第25話、白の弔いと本当の願い。


 クロトは引き摺られるようにして、滝の前までスヴェンに連れて来られた。


『全ては、ここから始まりました。レイジの荒々しい怒りと悲しみに私は惹かれたのです』

「何があったか聞いていいか?」

『そうですね。貴方には知っておいてほしいと思います。それにレイジも望んでいるはずです』


 ゆっくりとした口調で、語られたレイジの話は思った以上に過酷なものだった。


 レイジは9歳の時に、22歳の女性シズリと共に、この世界に双子神子として召喚された。けれどそれは紛い物の偽の双子神子。

 すぐに綻びだした。

 シズリは魔力も戦う力も持たなかったが、王を誘惑し全て思い通りにするようになっていった。

 そしてシズリは、莫大な魔力と戦う力を持つレイジが邪魔になり、地下牢に閉じ込め魔力を封印させて、事あるごとにイジメたおした。

 レイジは時間をかけ魔神と契約して、長年の恨みを白の王とシズリにぶつけ復讐した。


『まぁ。私も前白の王が、好きではありませんでしたから消してくれたレイジには感謝してます』

「そんな事があったんだな……」


 レイジは、クロトと自分を重ねていたのかもしれない。

 双子神子として召喚され、訳がわからないまま周りのヤツラに痛ぶられた。

 境遇があまりにも似過ぎている。だからクロトと似ていると一緒だとレイジは言ったのだろう。


『そういう事です。とりあえずレイジが使っていた部屋に案内します』


 まるでクロトが思ったことが伝わったかのように、スヴェンは相槌をうち再び歩きだす。


 滝の裏手に木製の扉があり入っていくと、純和風な空間が広がっていた。


「障子に畳って、まるで日本だ!」

『レイジの住んでいた世界を出来るだけ再現したのです』


 タンスを開くと、洋服はもちろん着物まである。そして部屋の隅には布団が畳んで置いてある。


『私はレイジを弔います。クロト貴方は先に休んでください』


 そこでようやくクロトは手を離してもらった。


 スヴェンが部屋から出ていくと、クロトは緊張が途切れ疲れが一気に押し寄せ、布団に倒れこむようにして眠りについた。



 その夜、夢とは思えないくらいの鮮やかな”夢”をクロトは見た。




◇◇◇◇◇


 

 時は浄化作戦決行直後にまで遡る。白の大陸、大精霊の湖の前。


「スヴェン……また2人だけになったな」

『そうですね。けれど貴方は、こうなると分かっていた。いや、望んでいたのではないですか?』

「お前には隠し事は出来ないな」

『だてに万年の時を、貴方と共に過ごしてきた訳じゃありませんからね』

「そう……だったな……」


 俺たちにとっての”希望”だった赤い草は消えていった。


 煌めく湖面を見つめながら。


「スヴェン、お前が苗床にした妖精は何処に眠っている?」


 背後を歩くスヴェンに問いかけると、少し驚いたように目を見開き『クククッ!』と笑い、俺の手を取り滝のある方へ、ゆっくりとした足取りで向かい歩きだす。


『やはり気がついておられたのですね』

「あんな不自然な植物。どう考えてもお前の仕業に決まってるだろう」


 気がつかないフリをするのは、見て見ぬフリをするのと同じくらい簡単だった。それになにより、俺は今でも全ての事が、どうでもいいと思っているからだ。


『まぁ。私の計画は失敗に終わりましたがね……』


 スヴェンが自由を求めているのも知っている。けれど俺がこの大陸。いや、この世界から逃げだす事が出来ないのと同じで、スヴェンも、また自由になる事は出来ない。


 それがこの世界”レフィーナの理”だからだ。


『ここです』


 滝の水が大量に噴き上がる湖の底に、長い緑の髪の毛を水中に揺らめかせ、虚に碧の瞳を見開いたまま、真っ白な肌をした妖精が一糸纏わぬ姿で沈んでいた。その肢体からは赤い草が生えツタが絡まっている。


「最後に俺がお前に夢を見せてやる」


 繋いでいたスヴェンの手を離し、靴と服を脱ぎ捨て湖に入っていく。湖の底に向かい潜って、意識の無い妖精を抱きしめ”同化”の禁呪を唱える。


『何をなさるおつもりですか!!』


 俺の意図に気がついたスヴェンが、慌てて湖に飛び込んでくるのが見えた。


「ハハハ! お前のそんな顔、初めて見たな」

『私の顔など、どうでもいいのです! それよりも!!』

「もう遅い。同化が始まった」

『何故こんな!!』

「お前は、俺も”道具”として見ていたんだろう。違うか?」

『!?』


 俺の言葉に、スヴェンが否定をする事なく、ただ息を呑んだのが分かった。それは肯定していると同じだ。


「分かっていたんだ。分かっていて俺はお前の側にいた。俺はお前になら”利用されても良い”と思っていたから……。だから……俺の命お前にやる……」


 この世界に来た時に俺の心は死んだ。魔神と契約して俺を虐げたモノ全てを壊しても心は晴れず壊れたままだった。だからスヴェンのように、全てを犠牲にしてまで叶えたいという強い思いも願いも無かった。


「俺の本当の願いは叶わないからな」


 ティルティポーが崩壊して、少し時が経った頃だったか? スヴェンに用があって部屋に行った。けれど部屋の主人は外出していて、その時にたまたまスヴェンが、机の上に出しっぱなしにしていた闇魔道書を、偶然見つけて読んでしまった。そこにはハッキリと”異世界人の魂を糧に育った赤い草があれば叶わぬ願いは無い”と書かれていたのだ。


「お前の血肉となれたなら俺は幸せ……だ……」


 その闇魔道書の最後のページには、重要な条件を満たした赤い草を食べた者だけが、莫大な力と願いを叶える事が出来ると締めくくられていた。


 1番重要な条件、それは”愛”に他ならない。


 たぶん俺はスヴェンに、日本にいた頃の優しい父の面影を重ねていた。顔を皺くちゃにして目を細めて笑う父の笑顔が走馬灯のように思い出される。母は少し料理が下手だったけど明るく可愛いけれど逞しい女性だった。忘れてしまっていた幼い頃の何でもない日々が次々と脳裏を埋め尽くす。


 俺の両親への想いが愛情がスヴェンの願いを叶える。


 だから……。


「俺から……芽吹いた……赤い草を食べろ! そして……願いを……必ず叶えろよ!!」

『……ッ!!』


 涙を流し何か言っている……。


 ハハハ! いつでも余裕そうで偉そうだっだった。スヴェンでも……泣いたりするんだな……。



 けれど、そんなことより……。



 ようやくこの地獄から解放されたんだ! 



 喜びが湧き上がる!



 ボクは、やっと母さんと父さんの居る場所に帰れるんだ!!




 願いは叶った!!!




◇◇◇◇◇



 目が覚め起き上がると頬を涙がつたう。その涙をスヴェンが指先で拭う。いつの間にか帰って来てクロトの隣にいたようだ。


『どうかしましたか?』

「レイジさんの夢を見た」

『どのような夢だったのですか?』

「たぶんだけど、レイジさんが両親の所に帰る。そんな感じの夢だった気がする」

『……あの方も、ようやく安らぐ事が出来たのですね』


 きっとレイジとスヴェンは、あまり会話らしい会話をしなかったのだろう。だからそれぞれの想いに気がつかず、すれ違ってしまった。


 レイジとの別れを体験した今のスヴェンは、クロトを理解しようと必死にもがいている。


『まだ寝ていなさい』

「……あぁ」


 今度こそ大切だと思う相手をなくさないように、そして取り返しのつかない失敗をしない為に……。



 大精霊と王は一心同体、どちらかが欠けては生きていけないのだから。

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