第10話 休息
「またこっぴどくやられたわね。ちょっと来なさい」
家庭科室へ入るなり、目を三角にしたイツハに声をかけられ、保健室へ連れていかれた。
細かな切り傷や打ち身を多数こしらえたネレを、回復魔法で癒してくれる。
魔力を使いたくないからと所々は添木やガーゼを当てたりと、応急処置を施した。
「悪いね。また世話になっちゃって……」
「別に、あたしの『部屋』を血なまぐさい奴に歩き回られたくないだけよ」
肩をすくめるイツハとともに、改めて家庭科室へ向かう。
コンロ付きのテーブルが並んでいるのは通常通りだが――奥のスペースを大きく取って水道、シンク、冷蔵庫、レンジ、食器棚、各種調理器具が揃っており、むしろダイニングキッチンに近い構造となっていた。
「夕食はまだでしょう? 何か作るからかけて待ってて」
エプロンをつけたイツハが、キッチンへ向かう。
ネレは言われるままに適当な椅子へ座り、滑らかな車椅子捌きで料理を作るイツハの背中をぽけっと口を開けて眺め、次第に漏れ出て来る美味しそうな香りに思わず喉を鳴らす。
完成したのは、ワホンの一般家庭でよく見られる献立。すなわち白米、味噌汁、刺身、漬物、熱いお茶のフルコースである。
「い、いただきます」
喉が渇いていたので、まず味噌汁へ手を付けた。
程よい味噌の香りと、くどくも薄すぎもしない、精妙な舌ざわり。染み渡るしょっぱさがさらに食欲を掻き立て、ほとんど反射的に具をつまんで口へ放り込んでいってしまう。
味噌汁によって目覚めた空腹に誘われるまま、白米へも手を伸ばす。ほかほかの炊き立ての米はネレの口の中で柔らかく潰れ、染み通る喜びに胃袋どころか全身が痺れた。
刺身も骨はほとんどなく、一噛みごとに広がる新鮮な油がネレの瞳を輝かせ。
醤油を垂らせば鮮度はより引き立ち、気づけば皿の上は空になっていた。
柔らかいものばかりではと、漬物を口に運べば、噛み応えのある食感と滲み出る旨味へのたちまち虜になってしまう。
舌鼓を打った後は、お茶をそっと流し込み、ほんのりした湯加減にふうと人心地をつく。
「ふうん。外国人の割には、中々食べ方が分かってるのね」
「ワホンには何度も来てるから。とても美味しいよ」
空腹も絶妙の調味料として一役買っただろうが、それこそ何年も作り続けて完成度を高め続けたような、この上ない出来だった。
「メレスティンって確か、大陸の奥の方にあるのよね。味は薄目に調えたのだけれど、好みには合ったかしら?」
「うん。特に魚が良かった。メレスティンは山ばかりだから、これだけ新鮮な魚はめったに食べられない」
そこでふと疑問が浮かび、こちらからも質問する。
「……異界で破損したものは修復されるんだよね。食べた分もその判定に入るのかな」
「食材は外から取り寄せたものだから、突然胃の中から消えて、ひもじい思いをする事はないわ。メア子から聞いてるでしょ、あたし達がどうやって物を集めているか」
恐らくは宅配で、四時四十四分にこの学校へ届けさせているのだ。
校舎内へ入りさえしなければ、ぱっと見はさほど違和感はないし、最近は置き配という便利なオプションも流行している。不可能ではあるまい。
修復という言葉を自分で出しておいてなんだが、ふと目線がイツハの足へ向いてしまう。
「その足……」
「ああ、これ? 病気だか怪我だかでもう動かなくなってたみたいだから、最初から『そういうもの』として異界に認識されちゃってるみたいね」
「……治せないの?」
「回復魔法やらメアが作った変なクスリやら色々試してみたけど、無理だったわ。あたし達の知識じゃお手上げ。まともな医療施設で検査とかしないと、原因すら分からないのよ」
「でも、外には……」
「そ。どうせ出られないから、期待するだけ無駄ね」
確かにそうだが、何か釈然としないものを感じたのも事実で、口をつぐむしかない。
「まぁみんなが協力して作ってくれた、この万能車椅子があるから、別に不便はないわよ。性能については、あんたも身をもって体験したでしょ?」
「……まあね」
湿っぽくなりかけた空気を吹き飛ばすように、イツハが冗談めかして笑いかけて来たため、ネレも肩をすくめて頷きを返す。
それにしても、シーラの例もあるため、こんなにがっつり休息できるとは思わなかった。
「てっきり、激闘に次ぐ激闘が待ってるって覚悟してたんだけど」
「授業とかいうのの順番を決めているのはノクターンよ。大方、あなたがズタボロになるのを見越して、途中の休憩ポイントとして配置したんでしょう」
「そうなんだ。気を遣わせちゃったかな」
イツハは珍しいものでも見る風に、空になった食器を片付けながら横目を送って来る。
「あんたって、これだけ痛い目に遭っているのに、まだ諦めていないのね」
「こっちにも、事情があるから」
「なんというか、未知に対しての順応性が高い……そこだけは認めてるわ」
内心驚いて見返すと、イツハは食器を洗いながら言葉を続け。
「ちなみにあたしは火属性。自分の魔力で火力を調節した方が、いい料理ができるのよね」
「……どうして教えてくれるの?」
「別に嘘じゃないわ。いちいち詮索されて纏わりつかれたくないだけ」
でも、とイツハは手を止め、物思わしげに振り返った。
「あたしと違って、イズルは手強いわよ。あんたが現れてから、ずっと不機嫌だし、頑固だから……多分タダじゃ納得しない」
六不思議が他のメンバーについて語る時の口ぶりは、目的を同じくした相手という以上に、温かく親しげな感情が交えられている。
そんな彼らに関わろうとする自分は、やはり異物なのだとどうしても感じさせられ――見えない繋がりを感じさせる在り方が、羨ましくも思えた。
「……だとしても、行くだけ行ってみるよ」
「一つ忠告しておくわよ。ノクターンはね、本当は出来もしない難題を、餌にくるんでちらつかせるのが趣味の性悪よ」
「そうなの?」
「まぁ短い付き合いだと思うけれど、せいぜい頑張れば? ……なによその顔。もしかして簡単に済むと思ってる? あいにくだけど、あたしも失敗する方に賭けてるから」
「ううん、そういう事じゃなくて……頑張れって言われたのが、嬉しくて」
「な、なによ。調子狂う奴ね……っ」
「忠告もしてくれるし」
「も、もういいから、早く行きなさいよ、まったく……!」
家庭科室を追い出される。一時間経過してはいないが、有無を言わせぬ勢いだ。
「仮にイズルを突破できたとしても……意地悪なノクターンならあの子を最後に据えて、希望を叩き落とすはず……きっと無理よ」
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