第19話、罪の成れの果て
リュカが、素早く僕を庇うように前に出ると、カバンから剣を取り出して構える。
今まで眠っていた天音も異変を感じ、僕の胸元から飛び出して、サリアに向かって全身の毛を逆立て警戒をする。
そんな僕たちの様子を、口元に笑みを浮かべサリアは、赤いドレスをひるがえし、つば広の赤い帽子を被り、ヒールの高い赤い靴でステップを踏むように踊るように、楽しげにヒラヒラ蝶のように舞い踊る。
「ふふふ! シンあんたを、あの方の元に連れて行けば、あたしを王にしてくれるんですって!!」
完全に『あの方』に、僕が”倉田木シン”だと言うのを知られている。あの方が何者なのかは分からないけど悪い予感しかしない。
そしてサリア1人で、ここには来るはずはないとも思う。
「……君の彼氏、クロトはどうしたの?」
「あいつなら、ほら! あそこにいるわ!」
サリアの細っそりとした人差し指が示す方を見ると、1人の男が地面に膝をつき、両手で赤い草を引きちぎり、次々と口に運び貪るように食べている姿があった。髪の毛は伸びて真っ白に変わり、瞳は血のように赤く、言われなければクロトだと気がつかない。
ブチブチブチ! シャクシャクシャク!!
僕たちを気にする事なく、赤い草を両手で引きちぎり口いっぱい頬張りひたすら食べ続ける。
サリアは、いつ何処から取り出したのか分からないけど手にナイフを持って、オマケに鼻歌を歌いながら踊り続ける。2人とも様子がおかしい。
と言うか、そもそもこの2人は、ラウルとシャイナの拷問で死んでたはずだ。
「ふふふ……。不思議そうな顔ね! 少しだけ秘密を教えてあげるわ! この赤い草は奴隷たちに作らせているんですって! でね奴隷たちは赤い草を食べて生きてるそうよ! クロトを見てご覧なさい! あんな感じになるの! コレを食べると力がみなぎって何でも出来るのよ! もちろん! あたしも食べたわ! 見て! 傷も治るし、命も蘇る素晴らしい草なの! うふふ! あはは!!」
確かに傷は塞がっているように見える。けれどよく見ると、細く赤い糸がサリアとクロトの身体中に張り付くようにして巻きついている。
「うふふ! それにしても、いい匂いがするわね!」
「うん……いいにおい」
サリアとクロトは、僕を見つめヨダレを垂らし舌舐めずりをしながら、サリアは踊りながら、クロトはヨロヨロと、おぼつかない足取りで僕の方に近づいてくる。
「クロト見て、シンの魂を持ってるあの子、美味しそうよねぇ!」
「ほ……本当。いい匂いするし食べていいかな?」
「あはは! いいんじゃない!」
「ヒヒヒ! じゃあ……食べる!」
さっきは、あの方の元に連れ帰るって言っていたのに、今は僕の事が食べ物に見えてるっぽい。支離死滅すぎる。
「リュカ、天音、この2人正気じゃないかもしれない。なんていうか……以前と話し方も微妙に違うし変なんだよ」
「あぁ。話を聞いていたが、途中から全く会話になってない」
「シャァー!!」
じわじわと2人が、僕たちの方に近づいてくる。
「リュカ、剣貸して! 天音は爪を出して!」
「分かった」
「にゃ!」
僕の言葉を疑う事なく、リュカは剣を、天音は爪を出してみせる。
万能薬は赤い糸を消す事が出来る。だからサリアとクロトを退けられるほどの、強い万能薬を作り出して剣と爪に塗ればいい。
万能薬を脳内で思い浮かべる。
そして両手を剣と爪に向けて『万能薬』と描く。両手から光が放たれ、剣と爪に吸い込まれ次第に光がおさまる。
「赤い糸は万能薬に弱いから役に立つと思う!」
「ありがとうタキ」
「にゃにゃ!」
敵が、サリアとクロトを使って精神的に揺さぶってきてるのは分かる。けれど、あの方が思うより僕は弱くないつもりだ。
前世の”倉田木シン”としての全てをサリアとクロトに奪われ、この世界に来たばかりの”俺”は確かに衝撃と混乱があった、そして異世界に来て2人に初めて再会した時は、戸惑って悲しんで憎んで恐怖して何も出来なかった。
けど今は色々見てきたし、家族や友人たち心強い仲間たちが、僕のすぐ側にいてくれ支えてくれてるのが分かってる。
僕たちが帰って来るのを待っていてくれる。
だから……。
「僕も戦う。剣を貸して欲しい」
リュカを見上げて、はっきりと”前世のしがらみを断つ”決意をした。
「……分かった。だが無理はするなよ」
「うん!」
カバンから細身の剣を出して渡してくれた。たぶん凄くいい剣なんだろう。受け取った剣は羽のように軽く、鞘と柄には細かな細工がしてある。その剣に先程の万能薬を吸い込ませ構える。
「オレはクロトを、タキと天音はサリアを頼む」
「うん!」
「にゃん!」
サリアもクロトも動きは緩慢だから、僕でも大丈夫だと思う。
「いくよ! 天音!!」
「フシャァ!!」
僕がサリアに向かって走り出すと、サリアも僕に向かって走ってきた。
「あたしたちはさ! 2人で、ただ普通に幸せになりたかっただけよ!」
髪の毛を振り乱し、涙を流しヨダレも垂らして向かって来る。けどサリアの足は少しずつ走る速度を緩め、遂には立ち止まってしまった。
「利用される為に、こんな世界に来たわけじゃない!」
そして僕に向かって両手を広げ目を瞑る。
「教えてあげる。実はさ……あんたの憎しみの剣が、あたしを貫いた瞬間、術が発動してッ!? グッ……お……前は!!」
白い霧を纏った禍々しい人影がサリアの背後に現れたかと思うと、手に持った鋭い銀剣でその胸を貫いた。
『興醒めですね。ただの道具の分際で、余計な事は言わないで頂きたい』
「あたしもクロトも、お前たちの道具じゃないんだよ!」
『貴女方のような偽物など所詮ただの道具にすぎません。にもかかわらず道具の役割すら果たせないなど屑以下でしかない』
「……」
サリアの表情は悲しみに歪み涙が溢れ落ちていく。そして焦点の合わない虚な目で、ヨロヨロと僕の所まで来ると、僕の構える剣を素早い動作で奪い自らの心臓を刺し貫く。
「ふふふ。コレで術は発動しないわよね! シン貴方と過ごした時間、悪くは無かっ……」
ザシュ!!
『消えろ!!』
首を撥ねられたサリアの体は赤い草の上に音も無く倒れて、まるで赤い霧のように空気に溶けて消えていった。
最後の最後で、サリアは正気を取り戻した。
そして”俺と過ごした日々を悪くない”と、感じてくれていた。たったそれだけの言葉で”俺”の心は、ほんの少しだけ救われた気がした。
『そちらの役立たずは好きにしてください……』
リュカに薙ぎ倒され転がってさえも、赤い草を食べ続ける。その様子を見た白い霧の人影は、冷たく言い放ち空気に溶け込むように消えていった。
“俺”を殺した張本人であるクロト。許せるはずもない。けれど……。
サリアは言った。クロトと2人で、幸せになりたかっただけだと……。手段は間違っていたけど”幸せになりたい”と言う気持ちだけは本当だったんだと思う。
「リュカ、この人は罰は充分すぎるほど受けたよね……」
「あぁ……」
「僕をは甘いのかなぁ……」
万能薬でクロトの身体全体を包み込んで、更に万能薬をゆっくりと飲ませていく。コクリと喉が動き体内に入って行くのが分かった。
「いや。回復してからもクロトには苦しみが続くだろう」
クロトが目を覚ましたら恋人のサリアはいないし、この世界の決まりだと、もしかすると奴隷落ちの未来しか無いのかもしれない。
「うん……そうだね……」
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