第2話

「彩音ちゃんの親がすこーし問題を起こしちゃってねぇ。それで流刑…じゃなくて左遷されちゃったんだけど、彩音ちゃんを巻き込むのは嫌だーって、私に頼んだのよ〜」


 流刑?今流刑って聞こえたけど?


「それで彩音が今日から家に住むと…なんで黙ってたの」


「サプライズだよ、遥くん」


 僕は状況をまだ理解できていない。が、少し苛立っていた。

 流石の彩音でも毎日一緒に過ごすのは嫌だからだ。


 僕は友達とのお泊まりが大嫌いで、2年の宿泊研修の時にはわざと問題を起こして停学になり、宿泊研修を避けたぐらいだ。


「嫌だ」


「そう言わないの。相変わらず捻くれてるわねぇ」


 母は上機嫌なようで、ニコニコと笑顔を浮かべながら彩音を抱き締めている。


「大体、年頃の男女が同じ家で過ごすなんてなんか…駄目だろ」


「遥くんが私に手を出す勇気はあるの?」


「無いでしょうねぇ」


 母に勝手に答えられてしまったが、まぁ正解だ。

 そもそも僕は異性との関わりが少なすぎて女子との接し方が分からない。


 あと、そういう話を親とするのはマジで気まずい。助け舟を出してもらおうと彩音に視線を送ってみる。

 彩音は少し驚いている様子で、目を見開いた後、少しずつ頬を赤く染めていく。


「えっと、Hなことは流石に…友達同士ではやらないんじゃないかなぁ」


「何言ってんの!?」


 意味の分からない返答に僕の頭は更に混乱する。母親は僕達の様子を見てずっと笑っていた。


「というわけで、よろしくね」


「…まぁいいか」


 どうやら僕は熱しやすく冷めやすいタイプらしい。

 彩音が家に住む話についてはもうどうでも良くなっていた。


「彩音はどこで寝るの」


「遥くんの部屋で良い?」


「良いよ」


 これ以上言い争うのも時間の無駄だ。それに、飼っている猫達が餌をくれとうるさく鳴いているので、僕も餌をあげたい気分になったのだ。




 餌をもっとくれ、とおねだりをするように自身の体を擦り付けてくる猫達。恐らくここは楽園だろう。


「にゃー、にゃん、にゃん」


「…遥くん?」


「うお、居たのか」


 …もしかして、猫との対話を聞かれていたのか?

 だとしたら黒歴史だ。死体の処理をどうしようか迷うな。


「えっと…にゃん?」


「可愛い」


「へぇっ!?」


 おっと、つい本音が。

 まぁ、僕は殺人犯になるつもりはないし、今は猫の可愛さを堪能しなければならない。彩音にはどこかに行ってもらおう。


「彩音、どっか行って」


「…う、うん!!どっか行く!」


 彩音はそう返すと猫のように素早く部屋を出て行った。

 …出る時の彩音の耳が真っ赤だったのは僕の気のせいだろうか。


 猫達との戯れを終えて時計を見てみると、もう7時半になっていたのでリビングに向かう。

 リビングでは料理が用意されていたが、彩音はそこに居なかった。


「あれ、彩音は?」


「アンタの部屋じゃないの」


 僕は彩音を呼びに自分の部屋に向かったが、ドアが閉まっていた。

 コンコンとドアをノックすると、「ごめんちょっと待って!」という声が聞こえる。


 まぁ自分の部屋なので関係ないか、とドアノブを捻ってドアを開けようとする。しかし、何かに遮られていてドアが開かなくなっていた。


「ドア開かないんだけど」


「着替え中だから少し待っててくれないかな」


 あぁ、そういう…


 しばらく待っていると、ジャージに着替えた彩音が部屋から出てきた。

 異性が自分の部屋から出てくる事なんて今まで無かったので、少し変な気分になった。


 彩音を連れてリビングに向うと、母親はテレビを見ていた。

 どうやら既に食べ終わっているようだが、流石に早食い過ぎないか…?と少し心配になった事はおいておこう。


「あら、彩音ちゃん。ご飯食べなさいな」


「は、はい!」


「僕は?」


「食べないならお母さんが食べるけど」


 まさかの大食い!?


「食べる」


「えっと、いただきますする?」


「しなきゃ怒られる」


 彩音の家では「いただきます」という文化が無かったのだろうか。

 僕の家も昔は「いただきます」を言ってなかった。だけどある日母の友達の家でご飯を食べさせてもらった時、僕がいただきますも何も言わず1人でがっついちゃったせいで母にめちゃくちゃ怒られたのだ。


 そのせいでこの家にも「いただきます」制度が導入され、忘れると面倒なことになるのだ。


「「いただきます」」


 今日の夜ご飯はハンバーグと白米。


 …それだけだ。


「お母さん、これ美味しいです!」


「ありがとうねぇ」


 いつの間にか僕の妹になっていた彩音はこのラインナップをちっとも気にしていないみたいなので、僕も気にしないフリをしてご飯を進める。


「うん、美味しい」


「ちゃんとしたハンバーグなんて初めて…」


 …ちゃんとしていないハンバーグがこの世にはあるのだろうか。


「彩音、次の休みどっかで外食しよう」


「え、良いの?」


「僕が誘ったんだけど」


 僕の勝手な妄想だが、彩音の家庭環境は結構悪かったんじゃないか?

 まぁ、外食に関しては余計なお世話かもしれないけど。


 もしかして、それを僕に気付かせるためにこのメニューを…?って、流石にそりゃないか。


 家庭環境が悪かろうが何だろうが彩音に同情するつもりは無い。

 ただの友達にそこまでしてやる義理は無いから。


 だから、僕は恐らく初めての女友達と一緒に出かけたかったんだろう。

 理由を付けないと友達と外食すら出来ないのか、僕は。


「ごちそうさまでした」


「遥、食器片付けてね」


 なんとなく嫌な気分になる。


 勝手に「彩音は外食を知らないだろう」と仮定して、理由を付けて友達をご飯に誘う自分は結構嫌いだ。


 自分のことを完全に嫌いにはなれないのもやっぱり嫌いだ。

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