付き合ってる双子姉妹百合

川木

双子

「ねぇ、ほんとに信じらんないんだけど」

「なにが?」

「浮気したでしょ」

「は? してないけど」


 家に帰り、靴を脱いでいると、おかえりなさいも言わずに部屋からでてきた美穂ちゃんがそう言ってきた。眉をしかめて振り向くと、美穂ちゃんはむっつりした顔で腕の中には去年の誕生日に買ってあげた大きな犬のぬいぐるみクッションのワンポ君を抱きしめている。


「てか、ただいまって言ったんだからおかえりなさいでしょ」


 ワンポ君の頭をぽんぽん撫でながらそう注意すると、美穂ちゃんはうーとうなりだした。


「お母さんみたいなこと言わないでよ! おかえりなさい! これでいい!?」

「いいよ。で、なに、浮気って」


 逆切れしながらワンポ君を撫でる手を払われた。自分の手を撫でてから、仕方ないので美穂ちゃんの肩を抱きながら部屋にはいる。鞄を置いて、室内着に着替える。美穂ちゃんは質問には答えずだんまりのまま、私が着替えているのを横から顔をよせてまじまじと見ている。


「ねぇ、なんなのさっきから。変なケチつけて、したいから言ってるの?」

「ちっ、違うもん! 真紀ちゃんみたいにえっちじゃないもん! 念のため、他の人の跡がないか見てただけだもん!」

「そんなこと言って、自分の跡がどれかわかるの? 美穂ちゃんキス魔じゃん」

「わかりますー。真紀ちゃんの体は爪の伸び具合だっておぼえてるもん」


 うーん。ときめくような、そうでもないような。そうでもないな。まあまあ気持ち悪いわ。普通に爪の先までにすればいいのに。なに、伸び具合って。

 とりあえず美穂ちゃんの肩をだいてリビングのソファに座る。どすんと座ると、ようやくちゃんと話をする態勢になったと思ったのか、待ってましたとばかりに美穂ちゃんはぷぅとわかりやすく頬をふくらませた。


「ふ、ふふ、可愛いよ」


 その幼少期から変わらないほっぺたがおかしくて、笑いながらキスをした。軽く触れるキスをしただけなのに、唇を離すと美穂ちゃんは頬から空気を抜いてくれた。

 すぐに怒るけどすぐに照れちゃって、喜怒哀楽が目まぐるしいのも昔からだ。私と美穂ちゃんは高校の時から恋人になり、大学進学を機に同棲をして二年目になる。


「もう、真紀ちゃんってば、すぐそういう。私のこと大好きなんだから」

「うん、大好きだよ。で、なんで浮気って思ったの?」

「あ! そうだった。合コン行ったんでしょ! ネタは上がってるんだよ! お酒の匂いもするし!」


 問いただすと思い出したようにまた眉をさかだてた。すぐ怒られるのは面倒なとこもあるけど、これはこれで可愛いんだよね。すぐ嫉妬するのも、愛されてる感じがして嫌ではないし。

 まあ面倒は面倒だし、誤解されないようにしておいたのに。誰だ、言ったのは。


「うん、夜は飲み会で食べてくるって、昼から言ってたじゃん」

「合コンって聞いてない!」

「いや、合コンは他の子が言ってるだけだって。私は数合わせで、全然そういうんじゃないから」


 普段から断っているのだけど、今日はどうしても人数が足りなくて、本命で狙ってる人とのだから流したくなくてどうしても! と友達に誘われて仕方なく学食二回で手を打ったのに。

 実際、こうして食事のみで二次会は断って、普通の飲み会と同じくらいで帰ってきた。テーブル席ごしに会話をしただけなので、授業で隣り合ってグループワークする方がよっぽど距離が近いくらいだ。これでいちいち嫉妬する必要なんてない。

 堂々とした態度でそう釈明したからか、美穂ちゃんは眉をさかだてるのはやめたけど。ワンポ君の顔を押しつぶしてまだまだ不満ですアピールをしている。


「……でも合コンは合コンでしょ。真紀ちゃんが、恋人探しているみたいに他の人に思われるし、男の人に言い寄られるんでしょ。そんなの、浮気だよ」

「そうはいっても、恋人がいるって言えないんだから。恋人は作らない宣言はできても、何があっても合コンに出ないってかたくなになるのも不自然でしょ」

「……そうだけどぉ」


 友人関係を意味なく壊す必要はない。美穂ちゃんより大事なんてことはないけど、関係を秘密にすると決めたのは美穂ちゃんだし、それでもって断りにくい付き合いの為の合コンに行くだけでそんなに怒られるのはさすがに納得がいかない。


「別に私はいいよ? 美穂ちゃんと恋人だって言えば断れるんだから」

「そ、そんなの駄目。ていうか、親に連絡いったらどうするの」

「いかないでしょ。普通に。誰がするの」

「わかんないでしょ。友達って言っても、誰が裏切るかなんてわからないし、大学に知られたら、こんなの、許されないし」


 私と美穂ちゃんは、双子の姉妹だ。もちろん血がつながっているし、それどころか一卵性双生児で、私たちは生まれた時から一緒どころか、生まれる前から一緒だった。

 姉妹で、双子で付き合っている。なんてのはさすがに親には言えない。言うにしても親のお金で生活しているうちは駄目だろう。でも別に友人に言うのは構わないと思っている。地元じゃないから友人と親がつながっているわけでもないし、それで友達関係が終わってしまうなら、しょせんそれまでの関係と言うだけだ。

 もちろん本当に友情から親身になって私たちの関係を否定する人だっているかもしれない。双子同士が結ばれることを認める法律なんて世界中のどこにもないのだから、合法ではないことを責めるのは当たり前だ。

 だけど、少なくともこの国において違法ではない。私の気持ちは変わらない。そういっても認められないというなら距離をとればいい。どうせ高校時代の友人とも今は疎遠になっている。今一緒に遊ぶ分には楽しい。友達っていうのは私にとってはその程度の関係だ。

 でも美穂ちゃんは違う。一生を共にしたい、私の半身。私の特別だ。


 美穂ちゃん以外考えられない。美穂ちゃんがたとえ心変わりしたって、手放す気なんてないし、絶対に離さない。美穂ちゃんと一生一緒にいる。これは決定事項だ。

 そのくらい思っていて、そのくらいの覚悟もないのに、双子の妹なんていう存在と付き合うわけない。


「誰に許される必要があるっていうの。私は美穂ちゃんが私の気持ちを許してくれるなら、それだけでいいし。まあ、無理に言いふらしたいわけじゃないし、言いたくないなら黙っておくけど。じゃあ合コンに行ったってだけで浮気認定はやめてってこと」

「う、うーっ! もう、真紀ちゃんの馬鹿っ。私をときめかせたくせに、そのあとひどい言葉を言わないでよ。ときめきのまま抱きしめて甘やかしてよっ」

「はいはい、よしよし」


 この話はこれで終わり、としたつもりだけど何やら美穂ちゃん的には誰の許しもいらない、の下りでもうときめいちゃって一回頭が切り替わっていたらしい。また浮気に戻ってきたことでときめきの余韻が消えたのか怒ったそぶりで抱き着いてきた。頭をなでて頬にキスをしてなだめる。


「美穂ちゃん、可愛いよ。世界で一番可愛い。大好き。愛してるよ。美穂ちゃんしか見えない」

「んー、んふふふ。えへへぇ。もっと言って」

「そういうちょろいところも好き」

「そーゆーのじゃなーい」


 と言いながら、顔がとろけている。本当に、可愛いなぁ。

 外でこんな風に美模ちゃんに可愛いと言うと、きっとナルシストと言われるだろう。私と美穂ちゃんは一卵性の名に恥じない、そっくりな顔立ちだ。幼少期の写真を見たら自分でもどっちがどっちかわからないし、寝ている素顔を近距離で撮影したとかなら今もわからないだろう。パーツパーツは本当に同じだ。

 でも、全然違う。美穂ちゃんは可愛い。


 美穂ちゃんは感情豊かでいつも一生懸命で、子供っぽくて素直で純粋で、ただただ可愛い。美穂ちゃんの好みの服や小物も可愛い系で、私なら全然似合う気がしないのにすごく似合っていて、全身から可愛いオーラが出ている。

 実際に、中身を知らなければ私が身に着けてもパッと見は同じかもしれない。だけどその中身を知れば、動き、表情、その全部を混みにすれば美穂ちゃんが圧倒的に可愛い。


 とりあえず私たちの間に挟まっているお邪魔なワンポ君をつかんで前のテーブルに転がす。


「あ……ワンポ君可哀そう」

「昔から、恋人の間に挟まるものは殺されるの。決まってるでしょ」

「そっかぁ」


 ノリで言ったけど別に殺してないんだけどね。可愛がっているようで私の言葉は全肯定する気分らしい。そういう単純なところも好き。ま、それは私も人のことは言えないけど。

 とにかく、浮気うんぬんのおバカな主張はもういいみたいなので、そのままキスをして今度こそ体を密着して抱きしめる。お酒を飲んで酔っているのは私の方なのに、美穂ちゃんの方がぬくい気がするのはなんでだろう。不思議。服は寝間着じゃないのでお風呂はまだのはずだ。


「美穂ちゃんも晩御飯はすませたんでしょ?」

「うん」

「じゃ、お風呂はいろっか」

「……うん」


 そうして一緒にはいって、今日も仲良くした。二人で同棲をはじめてからいつものことだ。

 それにしても最初は何を言い出すかと思ったけど、たまにはそんな風に理由をつけて嫉妬されるのも悪い気はしないかもね。

 と言うか、本当に本気でそういう浮気をしているって思ってるわけじゃないんだろう。多分単純に合コンと言わなかったのが気に入らなかっただけだ。いちゃつくための理由付けでしかなかったんだろう。可愛かった。


 美穂ちゃんが私との関係を隠したいのがいつまでなのかわからない。私は社会人になって職場までは一緒にはできないだろうし、そうなったら普通に恋人がいると言っても何も問題ない。双子だと知る人は誰もいなくなるのだから。

 そうなれば当然、こんな風にこじつける嫉妬も減るだろう。面倒くさいけど、これはこれで可愛いからね。今くらいはいいでしょ。むしろ、たまにならいつまでも嫉妬していてほしいけど。でも、さすがに無理だろう。


 なんて、そんな風に思いながら私は美穂ちゃんを抱きしめて眠った。








 真紀ちゃんはいつだって世界で一番格好いい。気づいた時からずっと傍にいてくれて、ぼーっとしている私の手を引いてくれた。

 そんな彼女が大好きで、特別な人になるのに時間はかからなかった。と言うか、多分最初から、生まれる前からずっと、特別だった。私にはいつだって真紀ちゃんだけだった。だけど真紀ちゃんはそうじゃなかった。

 友達がたくさんいて、いつだってたくさんの人と笑ってる。そんな真紀ちゃんだからこそより誇らしいくらい、私の大切な宝物だった。


 だから私のことを好きになってもらえるよう頑張って、恋人になれたからって、私が特別だからって、私だけにならなくてもいいって思う。

 もちろん恋人なのは私だけで、手をつないだりキスをしたり抱きしめあうのは私だけだけど。でも、友達はいてもいい。むしろ、私のせいで友達が離れたり、私のせいで笑顔が減ってしまうなら、そんなに悲しいことはない。

 きらきらいつでもまぶしいくらいに輝く真紀ちゃんを私は愛しているから。


 だけど、やっぱり時々、言ってしまいたい。世界中に向けて、真紀ちゃんは私のなんだからって宣言したくなる時がある。

 今日みたいに、合コンに行った時とか。告白されているのを見た時とか。誰にでもやたら距離の近い友人といる時とか。いやほんと、林田さんはほんとにいい加減にしてほしい。私とは友達でもないのに私にも距離近いし、他の人にも近いし。恋人がいるってわかってる人にはちゃんとしてるのは知ってるけど、真紀ちゃんにことあるごとに抱き着くのやめて! そして真紀ちゃんも私が抱き着かれてるのなに普通に見てるの!


 いやー……わかってる。私がわがまま言ってるって。でも、真紀ちゃんの足をひっぱりたくない。それに、人から変だって目で見られるのが純粋に怖いっていうのもある。

 私はいつまでも真紀ちゃんの後ろの隠れてた子供時代のまま、臆病なままだ。いつか、真紀ちゃんみたいに自然にできるようになるって子供の頃は思ってた。

 でもそんなことはなくて、いつまでも私は情けないくらい、自分で全然感情が制御できないし、少女趣味から抜け出せないし、真紀ちゃんとは何もかも違う。


 違うから好きだし、違うから好きって言ってもらえるのはわかるけど。でも、もうちょっと、私も成長しないとな。そう思う。


 夜になって、規則正しく早寝をする真紀ちゃんを見ているといつもそんな風に反省するのに、でも朝になると忘れてしまう。


「……」


 さっきまで元気に、たくさん私を可愛がってくれていたのに。真紀ちゃんは子供の時と変わらない無邪気な寝顔をしている。

 私と同じ顔なのに、どうしてこんなに愛おしいんだろう。鏡を見ても、なんだか頼りないなぁって思うのに。どうしてこんなに、見ているだけでほっとして、力が湧いてくるんだろう。


 今日だってほんとは、あんな風に強く問い詰めるつもりじゃなかった。合コンに行ったのは悲しいけど、嫉妬するけど。でも正直に言ってくれたら普通に仕方ないなって思えたのに。隠されたし。

 それに帰ってきて普通すぎて、ついイラっとして浮気だとか言ってしまった。


 自分でも面倒くさいって思う。でもそうすると、いつもよりさらに甘く真紀ちゃんが甘やかしてくれるっていうのもある。なんで私ってこんなにずるいんだろう。自己嫌悪しちゃう。


「……真紀ちゃん」


 名前をよんで、ちょっと顔をよせてキスをする。眠ったままの真紀ちゃんは、それでも反応するように唇をむにむにさせた。可愛い。

 恋人になる前から、何度もしていた。悪いことをしている気がしてドキドキしていたけど、今、起きたって許される合法の状況になってもドキドキするのはなんでだろう。


 本当に、大好き。私から何もしなければ、きっと真紀ちゃんは私を恋愛対象とは認識しないまま、そのうち他の人を見ていただろう。

 私が意識してくれるように仕組んだ。だからこそ、私は責任をとらなくちゃいけない。絶対に誰も許してくれない禁断の関係だからこそ、私はそれを選んでくれた真紀ちゃんを幸せにするんだ。


 私は何度目かわからない決意をしながら真紀ちゃんに抱き着いて目を閉じた。


 だけどこうして決意しても、きっとまた、小さなことで嫉妬してしまうんだろう。自分でもそんな気がしてしまう。

 でも、私だって、いつまでも子供じゃないから。大学を出て、大人になって、いつか、いつかはちゃんと大人の女性になって真紀ちゃんを守れるし嫉妬したって抑えられるようになるから。だからそれまで、ゆっくり待っててね。


「……んにゃ、みほちゃん」


 真紀ちゃんが私の名前を寝ぼけたように呼んだ。抱き着いた衝撃でちょっと起こしてしまったかな? 私の背中に真紀ちゃんの手が回る。

 ごめんね、起こして。でも、応えてくれたのが嬉しくて、幸せ。



 こうして、私は何度も反省しては繰り返す。いつかきっと、大人になるって夢にみながら、いつまでも真紀ちゃんに嫉妬して、いつまでも真紀ちゃんに甘やかされて可愛がられて、そうしてずっと、幸せに暮らすことを、この時の私はまだ知らない。

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