4 ヤンデレ聖堂騎士団長 マシロ・レグナード
我が王国には正規軍とはべつに、組織された騎士団があり各々百騎ほどの精鋭を率いている。
俺は第二騎士団長だが、部下は王都に残し、この遺跡都市カフカの調査には単身で乗り込みマシロの警護にあたっている。
遠征旅費や宿泊費は王国から支給されるが、民の血税を部下の『カフカ観光』に使いたくないのは俺の性格だ。
相談を終えてヒックスの部屋を出て、支度の為に自分の部屋に戻る。
(あれ?鍵が開いているぞ)
部屋に入ると、かすかに香水の匂いが空気に交じっており、部屋の温度も、快適に調整されている。
(侵入者か?)
まったく気配を感じなかった。
王国でもここまで気配を絶てるのは、そうそういないだろう。
「待っていましたわ。早朝から、どちらへお出かけでした?」
ベッドに腰を下ろしている美しい女性は、マシロ・レグナート。
日々、俺が警護している教会組織の女司祭長である。
さらに彼女は教会組織にとって唯一の武装集団である『聖堂騎士団』を率いている、
エルフ並みの美貌と腰まで伸びた美しい銀髪、深い紺色の眼が力強い。
白地に青の刺繍が入った法衣をまとい司祭長は悠然と座っている。
しかし、神に仕える聖職者の法衣にしては、豊かな胸が強調されており少しけしからぬところだ。
「あんた何してんだ、どうやって部屋にはいった!」
「ミハエル。今日も一日、よろしくお願いしますね」
「おい、質問に答えてないだろ! 俺の部屋で何をしている、どうやって部屋に入った」
ちょっとわざとらしく怒るつもりが、本気でどなってしまった。
(なんなんだ、あんたは・・・)
「怒った顔も素敵ですわ。パートナーですもの、私が貴方の部屋にいて何の問題が?」
さも当然のような、その態度は冗談なのか本気なのか、読めない所が本気で怖い。
「パートナーじゃないだろ、俺はあんたの依頼を受けただけの警護人だ」
俺は、ぶっきらぼうにそう言うと、無表情をとりつくろう。そろそろ今日の支度にとりかからないといけない。
「部屋の鍵は、普通に宿の支配人から借りましたわ」
ベッドからゆったりと腰をあげ、マシロは近づいてきた。
「素敵なバラ、ありがとう」
俺の胸にさしてある黄色いバラを抜くと、自分の胸に飾る。
胸に手を当てたまま、彼女が祈りをささげると花びらは青色に変わる。
白い法衣に刺されたバラは、さらに彼女の美しさを際立たせている。
瞬間。
俺の喉元に刃を突きつけてくる。
刃先に、研ぎ澄まされた殺気がまとわりつく。
法衣の中に持っていた、儀式用の銀のナイフだろう。
「私の最初の質問に答えてないわね。早朝から、どちらへお出かけでしたの?」
「・・・オンナのとこ」
言い終わるより先に刃筋が走っていた。
反射的に、身を引いてかわす。
同時に腹に打ち込まれる突きを、しっかりと片手で押さえる。
「冗談に決まっているだろ、ヒックスの所だよ」
洒落にならない、並みの兵士なら頸動脈を切られ血の海へダイブしているところだ。
(やれやれ、ふうぅ)
口元だけで笑う彼女に対し、俺は本気で笑みをうかべ返す。
(強い女も、好きなんだけどさ・・・)
一歩さがり、宿に備え付けの木の椅子に腰を下ろした。
マシロも窓際に場所を移すと銀のナイフを白布で拭き、カフカの街並みに目をやっている。
「あんた、聖職者にしては、格闘術も一流じゃないか?」
「幼子のころから、前線に立っておりましたから。・・・貴族軍人である父に連れられて」
ほんの一瞬だけ、マシロの眼が影を帯びた。
―――教会組織の美しくも若きカリスマ。
しかし彼女の心を支配する闇の深さを知る者は数少ない。
俺が、この女を突き離せない理由のひとつだ。
―――さて。
「わざわざ、ここまで来た。あんたの本当の要件は何だ?」
椅子に腰を下ろしたまま、問いかけていた。
マシロを包む空気が再び張り詰める。
「ミハエル、もう一度聞く」
「・・・何を?」
何を聞かれるかは、わかっているのだが。
「王国一の剣の腕を持つ、お前の力が欲しい。
第二騎士団をもって私の指揮下に入れ。
聖堂騎士団の名のもとに、王国上層部から腐敗し切った貴族政治を一掃する。教会組織が権力を持った国家をつくるのです」
(誰が聞いているかも分からないのに、唐突に危険な話を・・・)
それでもマシロの眼は覇気を帯びた、美しい眼だ。
今の王国に、指導者としても、戦闘者としても並び立つものはそういない。
彼女に二千の兵があれば、王都の武力制圧も可能だろう。
しかし俺は息を吐くと、首を左右に振る。
「いくらあんたが、王都の要人を何人たらしこんでいようが、今は時期じゃない」
マシロの肩にそっと手を置く。
王国の指導者や聖職者たちの腐敗もひどいものがある。
しかしそうであったとしても、反体制ゲリラの動きも活発化している中で、マシロにまで武力による革命運動をおこされてはたまったものじゃない。俺は平和が大好きなのだ。
さらに正直に言うと、俺はレヴァントと田舎で平和に暮らせればそれでいいのだ。
「それに・・・」
彼女の法衣に密着するまで身体を寄せ、耳元まで口をちかづける
「マシロ、あんたの動きは騎士団総帥に筒抜けだ、おそらく配下に密告者がいるぜ」
「もちろん、想定内ですわ」
マシロは何事も無いように笑うと、俺の頬に手のひらをすべらせてくる。彼女の美しい白絹の手袋は、肌触りのきめが細かい。
(この状況も、悪くはないけど・・・)
剣術の足さばきで、マシロから二歩の間合いをとる。
「まあ、落ち着こう。チェスでもして時間をつぶそうぜ」
俺は机の隅にあるゲーム盤を指さした。
調査団の一日は、朝の礼拝から始まる。
それが始まるまで、もう少しの時間がある。
俺を剣の腕だけの男と思われては困る、チェスの強さを思い知らせてやろう。
「マシロ、覚悟するんだな」
俺は犬歯をむき出し、笑った。
◆ ◆ ◆ ◆
はじめまして、天音 朝日(あまね あさひ)です。
ここまで読んでいただき本当に嬉しいです。
50話ほど の話数になっており、2023年10月末あたりに完結します。
このストーリーが面白いと思われましたら ♡や ☆☆☆で応援していただければとても嬉しいです。
感想などをいただければ更に嬉しいです。
つまらない、と思われた方も「次は頑張れよ」の意味で♡やご意見をいただければ、次回へのモチベーションになります。
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