第19話 シルバーブレット 下

 本棟三階廊下にて、激しい魔法の応酬が行われていた。


「オラオラ! いい加減くたばっちまえェ!」


 片や、裏魔法を用い、差し伸ばした手の先から連続して炎の弾を撃ち出す男。

 リーダーである。次々と倒される仲間達をよそに、一人生き延びていたのだ。


「残リハ、オ前ダケダ!」


 もう片方は、数メートル離れた位置で風を纏わせた薙刀を振るい、攻撃を捌き続けるシーラだった。


「……クソッ! 弾が出ねェ、こいつももう壊れたか。なら次のやつだ……!」


 裏魔法を使い潰したリーダーは、即座に新たな裏魔法を起動。

 今度は氷の散弾をぶっ放し始めるが、滝のように冷や汗を流し、顔は土気色だ。


 無茶をする、とシーラは歯噛みした。

 裏魔法は誰でも使えるよう手を加えられた上で流通しているが、その分安定性に欠ける。

 魔力の消費量が増大したり、狙いが不安定になったりと、多くのリスクが伴うのだ。

 魔力が尽きてもなお、魔法を無理に使い続ければ、今度は命を削っていく。

 正規の魔法であれば、魔力がなくなれば自動的に使用を中断させるセーフティ機能が搭載されているのだが――裏魔法にはその機能自体が取り外されている場合も多い。


「つ、次の……次のストックを……ぐ、うゥっ……」


 うめきながら、果たして何度目になるかも分からない、次なる裏魔法を使い始めた矢先。


「――がはァっ!」


 リーダーは血を吐き、身体をくの字に折る。だらだらと、両目から鮮血が流れ出た。


「ヨセ……死ヌゾ!」

「る……せェ! お前ら、みたいなっ……! ふざけた奴らにィ!」


 命を脅かす症状にも関わらず、リーダーはなおも攻撃をやめない。

 これまで数々の喧嘩を勝ち抜き、不良どもを拳で纏め上げ、君臨して来たのだ。


「『シルバーブレット』が……見くびられてたまるかよォ!」


 ――シーラの風魔法は、己の武器や身体機能を強化するもので統一されている。

 この魔法の嵐を抜けて一撃を浴びせるには、もはや大技を使わざるを得ないが――今の弱り切った相手を、果たして殺さず、制圧するのみにとどめる事が可能なのだろうか。


 迷いを含み、ダラダラとしのぎ続けていたせいで、シーラ自身の魔力も目減りしていた。


(決断が遅れた……考えなしに裏魔法を連発する相手ならば、勝手に自滅するのだからと、様子見などするべきではなかったか!)


 まさかここまで頑迷な相手だったとは予想だにしておらず、焦りが込み上げる。

 仕掛けるとして、チャンスは一度しかあるまい。全神経を攻撃一点に集中させなければ。

 いや、と思い直す。この戦いはカメラによって、メアに状況が届いているはずだ。

 シーラが防戦一方で苦しんでいると分かれば、何か手を打ってくれる。

 自分達六不思議は、そうやって助け合いながら生き抜いて来たのだ。


(不覚だが……もうしばらく耐えるか……?)


 そう思考が向きかけた刹那。

 リーダーの体勢が大きく崩れた。限界だとばかり、裏魔法による攻撃も途切れる。


「否……好機!」


 シーラの魔力が急速に練り上げられる。浅黄色に輝く風の渦が立ち昇り、花弁のように全身を包む。


「ウインド・バーストッ!」


 気勢が放たれると同時、花弁の四方に鋭い切り込みが迸り――渦が引き裂かれるとともに、シーラが飛び出す。

 緑光の残像を残し、リーダーめがけてまっすぐ突進するそのスピードは、まさに疾風。

 風を炸裂させて推進力へ変換する、ネレ相手にも見せた事のない、シーラの切り札だ。

 薙刀を大上段に振り上げ、渾身の一撃を見舞おうとした直後。


 今しも息も絶え絶えであったリーダーが、面相に凶悪な笑みを浮かべる。


「かかったな……ハリケーン・キャノン!」


 次にリーダーが放ったのは、それまでの有象無象の裏魔法とは比べものにならない規模、そして重さを備えた風の砲弾であった。

 全機能を前進のみに傾注させていたシーラは、迫るその魔法を、回避できなかった。

 直撃。校舎を揺らす轟音とともに彼方へ飛ばされ、背中から叩きつけられる。


「ハ……ハハハハッ! ざまぁねぇな! 何を勝った気になってやがったんだコラァ! 見下した目ェしやがってよォ……!」


 完璧に決められたカウンター。懸命に身を起こそうとするも、下肢が痛み難渋する。


「俺の魔法こいつはよォ、バカみてぇに威力はデケェが、動き回る的にはまず当たらねんだわ」


 だからまず裏魔法を食らわせ、相手が弱るなりして足を止めた隙に、本命である自分自身の魔法で仕留める策を取っていた。


「まぁここまで大量に裏魔法を使わされる羽目になるとは思わなかったがなァ! おかげで明日は筋肉痛ってか? ギャハハハ!」


 すると、シーラの横の壁が上にスライドして開き、隠し通路からイズルが顔を出す。


「……シーラ! 早くこっちに! 一度撤退しよう!」

「イ、イズル……!」


 シーラも応じて、気づく。今の攻撃の余波で、変声機が破壊されていた。

 甲冑もあちこちが欠け、削れ、砕けている。


 ――この甲冑は重量はあるものの、防御性能は高い。なのにたった一発でこの有様だ。


(奴の魔法の威力は間違いなく、ランク3級……! もし、もう一度喰らおうもなら……)


 身体を引きずってイズルの方へ向かうが、それを黙って見ているリーダーではない。


「逃がすかよォ! ハリケーン・キャノン!」


 再び、あの度外れた風魔法を見舞ってくる。シーラの身にはいまだ衝撃が激痛を伴って残留しており、動けぬままに猛然と迫る破壊の嵐を見ているしかなく。


「……シーラ!」


 イズルが飛び出す。前方へ手をかざして一条の電撃を放つが、元々イズルの魔法は電力の供給や電子機器の遠隔操作、補助などが主で、戦闘に向いていない。

 電撃は瞬く間に散らされ、二人纏めて吹き飛ばされた。


「ぐぅっ……! イ、イズル、無事か……!?」


 かろうじて意識を繋ぎ止めたシーラは、目の前で倒れているイズルに息を呑む。

 強烈な風圧で壁や床に何度も叩きつけられ、体中、傷だらけ。

 意識もとうになくなっていて、ぴくりとも動かない。


「ハァ……ハァ……! こ、今度こそトドメだ、クソどもが!」


 すでにこちらは戦闘能力を失っているというのに、リーダーは眼光に狂気じみた殺気を宿し、容赦なく魔法を発動させた。


 今度こそ、逃げられない――。


 その時。


 シーラとイズルの前に、誰かが立ちはだかった。

 その人物を、シーラは知っていた。

 ある日、ふと現れた侵入者。けれど邪悪な意思はなく、むしろ六不思議へ歩み寄る姿勢を見せている、奇妙な吸血鬼の少女――。


「……氷澄、ネレ……!」


 ネレは血の翼を折り曲げ、自らの身を隠すように重ね、風の砲弾を正面から受け止めた。

 あの、転校初日と同じように。

 あの時はネレにとって、守るべき対象があまりに多く、敵の攻撃も多数に過ぎた。

 けれど、今度は――激烈な圧力でじりじりと踵が下がったが、それだけだ。

 シーラとイズルに届いたのは、微風とも呼べないかすかな空気の揺らぎのみ。


「て、てめぇ……またてめぇかァ!」


 リーダーが吠える。

 彼は覚えていた。あの日、ただ一人立っていた、ネレの事を。

 どこの誰だか、顔も名前も知らない。実際すぐに力尽き、ぶっ倒れた。

 しかしネレは、『シルバーブレット』の総攻撃に耐え、あまつさえ他人すら守ったのだ。

 刻まれた印象はあまりに強かった。

 だが、ネレが助けたクラスメイトの連中は。

 一人の男を除き、誰も助け起こそうとすらしなかったのだ。

 なのに。それなのに、また立ちふさがっている。どうでもいいその他大勢のために。


「ふざけんじゃねぇ……むかつくんだよてめぇはァ……!」


 リーダーは魔法を撃ち出す構えを取る。

 正規の電子魔法は燃費も良く、逃げ場がない閉所のタイマンでは絶大な効力を発揮する。

 対するネレはだらりと両手を下げた。

 途端、内側から肉を突き破り、幾本もの鮮血の奔流が飛び出す。

 血の流れは蛇の群れを思わせる挙動で両手へ巻き付き、堅牢な血の武具を形成してゆく。

 手首から指先までをすっぽりと覆うその形状は、さながら手甲。

 先端部からは幅広の刀身が伸び、内部は純度の高いルビーのように透き通っている。


「手甲と同化させた……剣だと?」


 シーラも初めて見る代物であった。

 よく観察すれば、手甲や剣の内部には、無数の管が幾何学模様を描いて走っていた。


(管の数を増やす事で、素早く、そして多くの血流を送り込めるようにしたのか)


 従来の血剣より全体的に質量が増大したため、耐久性そのものが底上げされているのだ。


「量より質……剣自体の形状も、より戦闘向きになっている」


 とはいえ構造が複雑化した分、血液消費量も増える、ハイリスクな形態でもある――。


「このスーパー血剣なら、風を浴びても壊れない!」


 ネレが叫び、駆け出す。

 何重にも血液を重ねてコーティングし、酸化する端から新しい血へ置換するのであれば、確かにこれまでのように、無為に血を浪費する非効率極まる状況にはなるまい。


「ほざきやがれェ! ハリケーン・キャノン!」


 リーダーが風の砲弾を射出する。ネレは足を止めぬまま血剣を交差させ、一息に振るう。

 実体のないはずの風が十字に斬り裂かれ、リーダーは驚愕のあまり目を見開いた。


「ば、馬鹿な……!」

「『シルバーブレット』は――今夜限りで解散だよ」


 刹那。ネレが振り抜いた血剣の腹が、リーダーのみぞおちへ突き刺さり。

 これまでの返礼とばかり、廊下の端にまで盛大にぶっ飛ばしたのだった。

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