大ネズミ退治の当日。昨日までの不安は何だったのか、ヘルマン達は気持ちのいい連携で大ネズミの群れを潰していた。

 前衛をヘルマンと石のゴーレムが担い、その後ろからダニエルとラファエラが魔法を使う。石のゴーレムはラファエラの魔法によるもので『岩鉄魔人ゴツゴツくん』と呼ぶらしい。「弟がそう呼んでる内に定着した」とラファエラは恥ずかしがっていたが可愛らしい名前に反し能力は優秀。動作はそこまで素早くないが、固くどっしりとした構えで魔法使い二人の壁となっていた。


「まったく。クリスタリアのとはえらい違いだなっ!」


 安定して戦えているのは前衛が安定しているのもあるが魔法使い二人のモチベーションが高い事もあるだろう。

 どうやらクリスタリア魔法都市の大ネズミはドブ色に汚れ下水の臭いがするようで、こんな焦茶色の健康的な個体ではないらしい。同じ大ネズミでも国によって違うとは驚きだ。


「それは同意。ほい、網張った。けど過信しないで」


 ラファエラの魔力で作られた網が大ネズミ達の退路を塞ぐ。逃げようとした大ネズミが数匹引っ掛かり、粘着質な網に不格好な姿で拘束された。


「《壁に固まれ》! それと《固まり敵に飛んでいけ》、できれば顔狙いでね!」


 ダニエルが使っているのは“力ある言葉”と呼ばれる一般的な魔法の使い方らしい。群れは氷の壁で分断され、更に飛んで行く氷の弾が一体一体大ネズミを攻撃する。

 「オレは普通の魔法使いと同じ実力だ」と本人は述べていたが、それでも村で見たどの魔法使いよりも優秀にヘルマンは感じた。


「しっ……よし。次」


 ヘルマンは氷で怯んだ大ネズミの体を剣で貫く。絶命したそれを蹴飛ばし振り向き程度に飛び掛かってきた大ネズミを剣で迎え討ち。

 前に出過ぎるな、周りを見ろ。村の自警団から言われた言葉を守り行動する。ヘルマンもいつもと同じように動けていた。



「チュウ」


 一匹の大ネズミが鳴いた。

 他の大ネズミより小柄な、茶色の毛に白毛が靴下のように生えている大ネズミだ。

 その大ネズミはゴーレムに向けてピョンと飛ぶ。ヘルマンもダニエルもラファエラも、その大ネズミは他の個体と変わらずゴツゴツくんの大きな手で阻まれるものだと思っていた。


「な」


 ダニエルの呆けた声。何かトラブルかとヘルマンはチラリとゴツゴツ君を確認する。

 小柄な大ネズミがゴツゴツ君の頭上を跳んでいた。

 大ネズミの桃色の脚が何もない空中を踏む。そして足場があるかのようにジャンプする。大人の男と同じ高さをしたゴーレムの頭に着地し、大ネズミは再び宙を跳んで魔法使い二人へ飛びかかった。


「っ、《大きく壁に固まれ》!」


 二人の前に氷の壁――二階建ての大きさで上にはネズミ返しがある――ができる。


「こっちの大ネズミは任せて!」


 ヘルマンは助けにいくためにも周りの大ネズミを倒す事に集中する事にした。

 二人は優秀な魔法使いだ、最低限の自衛はできると思いたい。それに、ここで自分が駆けつけても壁が邪魔になるし他の大ネズミに背中を取られるし損しかないだろう。

 靴下の大ネズミは氷の壁に激突――せず、まるで壁が地面かのように着地した。そのままタッタッタと氷の壁を駆け上る。


「ラファエラ、攻撃は任せた」

「うわぁ……足止めよろしく」


 軽やかに大ネズミは壁を上る。ネズミ返しもソレには意味などなく、ピョンと向かい側の空気を蹴り壁キックをするように飛び越えた。


「《消えろ》」


 壁に飛び乗ったタイミングで氷の壁は霧散する。しかし大ネズミは消えた足場に戸惑うことなく、宙で踏ん張りダニエルへ飛びかかった。


「《固まり敵に飛んでいけ》」


 氷の弾が大ネズミに飛ぶ。靴下ネズミは怯まずそのまま突っ込んだ。


「《槍に固まれ》」


 迎え撃つように氷の槍が並ぶ。小柄な大ネズミは槍が体に突き刺さる前に跳躍、ジグザグに槍の穂先を跳び越える。



「……《刃》」


 ラファエラの声。

 不可視の刃が、膨大な魔力で形作られた刃が、宙を跳ぶ大ネズミの胴を切断した。切断された下半身は魔物の法則に従い黒い霧となって消失する。




「え」



 だが、しかし。死をまだ認識してないのか執念か、大ネズミの頭部と前足はまだ動いていた。

 前足が宙を駆ける。


「《棘》!」


 焦った声でラファエラが魔法で貫き留めようとする。だが大ネズミはボロボロになるままに進む。


「《盾に――」


 ダニエルが己を守るための魔法を唱えるよりも早く、靴下大ネズミは彼に接近していた。

 小柄であろうとも大きな口が、歯が、喉へ飛ぶ。




 ――ニャア



 猫の声がした。

 ふてぶてしい、声を出したくて出したような間伸びした鳴き声。


「ヂュッ!?」


 獲物を屠ろうとした大ネズミが怯んだ。その怯えは植え付けられた本能による恐怖か、何匹もの同胞を狩った気配への畏怖なのか。

 存在しないモノへの怯みは、しかし存在する彼らにとって大きなチャンスだった。


「――なって固まれ》!」

「《槍》!」


 氷の盾に阻まれた大ネズミの頭を魔力の槍が貫く。

 彼らを脅かした大ネズミは動かなくなり、毛皮と尻尾を残し黒い霧となって消滅した。



「よし、今助けに……無事みたいだね」


 最後の一匹を倒したヘルマンは無事な二人の姿に安堵し微笑む。どこかから「ニャア」と愉しげな声が聞こえた気がした。




【猫隊長の瞳石】

半透明で楕円形をした石。細長い黒い模様があり猫の目のように見える。本物の瞳ではない。


これを所持している状態でネズミに遭遇すると猫の鳴き声が聞こえる事がある。大半のネズミはその鳴き声に恐怖の感情を示す。

猫の鳴き声が聞こえない時もあり、所有者に手を貸すかは気紛れなのだろう。

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