5 マシロの秘めるミハエルへの想い

―――ここからはマシロの視点で物語が描かれる



「チェックメイト」

(また、私の勝ちだ)


ミハエルの提案により、礼拝の時間までチェスをすることになったが・・・。


(このひと、ここまで弱いなんて)

剣の腕とは正反対・・・。

あまりの弱さに、可愛くみえてしまう。


私の顔がほころんでいるのだろうか。

いつも硬く張りつめている気持ちが、ときほぐれるのを感じる。


「つ、強えぇ、いまので俺の六連敗かよ」

ミハエルは拗ねた子供のように両手を広げると、絶望的な表情で天井を見上げている。


「ふふふ。ミハエルが弱いうえに、私が強すぎるんです」

口もとを隠して笑うと、ミハエルが睨みつけている。


実際、私は貴族主催の大会でも負け知らず。王家お抱えのチェス棋士団とも、良い勝負をすることが出来る。


「勝ち負けを決めるのは、どれだけ先を読めるか?ですわ」

「くっ、難しいことをいうなよ。勝負を決めるのは『想い』じゃないのかよ」


「想い・・・ですか、それも大事ですね」


想い、好きな言葉ではない。

ただ彼が言うと、心の深いところに沁みてくる気がする。


チェスの駒をひとつ、手に取って眺めた。

『クイーン(女王)』

私の一番好きな駒だ。


クイーンの駒を、盤上に置く。



王国最強の剣の使い手にして第二騎士団の師団長ミハエル・サンブレイド。

不思議な男だ。


私の心をときほぐし、奥にひそむ淀んだ闇に吹き抜ける風とでも言うか。

この男が持つ、すべてを包み込むような。

知らないうちに、光の中に導いてくれるような不思議な力。


彼と出会うのがもっと早かったならば、私の人生は間違いなく変わっていただろう。




―――私は、幼いころから軍人貴族の父に連れられ前線に赴いた。


狂気。

蹂躙。

悲鳴。


黒煙と、焼かれる村を見た。

騎馬の上から、討ち死にする友軍の兵を見た。

血しぶきと悲鳴をあげ、せん滅される敵の兵を見た。


カラスの群れが空を埋め尽くし、その下に積み重なる死体の数を見た。


敵将の首が、私の目の前で切り落とされた。

命乞いする何人もの捕虜が、私の目の前で殺された。


泣き叫ぶ女性を、父は私の目の前で犯した。


『力無き者たちの姿を、目に焼き付けておけ』


父は残忍な笑みを浮かべて、幼い私にそう言うのだった。



・・・ シ ロ!


・・・・マシロ!


「おい、マシロ!ぼうっとすんなよ、始めるぞ。はやく駒、並べろよ!」


「ミハエル。そろそろ、今日の支度をしたほうが良くないですか?」

「この勝負が、おわってからだ」


目の前には、屈託のない笑顔を浮かべたミハエルがいる。

圧倒的実力差を見せつけられてなお、チェスをつづけるというのか。


(単純で、純粋で、・・・面白い男)



彼の背後の窓を通し、カフカの陽射しが私を照らす。


駒を並べる、ミハエルの指先を見つめた。

綺麗で繊細で、かつ力強い指先。


その指を・・・。


この男が欲しい。

この男の全てが欲しい。


誰にも渡したくない。

手に入らぬなら、誰かのものになるくらいなら・・・


殺してしまいたい。



トットット・・・。

廊下から足音が近づいてくる。

「マ、マシロ様、さ、探しましたよ。諸侯がお待ちです、早く第一礼拝室へ。あ、騎士殿、失礼します、警護ごくろうですっ」


部屋に入ってきたのは、私の秘書官【トロティ・サファイア・ホークウィンド】だ。

私とおなじ爵位の公爵家の出自になる。


『次男坊で甘やかして育ててしまったため、社会勉強をさせて欲しい』と公爵家からの依頼があり、彼の修行のため秘書官の仕事をしてもらっている。

『実務者としても有能なマシロ卿から学ぶことは、計り知れないものがあるはずです』

そう言われた。


正直いって面倒くさく、責任だけが大きい。

優しく指導しているつもりだが、はっきり言って物覚えが悪すぎる。彼を利用できるのは、社会的立場くらいのものだろう。


しかも、せっかくミハエルと良い時間をすごしていたのに、この男のせいで台無しだ。


「今、いい感じなのが、分からないの?・・・まったく使えない奴」

グボッ!

脇腹に、突きをいれる。

「あらあら、この程度の攻撃すらかわせないの?」

見下ろしながらつぶやく。


身分の高い公爵家の者ならば、たしなみとして最低限の格闘術を身に着けておいてほしい。

私が丁寧に、実践訓練をつけてあげている事に感謝してほしい。



「おい!大丈夫か?トロティ殿!」

ミハエルがしゃがみこみ、うずくまるトロティの肩を抱きかかえる。

「あ、騎士殿・・、平気です。こう見えても鍛えているんで」


「優しいのね、ミハエル」

今の私は、この抱きかかえられている秘書官にすら嫉妬をおぼえる。いや、嫉妬を通り越して殺意に近いかもしれない。


腹をおさえていたトロティが手を挙げると、すっくと立ち上がった。

「申し訳ありません。騎士殿、支度はよろしいでしょうか?」


「ああ、すぐに済ませる、秘書官殿。ちょっと待っていてください」


ミハエルが支度を終えると、トロティは諸侯が待つ第一礼拝室へと私たちを向かわせた。



さて、今日は■■■との密会だ。

計画は、着実に進んでいる。


―――私は、王国を変える。

そのために軍部での出世を捨てて、教会組織に入ったのだ。


たとえ、悪魔に魂を売ってでも・・・、戦禍のない、人々が安心して暮らせる国をつくってみせよう。




◆  ◆  ◆  ◆


はじめまして、天音 朝日(あまね あさひ)です。

ここまで読んでいただき本当に嬉しいです。


50話ほど の話数になっており、2023年10月末あたりに完結します。


このストーリーが面白いと思われましたら ♡や ☆☆☆で応援していただければとても嬉しいです。


感想などをいただければ更に嬉しいです。

つまらない、と思われた方も「次は頑張れよ」の意味で♡やご意見をいただければ、次回へのモチベーションになります。

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