3 王国の天才魔術師 ヒックス・ギルバートはそのシチュエーションに憧れる
「暗殺者に襲われた、だと?」
派手な原色のアロハシャツをまとった魔術師が、俺の背後のドアを開けて入って来る。
(・・・!)
では、俺が今喋っているのは誰なのだ?
黒いローブをまとった魔術師っぽい服装をした男は、いったい誰なのだ。
目の前の男はカッ!と輝くと水蒸気みたいなものになって消える。
「すまないな、今話していたソレは魔術で作った留守番人形だよ。ちょっとロビーでコーヒーを飲んでいたんだ。ミハエルの話はちゃんと遠隔で聞いていた」
こともなげに天才魔術師はそう言う。
普通に部屋に鍵をかけて部屋を出ればいいだろうが・・・。まあ、こういうイタズラは嫌いではない。
「昨日は、クマイタチの援護があってホント助かったよ」
俺は昨日の礼を言った。
―――俺はレヴァントに急襲された翌朝、クマイタチの飼い主『魔導技術庁のカフカへの派遣団長【ヒックス・ギルバート】』を訪ねた。
彼は二五歳のくせに中年の貫禄をたたえつつあり、誰がどう見ても三十代の外見。
しかし、実力と知識量は王国随一であり、魔術師のなかでも超天才の呼び名が高い。
「訓練用のサーベルタイガーとも互角にやり合うからな、クマイタチくんは。獣人化すればBランクの魔物とも互角にやりあうぞ」
ヒックスは一人で納得しながら、うなづいている。
―――超古代兵器『邪眼水晶核』
俺たちがここにいる理由がこれだ。
ここ遺跡都市カフカにおいて、強大な魔力を持つ超古代兵器『邪眼水晶核』が発掘された。
『邪眼水晶核』とは、物騒な名前のシロモノだが、超古代文明の魔力を凝縮し取り込んだ、人間くらいの大きさのクリスタルらしい。
王国正規軍、学術庁の役人、騎士団総長、近隣の有力貴族という面々がカフカに派遣される事態となった。
さらに、魔導技術庁や教会組織の司祭まで、三百名にも及ぶ大調査団だ。
ヒックスを代表とする魔導技術庁からの派遣団は二十名ほど、公的派遣団にもかかわらず、俺と同じ石造りの安宿に泊まっていた。
噂によると宿泊費用をヒックス含む数名が、オペラ鑑賞に使い込んだらしい。
朝食のトーストセットを食べ、魔術の専門書を読みつつ会話をつづけてくる。
「クマイタチくんが、夜中にキイキイいってベッドから飛び出して行ったときは何かと思ったぞ」
クマイタチの戦闘本能が戦いの気配を感じたというのか、可愛い顔して恐ろしいやつだ。
ただ、その姿はここには見当たらない、おそらく屋根裏にでもいるのだろう。
「繰り返すけど、本当にたすかった。殺すにも、捕らえるにもいかない相手だったものでさ」
そう、殺すわけにも、捕らえるわけにもいかない相手だ。
「ん、どーゆーこと?」
専門書から目を離さないものの、興味深げに聞いてくる。
「昨日、俺を襲ってきた暗殺者。・・・知り合いなんだ」
「知り合い?」
「孤児院のころの、幼馴染・・・レヴァント、女の子。なんというか、初恋の相手」
「はあっ?」
ガバッ!
本から目を上げると、立ち上がり、指を鳴らす。
√窓際にいる巨大なオウムがオペラを歌い始める。
√テンポの急なスリリングな曲だ、タイトルはわからない。
「幼馴染が暗殺者になって襲撃・・・て、何だっ?
何だ!そのエグいシチュエーションは!すげえ!」
―――興奮するヒックスに、昨夜の出来事を話して聞かせた。
夜の風にあたろうと城壁ぞいに散歩していたら、修道女の恰好をした女から襲撃された。
反体制ゲリラの奴ら、この遺跡都市カフカにまでも潜入していたのか?と思ったが、どうやらその修道女は幼馴染のレヴァントらしい。
殺すわけにもいかない。
捕縛しても騎士師団長に対しての暗殺行為である。厳しい取り調べ、というか拷問が待っているだろう。
何故レヴァントが俺を殺そうとする?
本当に反体制ゲリラの、暗殺者になったというのか?
この事態を、どう切り抜けるか?と 悩みながら彼女の攻撃をかわしていたとこへ、ヒックスのボディガードの魔獣「クマイタチ」が援護にきてくれた。
―――という話だ。
( *詳しくは第1話を )
すべて聞き終わりヒックスは興奮を隠さずに、予想通りの返答をしてきた。
「はあっ、いいねえ。俺も、愛しのミヒナちゃんから狙われてみてえよ!」
「良くねえ、普通に考えてくれ」
まったく、そのような話はオペラ等の創作物の中でしてほしい。
「・・・第三騎士団長の【ミヒナ・レグナード】ね。オッサン、一瞬で切り刻まれるぞ」
彼女ミヒナは、今回の調査で彼の護衛についている。
『邪眼水晶核』の魔力開放術式の解明に一番近い男であるだけに、王国側も重要人物として警護をつけているのだ。
コーヒーを飲みながらヒックスの腹まわりをつついてやる。なまじっか王国内では天才的な魔術の才能があるため、体形にコンプレックスはまったく無いらしい。
家柄に申しぶんなし
清潔感もある。
お洒落でもある。
顔もまあまあ。
あとはダイエットさえ出来れば、愛しのミヒナちゃんの気を引くのは簡単そうに思えるのだが。
√窓際のオウムは、スリリングな曲を歌い続けている。
おっと、つまらぬ方向へ話が飛んだ。
「オッサンさあ、魔導技術庁きっての天才だろ?
幼馴染が襲撃して来るって、どういうことなんだろ。・・・何か、ヒントは思いつかないのか?」
「まあ、天才でなくても考えつくのは」
ヒックスは手をあげてオウムを制止し、歌を止めさせる。
「レヴァントちゃんが、反体制ゲリラに捕まって暗殺者として『洗脳改造』の魔術で操られているって感じだな、・・・少しキツイ話だけど」
「はあ、洗脳改造かよ・・・」
(やっぱり、そんなとこか)
ある程度は予想できた事とはいえ、吐き気を催す話だ。本当にそうだとしたら、反体制ゲリラの奴らは絶対に許せない。
(しかし、なぜ・・・?)
修道院にもらわれていったレヴァントが、反体制ゲリラの暗殺者として洗脳改造されたのだ?
剣術の才能があるから、彼女が反体制ゲリラに選ばれたのか?
普通に考えて、いち修道女に、そのような才能があることなど分かるはずがない。
何をどうしたら、神に仕える修道院と、武闘派の反体制ゲリラが結びつくのだ?
(わからねえ・・・何もかも)
うつむく俺を、苦悩していると思ったのか、申し訳なさそうに彼も顔をゆがめている。
魔術オタクのデブだが、共感性は高い。
―――あの修道女は洗脳されたレヴァントで間違いない。
俺は、グッと唇を咬む。
昨日の修道女は緑色の眼をしていた。
レヴァントの本来の眼の色、昔からあいつの瞳は赤茶色だった。
(目の色が変わってしまっている)
さすがに瞳の色の話はしなかったが、洗脳改造され目の色が変わったと考えると、話のつじつまが合う。
さらに戦いの最中、彼女は俺に伝えた。
『かかってこい』・・・と。
ヒックスに気づかれぬよう苦笑する。
強気なレヴァントなら、必ず言う言葉だ。
(まだ、彼女の自我は残っているはず、助け出さねば)
「なあミハエル、洗脳改造は魔術としてハイレベルな術技だが、それらを解除するのは更にハイレベルな魔術能力が必要だぞ」
「レヴァントを殺さぬように、捕まえないといけない訳ね」
昨日のレヴァントの戦闘能力を考えると、捕縛はかなり面倒な作業になりそうだ。
「そうなる、解除については詳しく調べておくから、・・・心配すんな」
言うには、洗脳改造という魔術をベースとした技術は、国内上位の一部の魔術師なら用いることが出来るらしい。
であるならば、相当に魔術の知識を持つものが、反体制ゲリラのなかにいることになる。
そして、おそらくだがレヴァントは再び襲撃してくる。俺のもとに来る。
それがアイツだ。
窓の外をみると、石造りのカフカの美しい街並みに、つよく朝日が射してきている。
「さて、俺は今日の支度をする。部屋に戻るよ。オッサン、相談に乗ってくれてありがとう」
礼を言って、笑顔をつくった。
「あ、待てミハエル」
ヒックスは顔をあげると、呪文の術式詠唱をはじめる。
彼の持つ羽ペンが、白い煙を上げると一輪挿しの黄色のバラに変わる。
俺の胸にバラを刺しこむと、ヒックスも力強く笑った。
さて、俺の本日の任務は教会組織・女司祭長【マシロ・レグナード】の警備。
というか、毎日がこの司祭長の警備だ。
教会組織のカフカへの派遣団の団長。上級貴族の出身とはいえ、若干二十六歳で聖堂騎士団を率いる美しきカリスマである。
そもそも、マシロは聖堂騎士団も率いてカフカまで遠征してきているのだ。
俺ひとりが警護につくことなど、そもそも不必要だと思うのだが
聞くところによると、マシロ自身が、騎士団総統に<俺指名で警護依頼>を出したという。
さらに彼女は、ヒックスのオッサンが恋焦がれる<愛しのミヒナちゃん>の姉でもある。
このマシロという女も・・・いろいろと大変な奴なんだよ。
◆ ◆ ◆ ◆
はじめまして、天音 朝日(あまね あさひ)です。
ここまで読んでいただき本当に嬉しいです。
長年の夢だった、ファンタジー小説を今回、無事完成させました。
タイトルは流行りものを意識しましたが、内容は流行りものではなく古風なものです。
50話ほど の話数になっており、2023年10月末あたりに完結します。
このストーリーが面白いと思われましたら ♡や ☆☆☆で応援していただければとても嬉しいです。
感想などをいただければ更に嬉しいです。
つまらない、と思われた方も「次は頑張れよ」の意味で♡やご意見をいただければ、次回へのモチベーションになります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます