第17話ー2

 港街サリュを出発してから4日間、何事も無く順調に船は白の大陸へと進み続けている。



 5日目の深夜に異変は起きた。


 船室の二階建てベッドの下段で寝ていると、部屋の外の騒がしさで僕は起き上がり目を擦りながら裸足で床に降りてドアを少しだけ開ける。


 廊下をドタバタ走り回る靴音と「おい! こら待て!!」と怒鳴る大きな声。あまりの騒々しさに、リュカも目を覚まして二階建てベッドの上段から飛び降りる。


「何かあったのかな」

「様子を見に行ってくる」

「僕も行く」


 部屋を出て行こうとしたリュカの服の裾を思わず掴む。


「分かった。オレから離れるなよ」

「うん」


 ドアを開け怒鳴り声が響く方へ速足で向かう。甲板に出ると船長以外の4人の男性が揃っている。そして船の先端の中央に追い詰められ、うずくまって頭を抱えている白髪混じりのお婆さんが見えた。


「何があった?」

「いつの間にか、この婆さんが船に乗り込んでいたようなんです」


 リュカが警戒を滲ませ、その人物に近づく。


「ヒィィ! あたしゃ間違えて乗っちまっただけだよ! あやしいもんじゃねぇ。ただの商人だ。本当だよ! だから見逃しておくれよ!」


 両手をバタバタさせて、お婆さんはこの場を切り抜けようと色々な言葉で弁解している。が、その右手首には赤く細い腕輪がはまっているのに気づく。


「お前は白の大陸の関係者だな?」


 リュカが問うと、お婆さんはピタリと動きを止めて口元を歪めて、僕の方へゆらりと歩き出す。


「バレちゃ仕方ないねぇ。ならばそいつを奪うまで!」


 お婆さんは、懐から細く長い針のような物を出し今までの、ゆっくりとした動きが嘘のように、素早く僕に向かって走り出す。


「ヒッヒッヒっ! そいつを捕まえれば、あの方は大層お喜びになるだろうねぇ!!」


ガキィ!!


 けれどリュカの動きの方が早く、僕の目の前でお婆さんの針を弾き飛ばし、一瞬のうちにお婆さんの後ろに回り込んで両手を掴み拘束する。


「兄さん凄いな!」

「俺らじゃ。追いつけもしなかったからな」

「うん! うん!!」


 取り囲んでいた船員たちが、お婆さんを捕えられた事を手を叩いて喜ぶ。


「捕まっちまったなぁ」

「情報を吐けば命は取らない。知っている事を話せ」

「ヒッヒッヒっ! そんなもん話すわけなかろ!」


ガリッ!!


「グフッ……」


 お婆さんは、ニィィと笑みを浮かべ息絶えた。


「クソ……。奥歯に毒を仕込んでたか……」


 リュカが手を離すと、お婆さんは床に倒れ込んで動かなくなった。


「……」


 僕も含めた全員が静まりかえる中、リュカはお婆さんの遺体を、ロープで縛ってから布で包んで、更にもう一度、布の上からロープで縛る。


 白の大陸が絡んでいる可能性があるとなれば、遺体すら利用される恐れがあるからだ。死んでまで利用され続けるサリアたちが、ゾンビのようになっていたのを思い出す。


「自害されたのは痛いが、一つだけ重要な情報が得られたな」

「何?」

「あの方と呼ばれる者は、タキが生きた状態で捕らえたい言う事だ」

「そっか。でもやっぱり目的が分からないよ」

「あぁ……」


 目的は分からなくても、僕を何かの道具にしようとしているんだと言うのだけは分かってしまう……。




 -----


白の大陸の最深部、大精霊の滝の前に1人の男が佇んでいる。


 湖の回りは赤い植物が生い茂り、赤い蔦が這い回り、赤い糸が滝にまで伸び水面で揺れる。


「上手くいかないものだな……」


 青の大陸に、密かに伸ばした赤い糸による道標は消されてしまい失敗に終わった。


 白の大陸に数百年前に、突然現れた赤い植物の蔦は長く伸びるにつれ糸となり、なんと大陸と大陸の間を地下から行き来が出来る道標に出来ることが分かった。


「せっかく時間をかけて道を伸ばしたんだがな」


 平和ボケエルフ共の住む、青の大陸に紛れ込むのは容易く、そして人々を観察するのは悪くなかった。


「赤い葉にエルフの意識を堕とす効果があるのも面白かったな。獣人には効きが悪かったが耐性でもあったのか?」


 しゃがみ込んで、足元の赤い葉を指で摘んでクルクル回す。


 ゆくゆくは全ての大陸を、赤い糸で結んで引っ掻き回してやろうと思っていた。


 まぁ……大陸同士は地下深くで湖によって繋がっているから、泳いで渡る事は不可能ではないが、道標が無ければ他の大陸に辿り着くことは出来ない。


「何故だか船や物は、この湖は沈んでしまう。生き物だけが浮かんだり潜ったり出来る。未だに意味が分からないな……」


 立ち上がり湖まで近づき、再びしゃがみ込んで両手で水を掬う。指の間からポタポタと雫が落ちていく。


 俺もスヴェンも、過去に大陸から抜け出そうと何度も試したが、そもそも糸が無ければ、結界に似た見えない壁のようなものが邪魔をして大陸から出る事も出来なかった。


「結局、俺たちに自由など無い訳だな……」


 考え事をしていると、白い霧を纏ったスヴェンが静かに滲むように目の前に現れた。


『我が王よ。報告があります。あの娘の乗る船に潜り込ませていた商人の女が自害しました』


 真の双子神子の少女が、こちらに向かって来ると言うので、少し前から動向を探らせていたが気がつかれたようだ。


「ふぅん……。なかなかに感の鋭い者がいるな」


 スヴェンが指を鳴らし、アイテムボックスからテーブルセットを呼び出したのを見て立ち上がる。そして椅子に深く座り、テーブルの上のワイングラスを手に取り、赤い液体をゆるゆると飲む。


『あと半日もすれば、この白の大陸に上陸すると思われます』

「双子神子の準備の方はどうなっている?」

『もう準備は整えてあります』

「偽りの双子神子だとしても役に立ちそうだな。前世とやらで因縁がある者たちを娘にぶつける。そして心を失った所を捕縛する」


 仄暗い笑みを浮かべる王の後ろで、大精霊スヴェンもまた妖しく微笑む。

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