第3話ー2

 1階にある食堂の前まで来ると、賑やかな雰囲気と食欲をそそる匂いがしてくる。リュカデリクは俺を、待合室の革張りの椅子に座らせ、受付に注文に行ってしまった。騒めきに紛れ、気になる話題が耳に入ってくる。


「双子神子の召喚成功したんだって?」

「本当なのかソレ?」

「みたいだぜ! クロト様は勇者の証、サリア様は聖女の証が、それぞれの胸に現れたって聞いた」

「でもなぁ。あの国がってのが胡散臭いんだよな」

「確かにな。ミュルアークの王を殺したんじゃないか? って噂もあるらしいぜ」

「ワシは、奴らがフィラシャーリ王国にも手を出してると聞いたぞ」

「初めて聞いたよ。そんな話! ヤバい事にならんといいけどな」


 クロトは多分、俺を殺した男の名前だろう。そしてサリアは、間違いなく俺の彼女だったはずの人の名前。愛してるから結婚しようとまで言ってくれたサリアに、目的も理由も分からないまま裏切られた。


 胸の中がモヤモヤして、何とも言えない感情が溢れだしてしまいそうだ。


「おい! 行くぞ」


 ポンッと、肩を優しく叩かれてハッと我に返る。


 そして再び俺を抱っこして食堂から出て、階段を二段飛ばしで3階まで駆けあがって、部屋に入るとベッドの上に座らせてくれた。


「メシは?」

「ここに届けてくれるように頼んだ」

「そっか」


 母さんから、俺の事を聞いているって言っていたから、気を使ってるのかもしれない。確かに、食堂にいたなら周りの会話が気になって、食事どころではなくなりそうだ。


コンコンコン!


「開いてる」

「昼食をお持ちしました。ゆっくりお召し上がりください」


 メイド服を着た2人の女性が、食事が乗ったトレーを手にお辞儀をしながら入ってきた。中央の丸テーブルの上にトレーごと置くと、再びお辞儀をして静かに部屋から出ていく。


 リュカデリクは丸テーブルを持ち上げベッドにいる俺の目の前まで待ってきて、向かい合わせになるように椅子を置き座る。


 トレーの上には、黒くて丸いパンが2つと、瑞々しい生野菜と、卵を溶いて浮かべたスープに、メインは網焼き模様が綺麗な分厚い肉だ。ほわほわと湯気と共に漂う匂いは食欲をそそる。


「今日はしっかり食べて休むといい」


 くぅ~……


 腹は正直だ。


 スープを手に取って一口一口スプーンで掬って口に運ぶ、卵がフワフワ滑らかで、ほのかな塩味で食べやすい。パンは少し硬いけど手で半分に割ってサラダと肉を挟んで、大きく口を開けてガブリと噛り付く。サラダは新鮮でシャキシャキで、肉はシンプルに塩コショウ味だけど柔らかくて舌の上でとろけてしまう。噛み応えのあるパンに凄くよく合うので食事を楽しめた。


「めちゃくちゃ美味かった!」

「それは良かった」


 やっぱり食事は人を元気にするよ。と思いながら、リュカデリクが淹れてくれた紅茶を飲む。そんな俺の様子を見てニカッと笑み、頭をクシャリと撫でてくる。


 そして、ふと気がついてしまった。俺のトレーと周りは、パンくずやら野菜の欠片がポロポロ落ちているけど、リュカデリクのトレーを見ると、ナイフとフォークで礼儀正しく食べたみたいだ。もちろんパンくずも落ちていない。


「もう少し女の子らしくした方が良いのかな?」


 アレティーシアも、王族だから礼儀とかも、旅が終われば覚えなくてはいけなくなるだろう。けどリュカデリクのように出来るのか不安しかない。


「オレは今のままの『お前』で良いと思う。王族にはいないタイプで見ていて面白いからな」

「え! 俺って面白いの!?」

「今までオレの周りにいたのは、いつでも上辺だけで笑って心の中で何を考えてるか分からない奴らとか、下心があって近づいてくる奴らばかりだったから、アレティーシアの様に感情が分かりやすいのは初めてだな」

「この世界に来るまでは、王族とか金持ちには憧れてたけど割と大変なんだ」

「もう慣れたけどな」


 王族や貴族同士の社交場は、腹の探り合いという感じなのだろう。慣れたと言って笑うけど付き合いが大切で、とても大変なのは理解できるつもりだ。



「オレは出かけるがアレティーシアは部屋に居ろ」

「俺も! じゃない僕も行く」

「また辛い事を聞いてしまうかもしれないんだぞ?」

「分かってる。昨日も今日も驚きすぎて怖くて逃げ出す事しか出来なかった。でもさ僕は知りたいんだ。どうして殺されなきゃいけなかったのかとか……」


 思い当たる節が全く無いのだ。でも何か理由があったんだろう。無意識に握った拳は震えてしまう。あの2人は隣国にいるのだから、ばったり街中で再会する事もあり得そうだ。


「自分を殺した相手に再会したんだ誰だって逃げ出すだろ。それに理由が知りたいのも当然だ。分かった一緒に行こう」

「ありがとリュカデリク! あとさ……兄さんの事も知りたいんだ」

「オレはお前の事を気に入っている。だから頼ってくれていいし、もしもの時は守るから安心しろ。あとヴァレリーの事は今から会う婆さんに聞くといい」


 くしゃりと頭を撫でられた。


「うん……」

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