第19話ー3


 目は覚めたけど、体はピクリとも動かす事が出来ない。仕方なく視線だけで辺りを見回す。


 そこは今までに見たことが無い景色が広がっていた。自分が寝転んでいるのは赤い草の上で、目の前には上空へ噴き上がる大量の水、その空には太陽は無く乳白色の水が7色の輝きを放ち浮かんで見える不思議な光景。


 吸い込まれてしまいそうなくらいの美しさがある。


 時間が経つにつれて、次第に手を動かせるようになった。震える手で隣に眠るサリアの冷たい手を握る。


 サリアは、まだ意識が戻って無いようで相変わらずぐったりしている。サリアは気が強くて最後まで反抗的な態度をとっていた。だからラウルとシャイナによって、人の尊厳さえ踏み躙る酷い仕打ちをされていたから、なかなか体力が回復しないのかもしれない。


『おや。お目覚めですか?』


 不意に頭上から声が聞こえて、視線だけで見上げると、そこには白い霧を纏った不気味な人影が俺を見下ろしていた。


『まだ体力は戻らないようですね。貴重な異世界人を半殺しにするなどラウルとシャイナにも困ったものです』

「……助けて……くれたのか?」


 本能が”コレは味方じゃない”と言っている。


 けど……。


 味方じゃないと分かっていても、それでも希望を捨てる事が出来なくて、あえて掠れる声で問いかける。


『ククク。もしそう見えるなら貴方たちは、よほど平和な世界から来たと言う事になりますね』


 そしてその答えはラウルとシャイナと同じように、俺たちを利用して痛めつける側の者だと分かっただけだった。


「あの娘が動いた。そろそろ動く準備を整えろ」

『はい。我が王』

「手始めに、コイツらを娘にぶつける」

『ククク。この者たちは倉田木シンと因縁があります。ならばあの娘の精神を貶め魔神に堕とす事も出来ますね』

「あぁ。魔神の強大な力があれば、このどうしようも無い世界を全て破壊出来る」


 更に声が増えた。王と呼ばれた人は髪の毛は真っ白で血のように赤い目をしている。王は俺の前まで来ると、赤い草の上に膝をつき俺の顎を持ち上げる。


「この赤い草を食べろ。死にたく無けれは従え」

『赤い草は正気を失う代わりに身体的能力が全てにおいて向上し魔力が上がるのです。貴方にとっても良い事なのですよ』

「ただ問題は、赤い草は食べる事で命を力に変換してるだけだからな。長くは生きられん」

『せいぜい生きているうちに役にたって頂かなくてはいけませんね』


 ——絶望が再び俺たちに襲いかかる——


 周囲に生えている赤い草を、ブチブチ引きちぎり俺の口に無理矢理押し込んできた。


 ——希望はもう無いのかもしれない——


 最初はあまりの不味さに吐き戻してしまった。


 ——サリアと2人で幸せになりたかった——


 けど毎日、朝昼晩と食べさせられるうちに、何も考えられなくなって感情もなくなって痛みすら感じなくなっていった。サリアも俺と一緒に一日中、赤い草を食べ続けた。


「……クロト……巻き込んで……ごめん……許して……ね……」


 意識が朦朧とする中、サリアが涙をポロポロ零し俺の手を握りしめて謝った。


 いつでも強気で何があってもめげない。そんな強いサリアが泣いている。



 俺を想い泣いている……。




 意識を保つ事が出来なくなっていく……。



◇◇◇◇◇



「次に意識がはっきりしたのは、お前たちに命を救ってもらった時だった」


 クロトは拳を握りしめて、震えながら最後まで話してくれた。思ったよりも壮絶過ぎるサリアとクロトの経験に、僕もリュカも黙りこんでしまう。



「あまり情報らしい情報じゃなくてわりぃな……」

「そんな事ない! 凄く重要な情報だよ! ね! リュカ?」

「あぁ。アレティーシアを魔神に仕立て上げ世界を破壊を企んでいる事。そして赤い草の効能。更に1番重要なのは白の王の正体だ」

「昔語りで聞いた特徴と全く同じだよ!」

「どうやって万年の時を生きてきたのかは分からないがレイジが白の王で間違いないだろうな」

「うん! でもリュカのお父さんに繋がる情報は無かったね……」


 僕がガックリ肩を落とすと、リュカが頭をクシャリと撫でる。


「まぁ。まだ白の大陸に来たばかりだから、もう少し調べてみようと思う」

「僕も手伝うよ!」


 フンス! と、気合を入れる。



「それって、もしかして金の髪に金の瞳のがっしり体型の男のことじゃねぇか?」


 クロトの声に、リュカが反応してクロトの前に膝をつく。


「知っているのか?」

「お前に凄く似てるから多分間違いないぜ。他にも各地で攫ってきた奴隷たちを、赤い草を育てる為にここで働かせてるって言ってた。でさその赤い草の畑ってのかな? そこで見かけたんだ」

「案内は出来るか?」


 リュカの質問にクロトは「う〜ん……。場所は分かっけど……」と悩んだ後。


「出来たら兵隊がいた方が良いと思う。赤い草で強化された人がめっちゃ沢山いるんだ」

「そうか……分かった。今は調査だけにしよう」

「そうだね」


 青の大陸で遭遇した商人みたいなのが沢山いるとなると、確かに皆んなと合流してから救出に向かった方が良さそうだよね。


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