第5話ー3

 深夜、トイレに行きたくなって目が覚めてしまった。カーテンの隙間から漏れる月明かりが細く差し込んでいて明るい。これなら転んだりすることもなさそう。ゆっくり起き上がり目を擦りながら、ベッドから抜け出し自室を出る。廊下へ出るとロウソクの炎が揺らめき思ったより周りがよく見える。多分こんな真夜中に起きてるのは見回りの兵士くらいだと思う。



「はぁ……やっぱ夜のトイレは暗すぎる」


 トイレの中はロウソクの数も、少なくしてあるのでボンヤリとしか見えない。手を洗ってトイレから出ようとした時、聞き覚えのある声が廊下から響いてきた。なんで此処にいるのか分からないけど、様子を伺うため気づかれないようにトイレの扉を盾にして息をひそめる。


「あはは! 馬鹿正直に魔族退治なんて行くわけないじゃん」

「そう! そう! そんな事より金銀財宝奪って日本に帰る方が良いわ!」


 もしかして、この2人は忍び込んだのか?


「クロトは良いけど、あたしは魔導士の証だったみたいだからマズいのよ」

「俺だって剣なんて使った事ねぇよ! けどマジな話、魔法使えねぇ魔導士とかありえねーもんな」

「だからさっさと帰るのよ!」

「美人なメイドさんに、かしずかれんのは良かったけど、そろそろ帰りてぇかも」


 2人は扉を一つずつ開けては、部屋を物色しながら奥へと進んでいく。見失わないようにトイレから出ようと動いたら、扉のドアノブに服をひっかけ 「ガタン!」 と音を立ててしまった。


「びっくりした~! 子供かよ」

「シッ! クロトは黙ってて、あたしが何とかするから」

「へいへい」


 この2人、元々の声が大きいせいで内緒話も丸聞えだ。


「あたしたちは双子神子なの。ここに滞在中だからよろしくね」


 今まで部屋を、物色していたとは思えないほどの態度と優しい笑顔を浮かべ、僕に手を差し出してきた。サリアの二面性を知らずにいたなら、握手をしたかもしれないけど今は……


 パシンッ!!


 差し出された手を振り払って、サリアたちから目を離すことなく警戒する。


「もしかして、あたしたちの話聞いちゃった?」


 優しげだった笑顔が、ニタリと歪み醜悪な笑みへと変わっていく。そして豊満な胸の谷間から、ナイフを取り出し鞘を放り捨て僕の方に近づいて来る。


「馬鹿な子供ね」


 ナイフが振り下ろされる。


『壁』


 ガキン!


「ふぅ~ん……一丁前に魔法使うんだ。クロトこれ壊して!」

「へいへい。そらよ!」


 腰に下げていた鞘から、剣を抜くのが壁の隙間から見えて、もう一度『壁』で補強する。念のために左右も『壁』で防御しておく。


 ガスン! ガスンッ!!


 剣を壁に叩きつける音が響く。こんな大きな音と声を出してるのに、兵士が一人も来ないことに気が付く。


「見回りの兵士がいたのに何で!?」

「そんなのは眠り粉で、みんなお休み中よ。本当は魔族を眠らせる為のものだったみたいだけどね」


 助けなんか来ないって事じゃんか! まさかの状況に焦りと不安がおしよせる。


「後ろがガラ空きだぜ!!」


 いつの間にか、後ろに回り込まれ剣が振り下ろされ、思わず目を閉じてしまう。同時に上から風と共に何かが舞い降りた。


「シャャーーー!!」


 ドカッ!


「ぐっ! いってぇ! なんだこいつ!!」


 恐る恐る目を開けると、むーちゃんがクロトに体当たりで剣を弾き飛ばして、僕を守るように翼を広げ2人を威嚇していた。


「むーちゃん。ありがと!!」

「にぁ~ん!!」


 剣を弾かれたクロトは、腕を押さえながら少しだけ後ずさる。その時、ふと思った今なら本人の口から真実が聞けるかもしれないと……。


「あんたたち倉田木シン知ってる?」

「ふぅ~ん。シンの家があったから、もしかしてって思ったら、やっぱこの世界に居るのね」

「なんで殺した?」

「あはは! そんな事まで知ってんの? シンこんな子供にまで喋るとか馬鹿じゃない?」

「だよな! という訳で、今からお前を一撃で殺してやるよ」


 剣を拾い上げ再びクロトが切りかかってくる。むーちゃんも応戦しようと、牙を剥きだし右前足を振り下ろそうとした瞬間。


「そこまでだ! 捕縛しろ!!」

「キャァ!!」

「グハッ!!」


「タキ。もう大丈夫だ」


 戦闘経験の差なのか、アッと言う間に数十人の兵士に囲まれ、2人とも黒いワイヤーのようなものでグルグル巻きにされた。


「タキって、あんたまさか? ぐふぅ……」


 更に、猿轡まで噛まされ言葉は途中で途切れ、サリアが僕を怨念のこもったギラギラした目で睨んでいる。


「連れていけ」

「はい!」


 兵士たちが去っていくと、廊下にはリュカと2人だけになった。


「怪我はないか?」

「うん」

「部屋まで送って行こう」


 フワっと抱き上げ歩き出す。いつもと違い、初めてのお姫様抱っこだ。危険も去って安心したからなのか、この体勢はなんか照れる。


「ありがと」

「気にするな」


 部屋に着くと僕をベッドに寝かせてくれた。出て行こうとするリュカの服の裾を、無意識のうちに握り締めてしまっていた。その手をリュカが握ってベッドに腰かける。


「タキが眠るまで、ここにいる」


 頭を優しく撫でてくれるのを、感じながら眠りに落ちていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る