。


『邪眼水晶核』の使用権限を持つのは教会組織であるし、こちらはベイガンという暗殺者製造の魔導技術者をもっている。

 であるからこそ、魔導技術庁より先に邪眼水晶核の使用術式を解明したい。



「マ、マシロ様、そ、そろそろ宿に戻る時間かと・・・」

 秘書官のトロティが声をかけて来た。

「な、何者っ!」

 ソレンが剣を構え、ベイガンがピクリと反応する。


「ソレン殿。私の秘書官のトロティです。先ほど、ご紹介いたしましたが?」

「そ、そうだったな、あまりに影が薄くて忘れていた」


 まあ、正直言うと、私も連れて来たのを忘れていたのだが。


(気配を消すのが上手い・・・、トロティは意外なところに長所があるのね)



 がっ、があぁぁぁっ!

 レヴァントがベイガンの魔術洗脳に声をあげ続けている。

「ベイガン、殺さぬようにお願いしますね」


 手のひらを高くかかげると、再び彼女の頬を平手で打つ。


 私は少し微笑むと、ソレンに挨拶をする。

 光の差す地上を目指し、トロティと共に暗い地下牢を後にした。



 すべては、私の手の平の上で動き始める。




 ◆  ◆  ◆  ◆


 はじめまして、天音 朝日(あまね あさひ)です。

 ここまで読んでいただき本当に嬉しいです。


 50話ほど の話数になっており、2023年10月末あたりに完結します。


 このストーリーが面白いと思われましたら ♡や ☆☆☆で応援していただければとても嬉しいです。


 感想などをいただければ更に嬉しいです。

 つまらない、と思われた方も「次は頑張れよ」の意味で♡やご意見をいただければ、次回へのモチベーションになります。

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