第6話ー4

「おい! お前たち、ここが魔族領と分かっていて入ったのか? それとも迷い込んだのか?」


 氷にもたれかかる様にして水を飲んでいると、空から大きな声が響きわたる。見上げると、逆光で影の様にしか見えないけど、翼のある人間が僕たちを見下ろしていた。


「オレはリュカデリク・ミュルアーク。人を探してる。魔王はいるか?」

「ミュルアークの王子か。案内する。ついて来い」

「タキ行くぞ」


 魔族領と聞いて、僕はビビって思わず氷の陰に隠れたけど、リュカデリクが立ち上がって名乗ると、魔王のところまで案内してくれることになった。んだけど魔王か……なんか恐ろしいイメージしか無いから、出来る事なら会いたくないなぁ……。などと考えながら一歩を踏み出すと、砂漠だった景色が一変した。暑さも一気に和らいだのが分かるほどだ。天音にとっては、見るもの全てが初めてだから、どんな事にも興味津々で辺りをキョロキョロしたり匂いを嗅いだりマイペースだ。


「わ! 変わった!!」

「下界の者たちが、迷い込んだりしないための結界だ」


 あまりの変化にポカンと口を開けて驚いていると、案内人が教えてくれた。


「結界! 凄!!」


 目の前に広がる、この場所はまるで小さな村だ。湖があって木々が生い茂り気温もちょうどいい。山の中の、オアシスみたいな感じなのかもしれない。案内人の後ろをついて奥に行くにつれて、所々に木造の家が建っているし、翼や角がある人間や、耳の長いエルフや、背が低くてどっしりしたドワーフまでいる。その中でも、もふもふな耳や尻尾を持った獣人に惹かれてしまう。見た目がとんでもなく可愛いのだ。とは言っても、うちの子が一番なので天音が最強に可愛いし癒しだと思っている。今も草むらで蝶を追い掛け回している。


 村の一番の奥の突き当りの袋小路に辿り着くと、案内人がその行き止まりの壁に向かい手をかざす。すると複雑な模様、文字かもしれないけど紫色の魔方陣が浮かび上がると同時に、目の前には黒い石造りの城が現れた。壁面には茨の蔦が這ってるし、名前も分からない毒々しい紫の花も咲いている。まさに魔王城って雰囲気が漂っている。夜この城を見たならドラキュラ城をだと思ってしまうだろう。


 案内人が城の重厚な扉を開ける。扉には細やかな彫刻が施されてるんだけど、蝙蝠だったり蛇だったりするから、ちょっと不気味かもしれない。


「入れ」


 天音を抱き上げ扉をくぐる。内部もやっぱりと言うか、想像通り壁も床も黒いツヤツヤした石造りで、一定間隔に、松明の炎が揺らめき仄かに室内を照らしている。暗くは無いけど、空気が重く感じられ緊張感が増す。


「待っておったぞ!」


 入って直ぐの緩くカーブした階段の上から大きな声が響きわたる。何というか、城全体に木霊してるんじゃないかと思うくらいの大音量だ。


「妾が魔王ルルカじゃ!」


 2階の手摺りから、ふわりと飛び降り長くキラキラ輝く白い髪の毛を躍らせながら、目の前に降り立つ。僕を見つめる赤い目は好奇心にあふれギラギラしていて、ちょっと怖い気がする。背中にはグレーの大きな翼、頭の左側だけにある銀色の角は、まさに魔王と言う感じがする。


「お前の事はずっと見ておった」

「見てた?」


 僕を守る為にリュカが、魔王の前に立つが片手で難なく押しのける。


「リュカデリクは大人しくしておれ。妾はアレティーシアに用がある」

「危害は加えるなよ」

「五月蠅いのぉ。分かっておるわ」


 リュカを手で追い払うようにしてから近づき、ニカッと八重歯を覗かせ笑う。


「妾はお前がここに来るのを知っておった。そしてずっと待っておったのじゃ」

「え! どういう事?」

「ふふん! 分かっておらんようじゃな。妾は魔王じゃからな。現在過去未来全てを見透せるのじゃ」

「もしかしてルシェリア様と同じ力を持ってるとか?」

「ふん! そんな薄らぼんやりしたものではないわ。ほれ! お前の前世で何と言うたかの? でぃーぶいでぃじゃったか? そのくらい鮮明に見えるのじゃ」

「って! まさか倉田木シンだった時の【俺】の事もしってる?」

「ふふん! もちろんじゃ! どうだ凄いじゃろ! 凄いじゃろ!!」


 身長は今の僕アレティーシアと変わらないのに、ドヤ顔で仁王立ちしているからなのか存在感があって大きく見える。黒色のドレスは、腰のあたりまでスリットが入ってるので際どい。とりあえず仁王立ちは止めた方が良いと思うんだけどさ。魔王っていうだけで怖くて言えない。


「めちゃくちゃ凄いかも!」

「ふふん! もっと褒めるがいい! あと妾の事はルルカと呼ぶがいい」


 DVDまで知ってるなら、ルルカのいう事は本当なのだろう。この世界には無いものだからさ。


「それで僕を待ってたって、一体どういう事?」

「知りたければ妾も旅に同行させるのじゃ」

「リュカ、どうしよう?」


 僕だけで決めるわけにはいかないから、リュカに聞こうとすると、ルルカに顔を両手で挟み込むように固定されて身動きが取れなくなる。


「妾はお前に聞いてるのじゃ! リュカデリクはどうでもよい」


 横目でリュカを見ると、溜息をつきながら頷いている。


「分かった。一緒に行こう」

「よし! では今から行くのじゃ!」


 ルルカが僕の肩をポン! と軽く叩いてから歩き出す、外へ出て振り返ると、もう城は消えて元の袋小路に戻っていた。


「これも結界?」

「妾を狙う輩もおるし、こやつらを守らねばならんからの」


 目の前に広がる小さな村を、魔王とは思えないほどの優しい表情で見つめる。きっとここはルルカの大切な場所で宝物なんだろう。その証拠に、天音も安全だと分かっているようで、僕の腕の中でスヤスヤ眠ってしまっている。


「魔王様、お出かけですか?」

「ふふん! お出かけじゃ! 妾の運命の相手が来たからの」

「魔王様が言っていた通りの可愛らしいお方ですね」

「そうじゃろ! そうじゃろ!」


 歩き出すと村の住民が話しかけてきた。狐の耳と尻尾の生えて爽やかな笑顔の感じのいい青年だ。


「あとの事はバティストに任せてあるからの。もしもの時は奴を頼るのじゃ」

「分かりました。行ってらっしゃいませ」

「じゃあ留守は頼んだのじゃ」

「はいっ!!」


 爽やか青年の腕をポンポンと叩いてから歩き出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る