第3話
キッチンで食器を片付け、リビングに戻ってソファーにどすんと座る。
わざわざポケットに入れておいたスマホを取り出し、イソスタを開くと通知が何件か来ていた。
それらを全て無視し、適当なアカウントのストーリーを覗いたりして時間を潰す。
ちらりと彩音の方を見てみると、どうやらスマホのメモ機能を使って何かしらの作業をしている。
僕はふとあることに気付き、彩音の肩をポンポンと叩いて言った。
「あ、お風呂先に入る?」
「…」
なるほど、彩音には作業中全ての音を遮断する機能が付いているらしい。
どっちが先に入るとかはどうでもいいのでとりあえず自分の着替えを用意しておこう。
脱衣所の下の棚から適当なスウェットとズボンを取り出してぽいと洗濯機の蓋の上に置き、バスタオルを上の棚から取り出して洗濯機の隣のスペースに丁寧に置く。
どうせならもう入ってしまおうと思い、僕は服を一枚一枚脱ぎ始めた。
シャワーを浴びながら、僕は今日起きた事件について振り返ってみることにした。
いや、事件ではないのだけど。
まず、彩音に色々と変な事を喋ってしまった。恐らく今後の人生において最も恥ずかしい黒歴史となるだろう。
そして、彩音と友達になった。生まれて初めての異性の友達だが、なんとなく気楽に話せるような気がする。
んで、彩音が家に住むことになった…うん、どんな急展開だよ。
まぁ、友達になってからこの話を知ったし、まだ良かったのかもしれない。
それに、彩音が誰かにアレをチクるとは思えない。
だから、うん。いつもと変わらないな。
僕は友達が少ないから浮かれてるのは許してほしい。
それにしても、あんな友達のでき方は初めてだな…
脱衣所に出ると、何故か彩音と鉢合わせた。
「うぇ!?」
「っと、彩音…?」
なんでここに、と言おうとした僕の口は、彩音の目線によって閉ざされた。
彩音は、明らかに僕のエクスカリバ…じゃなくて下半身を見ていた。
「しょ、小説の参考にね…?」
誰に向けてるのかも分からない言い訳をし始めた彩音を放っておき、僕は着替えを済ませた。
「…ごめんなさい」
「いや、どっちが悪いとか無いでしょ」
顔を真っ赤にしながら謝罪してきた彩音に、僕は少し笑いそうだった。
なんか面白い。という感想を述べてみたり。
「わ、わたしのはだか見ていいから!!」
「ごほっ!?」
衝撃の爆弾発言に思わず咳き込んでしまう。
「…彩音。男の裸に価値は無いけど、女性の裸には無限の可能性があるんだ。だからそういうのは駄目だよ。うん」
ま、見れるなら見たいけどね。と心の中でつけ足しておく。
「べ、勉強になります…」
彩音も納得してくれたみたいだ。僕は満足してそのまま脱衣所を出る。そのまま自分の部屋に行って机から鏡とドライヤー、あとは髪の色々を取り出して机の上に並べる。
髪の色々については僕が使う訳じゃない。彩音が使うかなと思ったのだ。
ドライヤーで髪を乾かしながらじーっと壁を凝視する。鏡を出した意味が無い。
「…」
髪を乾かし終え、ドライヤーの電源を切る。
シャワーの音や洗い物の音が聞こえるが、それらを全て遮断して自分だけの世界に入り込む。
「あ、い、う、え、お…」
日本語。
英語。
ロシア語や韓国語。
頭の中で「これは日本語」「これは英語」と区別するような感覚。
この行為に意味があるのかは分からないが、まぁ予防にはなっているだろう。
時々喋り方が分からなくなる。
言語が分からなくなるのだ。
彩音が小説を書いてくれるらしいから。日本語が分からなくなったら彩音の小説が読めなくなってしまう。
僕が何故何十ヵ国もの言語を知っているのかは自分にすら分からない。
僕には昔の記憶が全く無いのだ。
今でもかなり忘れっぽい方だしね。
最後に頭の中で「休日・ご飯・彩音」この2つの単語を繰り返し思い浮かべる。
忘れてしまう。
衝撃が少ないから。
…よし、寝よう。
ベッドの上で誰かに「おやすみ」と言って、そのまま瞼を閉じる。
…何十分か経って、僕はゆっくりと目を開ける。
あまり早く眠れるタイプじゃないので、こういう事も割と多いのだ。
「…彩音?」
隣に誰か居る、と思ったけど、やっぱり彩音だったか。
顔が見えない。でも、もう眠っているらしい。
彩音の寝顔は見てみたかったなぁと思いながらもう一度瞼を閉じる。
今夜は良い夢を見れるだろうか。
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