第2話ー3

「おい! 起きろ!」


 いつの間にか眠ってしまっていたようで目が覚めると、もの凄い速さで走り続ける、顔まで黒い布で覆った黒装束を身に纏った男性に小脇に抱えられていた。しかも周りは森に囲まれているし、首を後ろに向けると、数十人の騎士団風の者たちが追いかけてくる。


 一体どんな状況なんだコレ!? 寝てる間に何があったんだ???


「飛ぶから、しっかりオレに摑まっておけ!」

「は!? 飛ぶって何!?」


 戸惑っているうちに、男は俺を抱えていない方の腕を上にあげる。すると仕込んでいたロープが袖口から伸びて、上空から下降してきていたドラゴンの足に絡まって空へと舞い上がった。


「もしかして人攫い!?」

「人攫いではないが、この状況では言い訳にしかならんな。事情は後で話す。すまんが、もう少し我慢してくれ」


 月明かりの中、顔を覆っていた黒い布を取る。男の顔があらわになり、金色に輝く髪の毛がフワっと零れだして風に舞う。瞳の色も金で、キリッと鋭く光っている。思わず綺麗だと見惚れてしまったほどだ。そして俺を支える腕は、かなり鍛えているようで落とされるような心配もなさそうだ。


 地上を見ると、既に真っ暗な闇にしか見えない。


「追手はいないようだな。よし! 目的地が見えてきた。降りるから振り落とされるなよ」


 袖口に仕込んでいた小さなナイフで、ロープをドラゴンから切り外す。袖口には、色々なモノが仕掛けられているんだな! などと思った。次の瞬間、言い表せない墜落していくような感覚に襲われて、目を瞑って男に力の限りしがみつく。


「うぎゃぁ~~~! 俺はジェットコースターは苦手なんだよぉ~~~!!」


 俺の叫びが、夜の闇に虚しく木霊する。


「度々すまない。じぇっとこーすたーと言うのは良く分からないが、もう地上に降りたから安心しろ」


 地面に下ろしてくれたけど、ペタンとへたり込んでしまう。絶叫系はダメなんだ。あの落ちる感覚が本当ダメなんだ。俺がブツブツと呟いている間も、男は油断なく周囲の森を見回し警戒している。


「そろそろ来る頃だ」


 誰が? と聞く前に、背後の木々が生い茂る真っ暗な森の隙間から、思いもよらない人が現れた。


「母さん!?」

「ふふふ! 驚きましたか?」

「色々な意味でビックリし過ぎて、まだ足がガクガクしてる」

「噴水のところに居ないから、私も焦りましたよ」

「それは……ごめん!」


「リデアーナ様、話したいことが沢山あるだろうが、まずは此処を離れよう」

「そうね。行きましょう」


 ここはまだティルティポー共和国の中なので安心できないのだろう。「ついて来い」と男に促され少し歩くと洞窟が見えた。指笛で合図を送ると馬車が出てきて、御者がドアを開けてくれたので乗り込む。母さんが俺の隣に座り、男は向かい側に腰を下ろした。


「あなたは母さんの名前を呼んでた。それに母さんも、あなたの事を知っている気がするんだけど、どんな関係?」

「オレはリュカデリク。リデアーナ様とは遠い親戚なんだ」


 気になってしまったことをぶつけたら、驚きの答えが返ってきてポカンとなってしまった。


「実はリュカデリクには調べてもらっていたことがあるのです。それでティルティポー共和国を陰から牛耳っていると噂があるラウルが今日、屋敷を開放して夜会を開くと言うので作戦を決行したのです」

「そうだったんだ。ラウルって奴、贅沢三昧ギラギラオヤジって感じだもんな。確かに裏で何かやってそうだ」

「ふふふ! そのラウルの隣に、いつもいるのが妹のシャイナなのですが、どうにもあの兄弟の趣味はいただけませんね」


 リュカデリクが話に入ってこないと思ったら、口元に手を当てて「ギラギラオヤジ」といって肩を震わせている。笑いのツボに直撃してしまったらしい。ひとしきり笑った後、咳払いをして調べて分かったことを話し始めた。


「肉食獣一族の王アラディスは予想通り地下牢にいました。そして話を聞くことは出来たが牢には封印が施されて助け出すことは無理だった。アラディスの話によると、肉食獣一族の先代王にティルティポー共和国に戦を仕掛けるように仕向けたのはラウルの祖父だとも言っていた。裏工作をして肉食獣一族を返り討ちにしてから支配しようと考え、その計画が上手くいったら次は草食獣一族も狩ってしまえばいいとまで言って高笑いをしていたそうだ。たまたまラウルの屋敷に招かれていたアラディスは、その企みの全てを聞いてしまい捕まったと言っていたが、元から捕らえるのが目的で呼んだんだとオレは思う」

「報告ありがとうございます。シルヴァンスに伝えて救出に向けての計画を練りたいと思います」

「もう一つの件については、残念ながら情報は得られなかった」

「そう……ですか。一体ヴァレリーは何処へ行ってしまったのでしょうか?」


 母さんは少し疲れたように頭を抱えて溜息をもらした。


「母さん! 兄さんは俺が探しに行く」


 馬車の座席に仁王立ちして、握りこぶしを振り上げ気合を入れて宣言する。その手を何故かリュカデリクが両手で包み込むように握り締めてきた。


 そして……


「オレも行く」

「え!? でも何かやる事があるんじゃないのか? 救出作戦とかさ!」

「もちろん救出に関しても出来る限りの事はやる。だからついて行っても良いだろうか?」

「か! 母さん! どうしよう!?」

「救出作戦は内密なものですが、肉食獣一族と草食獣一族の総力をあげて計画するので問題はありません。なので良いと思いますよ。リュカデリクは武術も得意ですし、何よりアレティーシアあなたの事を……」

「リデアーナ様!そこからはオレが話す!!」

「ふふふ! 分かりました」


 リュカデリクは深呼吸をして、俺の手を離さないまま熱い視線でゴクリと喉まで鳴らしている。


「アレティーシア! よく聞いてくれ! オレはお前に一目惚れしたんだ! 結婚前提に付き合ってくれ!」

「は!? でも俺さ」

「全部リデアーナ様から聞いたうえで告白している! それに今は女性なんだ。何も問題は無い」

「いや! 問題だらけだろ! それに結婚って俺まだ5歳なんだけど!!」

「ふふふ! 婚約くらいなら問題はありませんよ。そしてこの世界では15歳で成人とみなされるので10年後には結婚もできます」

「もしかして夜会の後で話をするって言ってたのはリュカデリクの事があったからなのか?」

「えぇ。そうですよ。実は貴方がこの世界に生れ直した日、リュカデリクもあの場にいたのです」

「返事は急がない。兄君を探す旅の間に考えて決めてくれればいい」


 助けを求めるように、母さんの方を見てもニコニコ微笑みを浮かべるだけだし、リュカデリクは手を離そうとしない。


「分かった。ちゃんと考える。その代わり兄さんを探すのも手伝ってほしい」

「もちろんだ」


 俺が考えると言っただけなのに、リュカデリクは心の底から嬉しさが滲み出ているような太陽のように輝く笑顔を見せた。眩しく見えて目をそらすと、窓の外は夜の闇が流れ続け、馬車は休むことなく走り続けている。




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