第12話:ヤニカス

やがてアーク公爵が「“名前くらいは思い出せるか?”」とレイフォンに尋ねた。イベント終了の合図だ。

本来はここで主人公が思い思いの名前を付けるのだが――


「レイフォン……レイフォン・ルーヴェです」


奴が名乗ったのはデフォルトネーム。

そしてここで画面が暗転し、本当のゲームスタート地点である五年後へ一気に時間が飛ぶのだが……


「ふむ、レイフォンか。ではレイフォン、ひとまず私の屋敷まで付いてこい。そこでさらに詳しい話を聞きたい」

「え? あ、ウス」

あの二人、また普通に会話をしだした。

もしや五年後に飛ぶんじゃないかと内心ビビっていたから、これ以上何も起きなくて良かったと胸を撫で下ろす。

調査隊の顔を見ると、彼らにも無機質な印象がなくなって、あいつは誰だとか素性の知れない奴を屋敷に入れて大丈夫かとか、思い思いに私語を喋っていた。

……イベントが終了したから、元に戻ったってことか?

マジで意味不明すぎるだろ、この世界……


◇ ◇ ◇


レイフォンはオレと同じ人力車に乗せられた。

危険ではないか、と言う調査隊員もいたが、オレが強く希望して乗ってもらったのだ。車の中だったら盗み聞きされる心配が少ないから、こいつと心置きなく話せるしな。

オレはぽけーっとしているレイフォンに話しかける。

「お前、さっきセッタって言ってたよな」

「……ん? ああ。なんだガキ、持ってるのか?」

ガキとは失敬な……お前だって立派なガキだというのに。

まあともかく、一応ちゃんと喋れるようだ。

気を取り直して、質問を重ねる。

「セッタってあれだろ? セブンスターのことだよな」

「おお、詳しいな。最近のガキはませてんな~」

「……つまり、?」

「ん? ん~……あ~」

要領を得ない返答。まだ自分の状況が呑み込めてないみたいだな。

オレはレイフォン――いや、レイフォンの中にいる日本人に話しかける。

「オレも日本人なんだ。事故で死んじゃって今はこの身体に転生してるんだけど」

「転生~? 意味分かんねぇなぁ」

レイフォンらしからぬぽけーっとした表情で首を傾げる目の前の日本人。

……こいつ、ニブいのか? まあいいや。

「お前も多分だ。しかも大人の。じゃなきゃセッタなんて言わないもんな」

詳しい年齢までは分からないが、若者の喫煙者は今時珍しいから、多分中年なんじゃないだろうか。

オレはさらに言葉を続ける。

「どうだ? 何か思い出さないか? 自分がどうして転生したのか、とか」

「ん~? いや、何も思い出せないなぁ」

のほほんと答えるなぁ。自分で言うのもなんだが、こういう時ってもっと取り乱すものじゃないの?

「じゃあ名前とか年齢とか、職業とかは?」

「なーんも。自分が誰なのか全然分かんねぇや」

「……でも、セッタは覚えてると?」

「ああ。一日ワンカートンは吸ってたなぁ。タバコ吸いてえなぁ」

「…………」


……とんでもなくクセの強い奴がレイフォンの身体に転生してた。

結論。

こいつ、ただのヤニカスだ。

そんなことある?

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