第28話、それぞれの結婚。そして契約の時。


 周りの人達がバタバタと動きだすのを見ていたら、母さんが僕の頬を優しく撫でてきた。


「6歳のお祝いも出来ませんでしたね」

「旅に出てたからね」

「それに本来なら15の誕生日のお祝いと共に、リュカデリクと式をあげる予定でしたのに……」

「うん」


 一度は死んだと思っていた。それが別の世界とはいえ生き返って、優しい家族と新しい人生を手に入れる事が出来た。


「もっと沢山の時間を”貴方”と話したり過ごしたかったです」


 母さんが、ドレスが汚れてしまうのを気にする事なく、床に膝をついて僕をフワリと抱きしめる。


「”俺”も、話したい。だから黄の大陸へ行っても会いに来て欲しい!」

「そうですね。必ず行きます」


 別れは悲しいし、さみしい。


 誰も、この世界”レフィーナの理”からは逃れられない。


 けどこの世界に来た事によって前世での、わだかまりが全て解けて消えた。


 悪いことばかりじゃなかったと思える。


「それとアイリも貴女と、黄の大陸へ一緒に行くと言ってます。連れて行ってくれますか?」


 母さんが立ち上がり後ろを振り返る。そこには静かに待機していたアイリがいた。僕と目が合うと、ニコッと微笑んでお辞儀をする。


「黄の大陸へ行ったら当分の間、帰れないし家族にも、なかなか会えないけどアイリは本当にいいの?」

「はい。私はアレティーシア様の事が好きなのです。だからついて行くと決めたのです。後悔はいたしません」

「ありがとう! 僕もアイリがいてくれたら心強いよ」

「ふふふ。これからもよろしくお願いしますね」

「僕の方こそ、よろしくね!」



 話がまとまったのを見計らって、リュカが僕の肩にポンと手を置いた。


「オレは一旦、アラディスと共にミュルアークに戻って母上に報告してくる。式の前日までには戻る」

「分かった。気をつけて行ってきてね」

「あぁ。タキも頑張れよ!」


 手をヒラヒラさせ、走ってアラディスを追いかけて行ってしまった。



「頑張れって何を?」

「それは礼儀作法とダンスの練習ですよ」


 首を傾げていると、母さんが言い切った。


「礼儀作法は何とか出来ると思う」

「そうですね。礼儀作法に関しては、もしもの時は黙って微笑んでいれば誤魔化す事も出来ます」

「なるほど確かに何とかなりそう。けどさ! ダンスなんてやった事無いんだけど?」

「ですが王になれば社交の機会が増えます。ダンスは必須なのですよ。なので今日からアイリと式の前日までレッスンしてもらいます」

「え!? たった9日で?」

「えぇ。9日間レッスンを頑張ってくださいね」


 ニコリと微笑む母さんから、初めて逃げだしたい気分になる。


 うわぁ〜……。社交ダンスか! テレビでしか見たことないし、凄く難易度高そうだよ。


 思わず頭を抱えてうずくまってしまったけど、肩をポンポンと優しく叩かれ見上げるとアイリが「頑張りましょう」と、気合いを入れている。


 逃げる事は出来ないようだ……。


「時間がありませんから、アイリよろしく頼みますよ」

「はい。お任せください。それではレッスンに参りましょう」


 微笑むアイリの後ろを、ついて行くしか出来ない。


 


 久しぶりの自室に戻ると、ほんの少しの間しか使ってなかったけど気持ちが落ち着いてきた。


「お着替えをお手伝いさせて頂きますね」

「分かった。ちょっと待って!」


 着替える前に、僕の胸元で寝ている天音を起こさないように抱き上げ、ソッとベッドに寝かせる。


「ごめん! もう大丈夫だよ」

「ふふふ! 可愛い猫さんですね。お名前はなんと言うのですから?」

「天音って言うんだ」

「素敵なお名前ですね。アレティーシア様がお考えになったのですか?」

「うん! この子の声が綺麗だったから天音にしたんだよ」

「ふふふ! そうなのですね」


 話をしながらもアイリは手際良く、今まで僕が着ていた冒険者風の服を脱がせ、お湯で人肌に温めた布で優しく丁寧な手つきで身体を拭いていく。さっぱりした後は薄手の白い下着を身につけた。


「レッスンの前に、お式で着る為のドレスの採寸をさせていただきますね」

「分かった」


 アイリがそう言って一旦、部屋から出てい少ししてから、5人の女性を引き連れてきた。

 そして女性たちは、お辞儀をしてから裁縫道具を床に広げ、僕に様々な布を当てたり、メジャー代わりと分かる紐で胸や腰などの採寸をしていく。女性たちがテキパキと僕の周りを動き回り3時間ほどかかり終わった。


 この時点で、かなり疲れてしまっていたけど弱音は吐けない。採寸を始めたら、いよいよなんだと実感がわいてきたし、よく考えたら僕が失敗したら、リュカにまで迷惑をかけてしまう事に気が付いてしまったのだ。


 なので出来る限り頑張ろうと心に決めた。



 女性たちが出ていくとアイリが、ドレスを手に持ちニコリと微笑んだ。


「それでは今日はレッスン用のシンプルな水色のドレスにしましょう」


 レッスン用だからなのかドレスと言うよりは、裾の長いワンピースに近いものに着替えさせられた。腰の青いリボンも緩めに結ぶ。


「それでは私と同じように動いてくださいね」

「分かった!」


 ゆっくりとくるりくるりと、優雅に踊るアイリのマネをする。けど当然、最初から上手くいかない。しかも慣れないドレスを着ている。


「うわぁ!」


ドテン!!


 とにかく裾の長いドレスは動きにくい。裾を踏んづけては転ぶを繰り返す。


「イッタァ!」

「大丈夫ですか?」

「うん」

「ゆっくりいきましょう」

「分かった」


 アイリが手のひらを差し出し、僕の手を取り起き上がらせてくれる。


 こんな感じで、ご飯と寝る時以外は、ドレスに着替えさせられて礼儀作法だの、ダンスの練習などで瞬く間に時間が過ぎていった。




 そして遂に式の前日になっていた。


「かなり良くなりましたね」

「間に合いそうで良かったぁ〜!」

「ふふふ! 明日は、みなさん驚くと思いますよ」

「そうかな?」

「はい」


 根気強いアイリのおかげで、礼儀作法もダンスも基本だけは何とかなったと思う。


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