第4話
黙々とお金を数えていた。
なんだか寒くて、でも、背中は暖かった気がするような…そんな夢。
目を覚ますと、彩音は隣に居なかった。時計を見てもまだ7時くらい。
意外と早起きなんだなと思いながら起き上がる。
いつも洗面所に行くのが面倒という理由で近くに置いていた歯ブラシを手に取り、歯を磨いた。
そしてベッドを降り、2階にある洗面所みたいなやつに寄り道してからリビングに向かう。いつもと同じだ。
リビングに行くと、既に朝食が準備されていた。
食パン2枚と…名前は分からないけど、白いサラダみたいなやつ。
「おはよう」
「おはよ、彩音」
まだ2人共食べていなかった。どうやら僕を待っていたらしい。
僕は少しだけ急いで彩音の隣に腰を下ろし、「いただきます」と言ってから箸を手に取る。
「これ美味しいね。名前分かんないけど」
「僕も分かんないけど…うん、美味しい」
サラダを完食すると、次は食パンに手を付ける。
マーガリンが塗られている。でもこの食パンは何も付けずに食べても美味しい。
「ねぇ、食レポしてよ」
「外はカリっとしていて、中はふわふわとしてる。美味しい」
…うん、小学生みたいな感想だな。
完食すると、「ごちそうさま」と言って食器を下げる。少し遅れて彩音も食器を下げに来た。
母は僕が小学生みたいな感想を述べている時には既に食べ終えていて、溜まっていた食器を洗っていた。
「ごちそうさま、美味しかったです」
「なら良かった」
…慣れた。
既に彩音が家に住んでいるという事実に適応してしまったようだ。
まぁ、別に大したことじゃないしね。
彩音と一緒に部屋に戻り、学校に行く準備をする。
「あっ、遥くん、時間割見せて」
「どこだっけ」
散らかっているカバンの中を漁って時間割を探すも、時間割は見当たらなかった。
「…無い」
「今日ジャージ着ていこっか」
体育があった時に困るので、ジャージを着ていく事にした。
本当は制服を着ていかなきゃ駄目なんだけど…普通に面倒くさい。
適当な教科書とワークをカバンに詰め、どこかに置いたはずのジャージを探す。
ふと後ろを向くと、彩音が着替えていたので即座に反対の方を向く。
…一瞬目があった。
「あっ、別に見られても気にしないけど…」
「昨日言ったでしょ。無限の可能性だよ」
「…?」
まだ昨日の話を理解していなかった様子だったが、まぁ良いだろう。
僕が気を付ければ良いだけの話だから。
ジャージを見つけると、僕も急いで着替える。
「…あの、遥くん」
「どうしたの」
「Tシャツ、貸してくれないかな?」
そういえば忘れていた。
それにしてもなんで彩音は自分の着替えを持ってこなかったんだろうか…
「これかな…サイズ合う?」
「少し大きめだね。大丈夫だと思うよ」
「いや、胸あるし割とぴった…」
…セクハラで訴えられるかもしれない。
「それを考慮しても割と大きめだね。で下にポンってやれば入るよ」
どうやら彩音的にはセーフだったらしい。良かった。
けど、下にポンって何なんだろう…
「そろそろ行く?」
「まだ早いんじゃないかな」
「そう?」
そうかな、と言って彩音は背負っていたカバンを降ろす。
僕は床で胡座をかき、後ろに手をつく。
「…だるい」
「行きたくないの?」
「うん」
行きたくないよ、そりゃ。
面倒くさいし、友達だってそんなに居ないし…
「私は楽しみだよ」
「そうなの?」
まぁ、学校が楽しみって人の方が多数派だろう。僕みたいな陰キャぼっちとは違う。
「初めての事だから、ちょっとワクワクしてるの」
「…初めて?」
初めての事って、何が初めてなんだ?
「きちんと学校に行くのは初めて。昔は行ってたらしいんだけど…記憶にないんだよね」
「記憶…記憶がない!?」
「わっ、どうしたの?」
記憶がないだって…?それって、僕と同じじゃないか。まぁ僕の場合は小学生以前の記憶がないってだけなんだけど…
「…ねぇ、キミってもしかして__」
「てかやばい!時間!!」
「えっ、あっ!」
楽しい時間というものは一瞬で過ぎるものだ。別に楽しくは無かったけど。
とりあえず記憶の件については後で聞くとして…まずは学校だ!
別に遅刻しても構わないんだけど…先生の厭味ったらしい説教を聞くのはもう勘弁だ。
「行くぞ彩音!」
「オーケー遥くん!」
僕と彩音は急いで家を出た。
「…寒いな」
「寒いね」
「歩こうか」
「うん」
そして、諦めた。
「…おはようございます」
「おはようございまーす!」
「はい。おはようございます。それで何か言い訳はありますか?」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「…はぁ。とりあえず着いてきてください」
結局ギリギリで遅刻してしまい、先生に呆れられてしまった。
それにしても彩音は元気だな…僕は歩いただけでもかなり疲れたのに…
「遥くん、大丈夫?」
「んなわけ…」
「あはは」
何笑ってんねん…まぁ、これが陰キャの体力の限界。
別に運動が出来ないわけじゃないんだけど…とにかく体力が無いのだ。
「えーと、周防さん。久しぶりですね」
「…え?」
…この先生が誰だか分かってないらしい。勿論僕も先生の名前を覚えていない。一応僕のクラスの担任なんだけど…
先生は、少し悲しそうな顔をしたあとこう言った。
「…成程。記憶喪失というのは本当のようですね」
「僕も先生の名前は覚えてないです」
「貴方は馬鹿なだけでしょう?四谷くん」
あ、僕のこと覚えてくれてたんだ。
「…周防さん。ここがあなたの教室です。覚えておいてくださいね…それから、席は四谷くんの隣です。先に四谷くんを教室に入れておくので、これを矢印にして席を探してください」
…と、担任は僕を指差しながら言った。自分のクラスの生徒を「これ」呼ばわりって酷くないか。
「はーい」
「じゃ、目印はさっさと教室に入りなさい」
「…」
僕は無言で教室のドアを開け、自分の席へと向かう。窓側の一番後ろ。所謂主人公席ってやつだが…僕みたいな陰キャが座ってて良いのかな。
「はい、それではHRを始めます」
遅れて入ってきた先生は何事も無かったように教壇に上がった。
「えーと、まず…このクラスに新しく…はないけど、珍しい仲間が加わります」
珍しい仲間って言い回しが珍しい気もするけど。クラスメイト達も困惑しているようだ。
「というわけで、入ってきてください」
先生がちょっとだけ大きな声を出してそう言うと、教室の扉がゆっくりと開いていく。
そして、教室の中に人が入ってきた。
彩音の事を知ってる人、知らない人で反応は様々だった。そして、僕は知らなかった。
「…久しぶりかな」
彩音の雰囲気が全然違う。全然違うのに…彩音の事を以前から知っていた人達は、それに何の違和感も抱いていないようだ。
「周防さん。1年生の途中から行方不…じゃなくて、不登校でしたが…えーと、来ることになりました。色々あって記憶喪失みたいなので、あまり困惑させたりしないでください」
…いや、先生適当すぎだろ。と、思わずそう突っ込みたくなるレベルだった。
「…周防彩音、です。えーと、読書が好きで…あと虫は好きじゃないです。記憶喪失みたいです…えーと、よろしくお願いします」
"記憶喪失"
あまりにも非現実的なその言葉に、クラスの皆は呆然としていた。そんな中で__
「うん、これからよろしくね」
そう笑顔で返したのは、このクラスの学級委員長であり、生徒会の書記も務めるクラスのトップカースト、
「うん。それで、えーと…」
「私は吉條…そうだ!これから皆で自己紹介しようよ!」
千尋はとても有名人だ。クラスメイトの名前を殆ど覚えていない僕ですらその名前を覚えている。
顔はとても美人で、彩音に勝るとも劣らない…って感じだ。性格も良く、思いやりの心が強い。このクラスの頼れるリーダーだ。
彼女の事を好いている人間も多い。何故なら、彼女は陰キャラやオタクに対しても優しく接してくれるからだ。
…つまり、男に「この子、俺のこと好きなんじゃね」と勘違いさせるプロってワケだ。
「それじゃ、出席番号1番から順に自己紹介していこっか!えーと、東屋くん!」
こうして、自己紹介が始まった。ちなみに1時間目は担任の授業だったので、担任が自己紹介の時間を取ってくれた。結構優しい。
「えーと、じゃあ次!27番の古橋くん!」
…次は瑛太の番だな。
「俺の名前は
…というわけで、古橋瑛太は僕の親友だ。
てか名前を出すなよ視線がこっちに集まる…
…彩音もこっちを見てるけど、無視しておく。ちなみに僕が最も嫌っているものは、人の視線だ。
「…ふふ。じゃあ、28番の藍沢さん!」
…千尋が怪しい笑みをこちらに向けている。よし決めた。今日はもう早退…いや彩音も居るし駄目だ!
「…
「よろしくお願いします」
藍沢ほたる…何でかは分からないけど、僕が名前は覚えてる数少ない内の一人だ。
…そうだ、瑛太の好きな人だった。
瑛太と藍沢は図書委員同じで、よく話すらしい。
まぁそれぐらいしか知らないんだけどね。
「じゃあ、30番の四谷くーん!」
…あ、僕か。
「僕は四谷遥。読書が好きで、瑛太と仲良くてー、えーと…」
自己紹介って何を言えば良いんだろう。別に誰かに知ってもらいたいことなんて無いし…
とか考えていた時、これまで黙って見ていた先生が口を開いた。
「…四谷くん、自己紹介する必要ありませんよね?」
「え?」
「だって一緒に住ん」
「ゴホッゴホッ!!すみません風邪なので保健室行ってきます先生!!」
「えっ」
何言おうとしてんだバカ!!これは知られたくない事だよ!
…目立っちゃったかな。まぁあのまま先生を放置しておいたら更に目立ってしまう。
瑛太ぐらいにならバレても問題ないけど、流石に皆にバレるのはマズい。
…彩音は可愛い。そして美人。ここまで言えば分かるだろう。
それに、彩音に悪いし。僕みたいな人間と関わりがあるなんて知られたら…
…そういえば、なんで彩音はあんなに雰囲気が変わっていたんだろう。
もしかしたら、昔の彩音はあんな感じだったのだろうか?
「まぁ、僕には関係ない」
他人のことなんて…
「…」
…いや、友達だった。
「記憶喪失…」
僕も同じ。
「母親」
…本当に偶然か?
「…」
何故か覚えている複数国の言語。
僕の、記憶の障害…
「…あとで、彩音にも聞くか」
何かおかしい気がする。
…彩音を放っておくのもアレだし、やっぱり教室に戻ろう。
僕は急いで教室に引き返した。
「先生!風邪じゃなかった!」
「なら座りなさい」
「はい」
また視線を集めてしまったが、この際どうでもいい。
今は考えなきゃいけない事があるのだ。
「えっと…私に、質問とかある?」
あー、転校生イベントの定番、質問コーナーか。
まぁ、今はそれどころじゃない。
「はーい!」
「じゃあ、吉條さん」
「彼氏っているんですかー?」
「いません」
即答だな。
「はい」
「えーと、
「えーと、周防さん!勉強、進んでますか?もしわからない所があれば私や先生に聞いてくださいね」
…勉強大好きな
千尋よりも委員長っぽい眼鏡を掛けた優等生、宇治原深月。彼女は2年生の頃からテストで学年1位を獲り続けているかなりの秀才だ。
「問題ない、と思う」
彩音は本を読んでいるし、まぁ大丈夫だろう。読書家は頭がいいのだ。
…僕は例外かなぁとか思っていたら、彩音がいきなり衝撃的な事実を口にした。
「これでも国際数学オリンピックの金メダリストなん…」
「「…えっ?」」
この時、僕と彩音の声がシンクロした。
…そして、遅れてクラスメイト達も声を上げた。
「ウソでしょ!?」
「何それ初耳なんだけど!」
「そんなに頭良いのか!?」
彩音は自分でそれを口にしたにも関わらず、何故か困惑している様子だった。
しかし、ただ一人だけ動じなかった人物が居た。
「1年生の頃だったよね、彩音ちゃん?」
…吉條千尋。
「えっ、と…」
「ねぇ知ってる?私達、幼馴染だったんだよ」
覚えてる?じゃなくて知ってる?か。
もしかして、千尋は今の彩音と昔の彩音を別人として捉えているのかもしれない。
まさか、千尋と彩音が幼馴染だとは思いもしなかった。
「…国際数学オリンピック」
僕は先生から見えないようにスマホを取り出し、「国際数学オリンピック 受賞者」と検索する。
「…あっ」
2年前。
そこに書かれていたのは…
『
Gold Medal
・Ayane Suou
・Joy Pham
・Hijiri Seidouin
・Erick Sean
』
…聖堂院?誰だそれ…
正直、彩音よりもそっちの方が気になった。
「私、知らない…知らない、筈なのに」
「彩音ちゃんって、人前ではいつもクールみたいに演じていたからさ、今は記憶喪失でも無意識にそういう風に演じていたんじゃないかなって」
「…っ!?」
成程。あの雰囲気はそういう…ん?
「…ちょっと待って」
「ん、四谷くんどうしたの」
「銀メダリスト…」
国際数学オリンピックのサイト上に、こんな写真も貼られていた。
…これは4年前の受賞者リストだ。
「…これを見てくれ」
僕はそう言って千尋に自分のスマホを投げ渡す。先生は呆れていたが止めはしなかった。「わっ」と言いながらスマホをキャッチした千尋は、画面に映る画像を見て…
「あぁ、そういえば小学生の頃も…って、え?」
「どうしたの?」
「えええええ!?」
そこに写っていたのは…
『
Gold Medal
・Aran Citrus
・Haru Yotsuya
・Ayane Suou
・Keiji Akashi
・Vhan John Han
』
四谷遥、周防彩音。
ねぇ、お母さん。
お母さんは一体何を隠してるの…?
四を捻っていた 四谷入り @pinta
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