第18話 シルバーブレット 中

「すごい……」


 メアの部屋で、モニターから戦況を見守っていたネレは、感嘆の声を漏らしていた。


「えへへぇ、すごいでしょお? みなさん手慣れてますからねぇこういうの」


 得意げに語るのはメアだ。


 椅子にゆったりと座りながらも、片手で高速でキーボードを叩きながら、もう片手に持ったスマホで時折六不思議メンバーへ連絡を入れている。


「あ、イズルさん? ヤンキーが四人、屋内プールの方へ向かいましたよ~」

『分かった。そいつらも適当に片付けとくよ』

「おひとりで大丈夫ですか? ノクさんも応援に呼びましょうか」

『ノクピーはいらない! ヤクモとサギリもいるし……オレらだけで余裕だよ!』


 大言壮語を叩くだけあり、イズルが軽々と不良達を制圧していく様子が見られた。

 他の場所も似たような状況だ。


『なんて美しい音色……荒んだ心が洗われるようだ。俺はなんでこんなバカな真似を……』


 音楽室でキョータの演奏に心を打たれ、戦意を失い、ふらふらと脱出したり。


『ち、ちくしょう! 気持ち悪ィ視線がさっきから背中に……! 落ち着かねぇぜ――』

『出テイケェェェー!』

『ぎゃああああ出たあああああ!』


 怪異に追い回される不良達を、メアはねばついた笑みを浮かべて画面越しに眺めている。

 シーラの活躍も目覚ましい。裏魔法を使う不良を楽々と倒してしまっている。


 裏魔法とは、魔法局から盗み出した電子魔法を違法に改造したものだ。

 全ての電子魔法には、安全な利用のため定期的なメンテナンスが義務づけられている。

 正確なメンテが可能なのは、専用の知識と技術を備える魔法局のみ。

 だから裏魔法はどのみち、じきに質が澱んで腐り、使い物にならなくなる。

 その代わり、例え得意属性でなくとも、心得のある者なら誰でも使える、というメリットが生じるのだ。

 この裏魔法は法の目の届かない、いわゆる闇市に広く出回っているため、不良や犯罪者といったアウトローは、使い捨てという条件付きだが安価で気軽に戦力を手に入れられる。

 強力な裏魔法ほど高値がつくため、一般に認知された脅威度では、ナイフ以上銃以下だ。


「シーラさんは六不思議の防衛大臣ですからねぇ。お強いですよ~」


 そうして戦いが始まってから三十分ほど。すでに不良グループは半壊していた。

 ネレも同じ部外者ではあるが、特段彼らを可哀想には思わない。完全に自業自得である。


「どうです、氷澄さん? 心配なんかいらなかったでしょう?」


 メアがにまりと笑う。確かに最初はハラハラ見ていたが、杞憂だったのかも知れない。


「勝手に動くトラップだけでも、なんとかなりそうに感じるよね」

「トラップにも自動型と手動型の二種類がありまして。自動型はその名の通り、敵がトリガー――つまりドアを開けたり指定地点に来るだけで作動してくれるんですが、効果は単純なものに限られ、威力も低いです。手動型は……」

「自分で近くに行って動かさないといけない分、効果てきめん、って事だね」

「その通りです! 流石に自動型だけだと、この人数捌くのは厳しいですからねぇ」

「そういえば、ノクターンの姿が見えないけど……」

「遊軍として、好きに動いてもらってます。あの人、面白い相手じゃないと、中々やる気になりませんからね~……」


 その直後、放送室からだろう、校舎内にノクターンの声が響き渡る――。


『招かれざる侵入者達よ! 罪のない生徒達へせこせこ八つ当たりするより、直接我らとの対決を選んだ……その気合は買おう! 歓迎してやる、全力でかかって来るがいい!』




 ノクターンによる、挑発そのものの演説。さらにしばらくしたのち、『体育館で待っている』との追い放送を受け、怒り狂った不良軍団は、言われるがままやってきた。


「なんだよ……集まったのはこれだけか?」


 不良の一人が訝しげに呟く。言われてみれば、あれだけ舐めた放送を校内中へかけたというのに、その場に集まったのは、せいぜいが十数名程度。

 残りの奴らは臆病風に吹かれて逃げたか。あるいはまさか、もうやられてしまったのか。

 苛立ちと不安がないまぜになる彼らは知りえぬ事だが、六不思議の改造により、校内放送をかけるスピーカーはエリアごとにある程度限定できるようになっている。

 ここまでの不良達の奮闘ぶりから、ノクターンは自らが相手するに値する『ガッツのある者』のみへ的を絞り、決戦場となる体育館へ誘き寄せたのだった。


「ファーハハハ! 『シルバーブレット』よ! 逃げずによくぞやって来たものだ……!」


 その時、体育館に高笑いが響き渡る。

 壇上から聞こえたその声に、揃って注目する不良達。体育館には窓から月明かりが射し込んではいるものの、両側にカーテンが降りている壇上は、完全な暗黒で閉ざされている。

 そんな暗闇を切り裂き、一条のスポットライトが中央に当たった。

 立っていたのは、半身を隠すように黒マントを翻した少女。


「無謀極まる匹夫の勇に免じ、改めて名乗ろう! ――我が名はノクターン・グリオンタード! 聖地を守りし闇の守護者にして、六不思議の代表者であるッ!」


 ばっとマントをはねのけ、その正体を現して見せる。


「ざけんじゃねぇ! たかがガキが、俺達に勝てると思ってんのか!」

「フッ……では試してみるとするか?」


 野次や罵倒を飛ばす不良達へ不敵な笑みを返し、ノクターンは袖口からトランプを取り出すなり、手から手へと移動させながらシャッフルし始めた。


「闇夜の刻限が零へ達する時、果たして最後に立っているのは誰かをな!」


 威勢の良い啖呵を契機に、不良達が殺気だって詰めかける。

 対するノクターンは、手元で遊ばせていたトランプを、素早く前方斜め上へ向けて放つ。

 瞬時にして数十枚ものトランプカードが宙を舞い、不良達の頭上から降り注ぐ。


「な、なんだァ? トランプが――ぐわぁっ!」


 その一枚が不良の一人へ近づくや、カードから突然爆風が発せられ、ぶっ飛ばした。


「おい! こ、このカード、何かおかしいぞ……ぎゃあっ、痺れる!」


 また別の場所では、別のカードから電撃が飛び出し、付近の不良を感電させる。


「カードが……カードから魔法が出て来るぞ! き、気をつけろ!」

「気をつけろったって、こんだけの数だぞ!」


 カードの動きはひらひらと、空気に乗って舞い踊り、不規則極まりなかった。

 それが四方八方から降りかかり、多種多様な魔法となって襲い来るのだからたまらない。


「うわぁ! せ、背中に何か入った! 誰か取ってくれ! 頼む!」

「お、落ち着け! ただの雪結晶が入っただけだ! すぐ取り出して……ってまぶしっ!」


 落ちて来たカードから閃光が炸裂し、目をくらませる。

 あちこちで混乱が巻き起こる、ノクターン本人は壇上から勢いをつけ、跳躍していた。


「ファーハハハ! 楽しいダンスパーティの始まりだ! 乗り遅れるなよ紳士諸君!」


 中空でしなやかな一回転を織り交ぜ、飛び交うカードの上へ足を乗せる。

 するとそのカードから舞い上がる旋風が生じ、重力に引かれて落下するはずだったノクターンの身体を、再び上空へ跳ね上げた。


「躍れ踊れ! 我ら六不思議の恐ろしさが芯へ染み込むまで、今夜は寝かさんぞっ!」


 手元に残っているトランプカードを、より一層ガンガン射出する。

 当然、そのカード群からも色とりどりの魔法がびっくりボックスよろしく飛び出すものだから、暗い体育館はさながら盛大な花火会場。

 浮足立ち、翻弄されるばかりの不良達は、文字通り滑稽なダンスを披露している状態だ。


「く、くそぉ! カードなんぞ叩き落としてやるぜ!」


 一人が武器を振りかぶり、眼前のカードめがけて叩きつける。

 狙い違わず、うまく打ち落とせた――が、なぜかその後ろから、別のカードが現れ、腕を引き戻す時に発生する風に吸われて迫って来たではないか。


「し、しまった! このカードだけ、最初から二枚重ねで……ぎぇっ! 俺様の髪がぁ!」


 自慢のモヒカンが燃え上がり、嘆き悲しむ不良を、目がくらんだ別の不良が殴り飛ばす。


「な、何も見えねぇ! うわあああ! 誰も俺に近づくなぁ!」


 パニックへ陥った仲間達を、まだなんとか冷静な不良が必死になだめにかかる。


「お前ら、落ち着け! 同士討ちしてんじゃ――うげぇっ」

「頭借りるぞ」


 その頭をノクターンは踏みつけて床へ叩きつけ、再び跳び上がってカードの上へ。

 カードから発生した風へ乗り、楽しげに、自由自在に、宙を舞う。


「トランプは敵を惑わす、我がシャドウの起点たる武器!」


 かさばらないから、隠し持つのにもってこい。

 補充は難しくなく、見られても疑われにくい、と三拍子揃っていた。


「何より――かっこいいだろう!」


 あらかじめ、カード一枚一枚へ魔法を忍ばせてある。

 様々な属性の魔法を込められたのは、六不思議の仲間達の協力を得てあるからだ。

 さらに、カードへつけておいた微細な傷や折れ目などから、どのカードにどんな魔法が込められているか、全て識別している。

 シャッフルは敵の油断を誘うための単なるパフォーマンス。

 カードを放つ順番も、飛距離も、風で舞うカード達の軌道も、全て読んだ上での行動。


「ノクターン・グリオンタードの奇術ショー、存分に堪能するがいい! お代はお前達の悲鳴だ、恐怖にひきつれた叫びを奏でろ! ファーハハハ!」




 散々弄ばれたあげく、力尽きて気を失い、倒れ伏す不良達。


「……終わったか。思ったよりは楽しめたな」


 ホバリング用の風魔法に乗り、浮遊していたノクターンは、ぴょんと一つジャンプして降り立つ。

 一転して静まり返った空間に、電子音が響く。ノクターンのスマホに連絡が来ていた。


「……メアか。どうした?」


 通話に出た直後。倒れていた不良達の中から、一人の男が立ち上がる。

 目を血走らせたそいつは、月光をぎらりと反射する、ナイフを握っており。


「うおぉぉぉ!」


 咆哮しながらノクターンの背中へ突進。ナイフを思い切り振り下ろそうとして。

 その切っ先が、振り向きもせずノクターンが上げた手に止められ、愕然と瞠目する。

 バカな。曲げられた人差し指と中指の二本にナイフが挟まれ――ナイフを握った手や腕でさえ、押しても引いてもびくともしない。


「こ、こんな細っこいガキに……! うおお、離しやがれ!」

「……感触からして新品か。だが安物だな」


 ノクターンは振り返らない。前髪の垂れた横顔から、表情は見て取れず、声音も低い。


「殺意は認めるが、なっていないな。構え、力の入れ方。狙う位置も悪い」


 ――なんだ、こいつは。一体なんだ。


 この、腕もろとも固定されたみたいな感覚。単純な腕力ではない。

 ナイフを握る筋肉の動きや、体重のかけ方を読まれ、重心を抑えられたかのような。

 理解できない。起きている事も。言動も、何もかも。

 先ほどとは別人じみた落ち着きと冷たさを前に、不良の背筋におぞましい震えが走る。


「改心しろ……などと説教するつもりはない。しかし、一点だけ忠告してやる」


 瞬間、ノクターンは掴んだナイフごと腕を手前へ引き込む。


「我に刃物を見せるな」


 体幹が崩れ上体の泳いだ不良のこめかみへ、流れるようにハイキックを叩き込んだ。


「すまんな、メア。もう片付いた。それで、用件はなんだ?」


 ばったりと昏倒する不良を尻目に、ノクターンは何事もなかったみたいに通話を続け――顔色を変えた。

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