第21話、クロトの決意。そして許す心、


 万能薬と除草剤の事で頭がいっぱいになっていて、この地下に来てから、じっくり見て回る事もしてなかった。


 そしてそれよりも大変な事に気がついてしまった。湖の岸辺に座っていたはずのクロトの姿が消えてしまっているのだ。


 ちなみにリュカは、リーダーの男と見回りに行ってしまっていない。


「よし! 探しに行こう!」


 気合いを入れて立ち上がり歩きだす。辺りをキョロキョロしながら集落を注意深く観察する。結界で守られているから、集落からは出られないはずなので、どこかに潜んでいるのかもしれない。


 歩いてみて驚いたのは、ここは地上と同じくらいの暮らしが営まれている事だ。民家20軒ほどある隣には、小さな商店が立ち並ぶ地域があったり、湖の水を引いて麦や野菜といった作物を育てられているし牛や豚や鶏までいる。自給自足がしっかりなされているのだ。空は無いけど、天井には七色に輝く湖面が見えるから、太陽の光と同じくらい暖かい。だから地下であっても住む事が出来るんだろう。


「なんか思ったより過ごしやすいし地下とは思えないんだけど……」

「そうだろう。そうだろう。ここは地上と何も変わらない」


 小さな僕の呟きに返事が返ってきて、声のする方を振り返ると、日に焼けた健康的な褐色の肌のスキンヘッドのおじさんが白い歯を見せニッと笑んでいた。


「うん。凄いよね。全部、一から貴方たちが作ったんだよね」

「あぁ。そうだ。だから地下でも全く不自由は無い……が、やっぱり故郷には戻りたいって思っちまうんだよなぁ〜」


 スキンヘッドの頭をガリガリかきながら、空に浮かぶ湖面を見上げ目を細める。


「ところで嬢ちゃん。さっきからこの辺を行ったり来たりしてるが何か探し物でもあるのか?」

「あはは……。見られてたんだ。僕たちと一緒にいたクロトって男の人探してるんだよ」


 この地下に来たときに、大勢の人が僕たちを見ていたから知っているといいんだけど。


「人探しか。んー……。そうだなぁ。新しく民家を建ててんだが、もしかしたらソコにいるかもしれねーな。朝から人手を募っていたし……」

「場所はどこ?」

「今いる場所より森に近い所だ」


 骨太のゴツゴツした指で、南の方角を指し示す。


「行ってみるよ!」

「けっこう人が集まってるから、すぐに分かるはずだ」

「ありがと! おじさん」

「おぅ! 見つかるといいな」


 手を振って別れた。おじさんが指差した方角に行くと、次第に賑やかになってきた。



トントンカンカン! トンカントンカンカン!!


 カナヅチの音が響き渡り。


「その長い板はこっちに持ってきてくれ!」

「おぅ! 釘は足りてっか?」

「少し足りない! 持ってきてくれ!!」

「おぅ!」


 指示を出す大声も聞こえる。


 すでに屋根や壁といったものが出来上がっている。そんな感じのもうすぐ完成間近な家の前まで来ると、数十人の人々が忙しなく働いているのが分かった。


「あ。クロトだ」


 作りかけの家の、外壁に塗装を施している最中のようだ。真剣な表情で手際よく作業を進めている。時折、袖で額の汗を拭いながら、ひたすら続ける。


 声をかけるのも忘れてクロトを見つめる。


 塗装が終わると、次は余った木材を1人で肩に担いで倉庫まで運ぶ作業を始めた。それは夕暮れまで続いた。


 一日の仕事が終わると、たぶん現場監督だろう人がやってきて給料をクロトに渡すのが見えた。けれどクロトは給料を現場監督に返してしまう。


 クロトは空を見上げて両手を上げ伸びをする。


 そして帰る為に、こちらに歩き出そうと足を踏み出してから、僕がここにいる事に気がついて少し慌てたように、両手をバタバタさせながら駆け寄ってきた。


「逃げたつもりは無いんだ」

「うん。分かってる」

「探しに来たんだろう?」

「まぁね。でも一生懸命に働いているクロトを見てたら声をかけられなかったんだよね」


 僕のその言葉に、クロトは目を見開いてから深呼吸をする。そして僕と目線を合わせる為に地面に膝をつく。


「聞いて欲しい事があるんだけどさ。いいか?」

「うん。いいよ」

「ありがとう。あのさ。まだほんの少ししか、おまえたちと一緒に過ごしてないけどさ。シン……いや。アレティーシアたちが懸命に、この世界を救おうとしてるのを間近で見てたらさ。役にたちてーって思ったんだ」


 クロトは肩を震わせ、膝においた手を握り締め、僕の目を真剣な表情で正面から見つめる。


「前世でシンとシンの家族を殺してしまった事は謝っても許されるはずは無いし許してくれとも言わない。反省すれば良いって話でもねーからさ。でもさ。こんな俺を助けてくれた恩は返してーんだ」


 クロトの瞳からは、ポロポロと涙がこぼれ落ちていく。


「僕からも聞いていい?」

「あぁ」

「サリアのせいで、とかは言わないの?」

「……そりゃ。最初は、何でこんな目に遭わなきゃいけねーんだ! とか言ってサリアを罵ったりもしたさ。けどさ。決めたのは俺じゃん! サリアの言葉を信じてシンを殺したのも俺がそうすると決めてやった事。この世界にくるって決めたのも俺……。だからさ。全て俺の意志だって気がついたんだ。だからサリアせいで、こうなったとかは言わないし思わないと決めたんだ」

「もしも全てサリアの罪だみたいな事を言うようだったら全力で力の限り引っ叩いていたよ。けどクロトたちは、この世界で僕の想像を超える苦しみに耐えてきた。充分に罰は受けてきたと思うんだ。そして償おうとしてるのも分かった」


 そこまで言ってから、僕は目を瞑り深呼吸をする。


 断罪される緊張の為かクロトが喉を「ゴクリ」と鳴らすのが聞こえた。


 そして……。


「”倉田木シンとして”は、一生許す事は出来ない」


 僕の言葉で、クロトの顔が歪みこわばる。


「けれど、”アレティーシアとして”は、許します。クロトの気持ちは痛い程に伝わってきたし、それに今はもう僕は新しい人生を生きてるからね」


 途端にダムが決壊したかのように、クロトの瞳からは、とめどもなく涙が溢れ出した。


「だから、クロトも新しい生き方を、人生を生きても良いと思うんだ」


 クロトは、とうとう恥も外聞もなく大声を上げ泣き出した。


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