第5話ー2

「まずは、アレティーシア様のお部屋にまいりましょう」


 カリンさんの後をついて行きながら、窓の外に気になるものを見つけた。


「カリンさん。あそこの片隅の小さな建物は何があるの?」

「裏庭で猫を飼っているのですよ。とても可愛い子たちですよ」

「猫いるの?」

「沢山いますよ。特に素敵な子は翼もあってかっこいいのです」

「え? 翼あるの?」

「とても珍しい魔物なのですけど大昔に迷い込んで以来、ずっと住み着いてるのです」

「見に行きたいけど良い?」

「はい。ではお着替えをしてから行きましょうか」

「わぁ! ありがと楽しみ~!」


 使うのは明日の朝までのはずなのに、僕の為に用意された部屋は、どう考えても女の子が暮らせるようにと作ったと分かるものばかりだ。レース付きの薄いピンク色の花柄のカーテンに、ふかふか絨毯も同じ色で、家具だけじゃなく室内全体が同系色で、衣装もピンクや赤が多い。


「可愛い部屋だね」

「奥様が、アレティーシア様にと気合いを入れて考えてましたからね」

「もしかして知ってるの?」


 この城に入ってから、女の子として接してくる周りの反応から何となくは気が付いていたけど、僕とリュカの出会いとか関係まで知られてるのだろうか? 


「リュカデリク様がアレティーシア様に、愛の告白をして婚約を考えている事でしたら、城の全員が聞いて知ってますよ」

「なぇ!?」


 思わず変な声が出たよ。コレって外堀から埋める作戦なんじゃ……。カリンさんは僕の様子を見てニコニコ顔だしどうしたものかな? リュカの事は嫌いではないし、隣にいてくれると安心感もあるけど、恋愛……恋愛かぁ~……。

 グルグルそんなことを考えているうちに、手際のいいカリンさんの手によって、埃だらけの冒険者風の服装から、ピンクのシンプルなドレスに着替えさせられていた。


「御髪を整えるので術を解いてくださいませ」


 言われたとおりにすると、優しい手つきで長い髪の毛をスルスルとかし、右側の髪の毛を少し摘まんでピンクのリボンで縛って完成したようだ。


「それでは猫たちに会いに行きましょう」

「うん!」


 広い城の廊下をのんびり歩き、中庭へ出て北側へ進んで、更に執事やメイドが暮らしている建物の先が裏庭になっている。奥まった少し日影が多い場所だけど、日向もあるし芝生も青々として、植木も綺麗に剪定されているので素晴らしい庭だと思う。

 

 そして庭のあちらこちらには、猫たちが自由に昼寝をしていたり、飛び跳ねるようにじゃれて遊んでいる。


「本当に沢山いる!」

「57匹いますよ。それぞれにちゃんと名前もあるんです」

「可愛がってるんだね」

「えぇ。特に奥様が猫がお好きなので、公務の無い日は1日に何度もいらっしゃいます」

「そうなんだ。あ! 触ってもいい?」

「もちろんです。ぜひ遊んであげてくださいませ」


 カリンさんが、ポケットから紐付きのネズミのおもちゃを出して僕に渡してくれた。紐を持って振り回すと、すぐに3匹の茶色い猫たちが飛びついてきた。


「可愛すぎる!」


 昨日までの、胸の中のもやもやまで取り去って癒してくれる気がする。


 夢中で猫たちと戯れていると背後から、やけに強めに体を押し付けてくる猫がいて振り返ってみると、まるで蝙蝠のような翼の生えた黒豹が喉をゴロゴロ鳴らしながら擦り寄って来ていた。体は僕と変わらないくらい大きくて、艶やかな黒い毛並みに、目の色が金色なのが綺麗でかっこいい。


「私たちは、むーちゃんと呼んでます」

「可愛い名前。むーちゃんよろしく」

「なぁ~ん!」


 姿はまさに黒豹って感じなのに、鳴き声はしっかり猫だった。


 途中、カリンさんが持ってきてくれたサンドウィッチを食べて、暖かい日差しの中、むーちゃんと沢山の猫たちに囲まれ昼寝までしてしまった。


 夕食前に久しぶりにお風呂にも入れた。湯船が広いので、体を伸ばしまくっても泳いでも余裕だったし、カリンさんが髪の毛を洗ってくれたから大満足だった。

 お風呂から出ると、夕食の為のドレスを着ることになったんだけど、下着やら何だかよく分からないものを重ね着することになったので暑いし苦しい。ドレスはやっぱりピンク色だった。花柄で腰に赤いリボンが付いている。


 待ちにまった夕食は大好きな肉料理だ。しかも分厚いステーキなので見た時は嬉しかった。最近、干し肉と乾パンばかりだったから、焼き立てのパンと肉は涎まで出そうなほどだったんだ。

 けれど、マナーだとかで静かすぎる食堂で食べることになったので冷や汗しか出なかった。リュカも無言だし、せっかくの肉も味が分からなかった。


 食べ終えて食堂を出ると溜息が漏れてしまった。


「緊張したか?」

「うん。静かに食べるのって難しい。やっぱり僕は喋りながら楽しく食べたいかも」


 慣れないから何度かフォークを落としたし、肉を切るときギコギコとナイフで音を立ててしまった。


「明日の朝は、部屋に食事を持ってきてもらおう。マナーを気にせず食べるといい」

「ありがと!」

「あと母上も一緒に食べたいと言っているのだが誘っても良いか?」

「うん! 良いよ」

「ありがとう。アレティーシアに会いたいと言っていたから喜ぶ」

「じゃ。オレは公務があるから行く。おやすみタキ」

「仕事頑張って!おやすみリュカ」


 手をヒラヒラさせてリュカを見送った。




 部屋に入ると、まずは窮屈なドレスをカリンさんに手伝ってもらって脱いで、楽な白いワンピース型の寝間着に着替えてベッドに大の字に転がる。ようやく緊張がとけたような気がする。


「アレティーシア様おやすみなさいませ」


 カリンさんが洗濯物を手に持ち、部屋から出て行って一人きりになった。


「あっ! 母さんに手紙書こう」


 起き上がって、ベッドサイドの小さな机に置いてある羊皮紙と羽ペンを使って、ミュルアークに無事着いた事と道中であった様々な出来事を細かく書いて手紙が出来上がった。


『鴉』

「母さんによろしく」

「カァ!」


 呼び出された鴉は手紙を咥えると、窓から夜の闇に溶け込むようにして飛び立っていった。


「明日は山登り。兄さんいるといいなぁ……」


 ふかふかベッドに横になると疲れもあって、すぐに眠りに落ちた。




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