第6話 昼休みに作戦会議を
夢であるとは思えなかった。
イツハに巻いてもらった包帯はそのままだし、ノクターンの匂いも残っている。
突然駅前近くに移動していたネレは、何とか学校の前へ辿り着き、門をくぐってみたが、六不思議には会えずじまい。
何が起きたのか確かめてみるには、また次の日の四時四十四分を迎えるしかなく、その日は大人しく帰宅したのだった。
考える事が多すぎて、横になってもどうにも寝苦しい夜を越え。
あくる日の学校。昼休みの時間、遠慮がちに話しかけて来たのは、伊予原である。
「なぁ、氷澄……昨日はどうだった?」
「どうって」
「そのぉ……七不思議の事とか」
「六不思議」
「へ?」
「七不思議じゃなくて、六不思議」
「あ、あぁ……うん……?」
ぱちぱちと目を瞬かせる伊予原へ、ネレは告げた。
「謎は多分、解けた……と思う」
「ま、マジか!? すげぇな氷澄!」
勢い込み、やにわに身を乗り出す伊予原。声量も一段階上がったが、クラスメイトの誰一人、何ら反応を示さなかった。
「喜んでいる所で悪いけど、解けたっていうより……触れた感じかな」
ネレは組んだ指先越しに、机の木目へ視線を落とす。
「本当に、表層をなぞって、どういう形かのシルエットだけが見えたみたいな。だから正直、まだ分からない事も多いんだ」
六不思議に会えたのは収穫ではあるが、現段階だと情報が少なすぎる。
異界の仕組み、六不思議の目的までは一通り、明かされた。
しかし、それだけではまだ不十分な気がする。肝心な部分のみ、ぼかされている風。
実際、説得も上手くいっていない。改心を促すためのとっかかりが見えないのだ。
「なら、また会いに行くのか?」
ネレは頷く。六不思議の過剰防衛を止めなければ、犠牲者が増える一方。
シルバーブレットみたいな悪人ならともかく、ちょっとしたイタズラ半分で訪れる者にまで容赦なく攻撃を加えるのは、ネレからしたらやはりやり過ぎに見える。
「もう一度会えたら、また説得してみる……けど、このままじゃ無理かな」
「じゃあ、どうするんだよ……」
「もっと、あの人達の事を知りたい。具体的な方法は思いついてないけど、そうした方がいい気がするんだ」
「……すげぇなお前。行動力の化身かよ」
感心した口調ながらも、伊予原は気遣わしげな目線で、ネレの腕や手を見つめて来る。
「……どうしたの?」
「いや……目の方は治ったみたいだけど、また包帯の量、増えてるなって」
「そうだね。でも、いずれ治るから」
あのさ、と伊予原は腰に手を当てて頭を傾け、絞るように言葉を発した。
「俺の血……吸ってみる?」
「え?」
「いや、吸血鬼ってさ、人間種の血を吸うと、なんか傷とか癒えたり元気になるんだろ? だから……ちょっとくらいなら」
いやいや、とネレは顔の前で手をぱたぱたと振り。
「血を飲んで回復するとか……ただの迷信だよ」
「手首のスナップを利かせた純度百パーセントな否定をされるとは思わなかったぜ」
「昔は、みんな力が強くて、そんな風だったみたいだけど。でも怖くない、そんな体質」
「ま、まぁ……言われてみれば……?」
「うん」
「氷澄ってさ、吸血鬼なんだよな?」
「うん」
「満月の夜に、おどろおどろしい屋敷の前でマント翻して高笑いするような」
「おおむねそう」
「いやまぁ、初日にあんなどえれーモン見せられたから疑うつもりはないけど……なんつうか、異種族特有のカルチャーショックとか、そういうのはあんまり感じないよな」
「物心つく前に手術を受けて、人間種と変わらない生活して来たから……吸血鬼って、人間になりすまして生活する事に長けた種族だし」
そうなのか、と伊予原は首を傾げ。
「吸血鬼といえばさ。杭とかロザリオ握って追いかける、吸血鬼ハンターが付き物だよな」
「うん。いるね。最近のハンターの間だと、密輸品の拳銃が流行してるみたいだけど」
「け、拳銃って……夢というかロマンがねぇな」
「今の吸血鬼は、眉間に一発鉛玉を受けたら、簡単に死ぬよ」
「……氷澄はそういう手合いから、狙われたりしないのか?」
「手術で吸血鬼と人間はほとんど見分けがつかなくなったから、あんまり目立たない限り、そういう心配はないと思ってる」
「そっか……ここ数年、そういう流行り廃りが早いよな」
伊予原は腕を組み、口を突き出して息を吐きながら天を仰ぐ。
「最近だと、ゴーストなんたらって半グレも絶賛売り出し中みたいだし」
「ゴースト……なに?」
「俺もお巡りさん達が話してるのを、小耳に挟んだだけだからよくは知らないけど……なんでも、幽霊を専門に狩る集団らしい」
「幽霊……」
「ただ、裏魔法は平気で使うわ、やり口はえげつないわで、ほとんど裏社会の住人だとか。ま、模範的一般人である俺達には関係ねーな」
それより、と伊予原は真顔になり。
「なら今日、七不思……六不思議んとこ、俺も行こうか?」
「……伊予原くんも?」
「昨日だって、本当に氷澄がここまで、やってのけるとは半信半疑で。ただでさえ、吸血鬼としての強みもほとんどないってのにさ……聞けば聞くほど驚くばかりだ」
「やらなきゃいけない事だから」
「……こんなんなら、何の役に立つかは分からないけど、俺も一緒に行った方が良かったかな、って」
伊予原は、壁の時計を見やり。
「お前、今日も会いに行くつもりなんだろ? ……じゃあ、俺も」
――六不思議は侵入者に対し、かなり過敏であるように思う。
ネレが校舎へ踏み込んだ時、放送があった。あれはノクターンによるものだ。
その後はお化け屋敷よろしく、行く先々で六不思議に仕掛けられた。
全て偶然と片付けるのは、希望的観測に過ぎる。
導き出されるのは、どこかで動きを監視されており――先手を取られ続けたという事。
一度は警告がなされるが、それを無視して進もうものなら、怪異として恐れられるあらゆる防衛システムが稼働する。
そうして大概の者は成すすべなく、蹴散らされるのだ。
一応乗り越えたネレに対しては、害意がないと判断されたか、ひとまず休戦という雰囲気で迎えられた。
ノクターンもまた理性的に接してくれたが――イズルは敵意を隠しもしていない。
まだ出会っていない六不思議のメンバーも、ネレを快く思っていない可能性がある。
「悪いけど……少し待ってくれないかな」
伊予原を、同じ危険にさらしたくはない。
ノクターンとも、せっかく話し合いの場を設けられるくらいには知り合えたのだ。
彼の身の安全のためでもあり、六不思議を過剰に刺激しない安全策。
「そ、そうか……やっぱ俺なんて、役立たずだよな」
「そんな事ないよ。気持ちは嬉しかった」
「所詮俺は、気持ちだけの男だぜ……」
否定したが、見るからに伊予原は肩を落とし、すごすごと隣の席へ座り込んでしまう。
それから何度か話しかけたものの上の空で、流石にネレも罪悪感を覚えたのだった――。
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