都市伝説をバズらせるには?
ある日、横浜駅周辺での仕事が片付き喫茶店で昼食をとっていた時のこと。ミーコの何気ない一言でこの話は始まった。
「──そういえば午前中駅前を通った時に思ったんですけど、マスクをしている人ってすっかり少なくなりましたねぇ」
「ん……? ああ、例のウイルスも落ち着いたようだね」
「先生は今も外出する時はマスクをしていますよね。まだ警戒中なんですか?」
「いや、もう大丈夫だと思っているよ。コンビニに行く程度ならしていないし。ただ今までマスクをする生活を送ってきて再認識したんだ、マスクの有る無しで風邪を貰う確率が段違いだって。だから人が多い所に行く時にはしてるってわけ」
「ああ! そういえばわたしも、マスク生活が始まってから風邪をひくことが減りました」
「だろう? でもそれはいいことなんだけど、やっぱり始まった当初は戸惑ったよね。なんせ外を出たら見る人皆マスク姿だったから」
「確かに。今思うと少し異様な光景ですね」
「しかしそのおかげでウイルスから身を守れたわけだ。もちろん完全に防げたわけじゃないが……大変だったのは品切れ続出で製造が大変だったマスクの製造会社と、あとは口裂け女か」
「……は?」
私のウィットに富んだジョーク(自画自賛)に対し、ミーコは「何を言っているんだこの人は」と言わんばかりの呆気にとられた表情を返した。
「え、嘘、知らない? 口裂け女」
「知ってますよぉ。口が裂けてる女の人の妖怪ですよね? それと今の話って、何か関係があったんですか?」
「関係あるも何も、マスクといえば口裂け女、口裂け女といえばマスクだろう」
「そうなんですね。わたし、妖怪とか詳しくなくて」
「厳密に言うと妖怪では……いや、口裂け女を妖怪とするパターンの話もたしかあったな。まぁそれはさておきだ。子供の頃同級生たちと話して盛り上がらなかった? 口裂け女は日本で1、2を争うくらいメジャーな都市伝説だと思うんだけど」
「はぁ。何かの漫画とかゲームに出てきて話すことはありましたけど……そもそも、口裂け女に盛り上がる要素ってあるんですか?」
どうやらミーコの反応を見るに、『口裂け女』という都市伝説は無くなってはいないものの、昔と比べると扱いはかなり変わっているみたいだった。確かに、時代が違えば流行っている物が違うのは当然の事なんだけど、なんだか寂しいものだ。
「そうか、口裂け女はもうメジャーな都市伝説では無いのか……」
「先生はそんなに口裂け女が好きなんですか?」
「好きとかじゃなくて……ガッツリとしたホラー系の作品はあまり得意じゃないんだけど、都市伝説とか学校の怪談みたいな不思議で不気味な噂話は丁度良いというか、何というか……まあ、口裂け女はわりと怖い部類の話ではあるんだけど」
「そうなんですね、よくわかりませんけど」
「よし、いい機会だ。君に都市伝説の魅力を教えてあげようじゃないか。と言っても、私も絶頂期のブームを実際に体験したわけじゃないし、そこまで深い知識があるわけでもないから有名どころだけにはなるが」
「じゃあやっぱり口裂け女ですか? さっきすごい有名だって言ってましたよね?」
「うん。口裂け女の話は地域によって変わってくるんだけど大まかな流れは一緒で、こんな話だ」
下校中の子供に、マスクをした美しい女の人が「私きれい?」と問いかけてくる。子供がきれいだと答えると「これでもかい?」と言いながら顔を露にする。その口は耳元まで大きく裂けていたのだった……
「そういえばそんなお話でしたっけ…………ああ! だからさっきのお話で口裂け女は大変だな、なんて言ったんですね? ほぼ全ての人間がマスクをしていたんじゃあ、口裂け女の異様さは薄れてしまいますもんねぇ」
「ようやく理解してくれたかい……まあ、さておきだ。この口裂け女の話は1978年に岐阜県のとある町で始まったのだと言われている。そこではまだ『私きれい?』というお決まりのやりとりは無く、単純に『口が裂けた女を見た』というだけだった。そこから西へ東へ、南へ北へと噂が広まるうちに色んな脚色が施されていったわけだ」
「脚色ですか」
「ああ。有名どころで言えば『べっこう飴』だな。口裂け女から逃れる為のアイテムだ。『べっこう飴が好物だから見逃してくれる』というパターンと、『べっこう飴が嫌いだから口裂け女が逃げる』という2パターンがあり、これは地域や時代によって違うらしい」
「口裂け女の弱点……あ、それならわたしも知ってますよ! 確か、何かの匂いが苦手だからそれをつけておくといいとか……ワックスでしたっけ?」
「ポマードだね。整髪剤という意味では同じだけど。これは『ポマード』と唱えるだけでもいいらしい。それら以外に多くの地域で言われていたのが、赤い服や靴など赤い物で身を包んでいたという事、それと口が裂けているのは整形手術が失敗したからであり、その執刀医が大量のポマードをつけていたのでその匂いが苦手になった、とかかな」
「そこから地域によって色々と『ご当地ルール』が加わってくるんですね。でも先生、わたし気になったことがあるんですけど」
「なんだい?」
「口裂け女の話を改めて聞いてみても、『よく出来た怪談』くらいにしか聞こえないんですよね。日本で1、2を争うくらい有名な都市伝説だったと言われても、そうは思えないような……」
「口裂け女の話が生まれてから現在に至るまでの間に、数多くの怪談が世に出回っている。この話が好きな人もいれば、ミーコのように普通だと感じる人がいるのは当然さ」
「はあ、つまり現代っ子は耳が肥えていると?」
「私はそう思うね。それに、口裂け女の魅力は話の内容だけじゃないんだ」
「ほかに何かあるんですか?」
「うん、例えば……」
私はコーヒーを飲みつつ、スマホで検索した口裂け女に関する情報をミーコに見せた。
「ほら、これを見たまえ。『口裂け女の話は1978年12月に岐阜県のとある町から始まり、翌年6月には日本全国に広まったとされる』とあるだろう? これほどのスピードで広まったということはよっぽど怖かったんだなと、後から知った人たちは惹きつけられたんだよ」
「確かにすごい早さですね。全部人から人への噂話で広まったんですか?」
「1979年の1月に岐阜の地方紙、5月に読売新聞で掲載された記録がある。人の噂、マスメディアの両方だな。それに早さだけではなく各地で聞かれる話の内容が殆ど同じだったという『噂の正確さ』に着目し、口裂け女が本当に現れていたんじゃないか? と言われどんどん人気になっていった。実際、口裂け女風のメイクをした模倣犯とかいたらしいしな」
「話の内容以外にも人気になる要素があったんですね」
「そうだ。口裂け女の噂は1979年の夏を過ぎるとすっかり沈静化してしまったと言われているんだが、その後ちょくちょくと注目を集めることがあったんだ。そのピークが『第二次オカルトブーム』真っ只中の1995年で、この年、口裂け女を始めとする怪談や都市伝説は色んな漫画や映像作品で登場し……」
「第二次オカルトブーム?」
「あー……それについて話し出すと脱線しそうだからまたの機会にしよう。とにかく、口裂け女の話は初めて世に出た後もこうして注目される機会が多かったので、特に有名な都市伝説の1つとなったわけだ。ちなみに、口裂け女に関する考察は沢山あり、今私が話したのはほんの一例にすぎない」
「『諸説あり』ということですか。でも、面白いですねぇ。とある怪談が大流行して、その後コミカライズや映像化……今でいう、『バズる』ってやつですね!」
「ん? ああ、そう言われるとそうかも」
「最初は単純に『口が裂けた女を見た』っていう話だったんですよね? という事は後に色んな設定を付け足した人が『バズらせた人』ということになるのでしょうか? どんな人なんですかねぇ……そんな話題になる設定を思いつくという事は、小説家の人だったりして」
「いや、当時の小学生たちが噂の大部分を作ったらしい」
「えっ、そうなんですか?」
「基本的に子供たちの間で噂は広まっていったからね。口裂け女の弱点なんか特にわかりやすいんじゃないか?」
「べっこう飴にポマードですか?」
「怪異の弱点としてぱっと思いつくのはお札とかお経とか、そういうご利益のありそうな物だろう? でも口裂け女の弱点はそうではなかった。べっこう飴という簡単に手に入って、ポケットに入れることができて、食べておいしいという、子供たちにとって実に都合の良い物だ」
「確かに自分たちに縁のない物をあげたんじゃ意味ないですもんね。でもポマードはどうなんです? 当時の小学生の間で流行っていたんですか?」
「『失敗した整形手術の執刀医がポマードをつけていた』というのはおそらく大人が考えた設定だろう。それを聞いた子供たちは、自分らでも使えるように『ポマードと唱えるだけでも有効』という設定を追加したと思われる」
「なるほど……子供の想像力というか、発想力はすごいですねぇ。あ、じゃあ当時噂を作った子供の中に、有名なホラー作家の先生がいたりして……?」
「日本全国を巻き込む程の怪談だ、そんな貴重な体験を活かして作家になった人もいるかもしれないね」
「日本全国を巻き込む……」
話がひと段落した所で、私はすっかりと冷めてしまったコーヒーを流し込む。ミーコはというと、何やら熱心にスマホを操作していた。
「口裂け女について調べているのかい?」
「あ、いえ……さっき先生が話してくれましたけど、口裂け女の噂って物凄い速さで広まっていったんですよね?」
「そうだね。それが?」
「ネットのない時代にそれが出来たという事は、今の時代ならもっと早く、かつ簡単に怖い話を広めることが可能ですよね? そう思ったので調べてみたんですけど、ネットが一般に普及された後話題になった怖い話はいくつかあるんです。『ひとりかくれんぼ』とか『八尺様』とか……でも、日本全国を恐怖に陥れる程ではなくて」
「うん。口裂け女の時のように全国の子供たちが怖がって外に出たがらなくなったり、学校で集団下校が実施されたりとかは無いよね」
「どうしてなんでしょう? 口裂け女に匹敵するくらい怖い話はいくつもあるのに」
「専門家じゃないから確かなことは言えないんだけど……それはインターネットが普及したからじゃないかな」
「え? ネットがあるから広まりやすくなっているんじゃ?」
「広まりやすすぎるんだよ。今の時代ならネットで話題になってから2、3日あれば日本全国に広まるかもしれない。でもそれと同時に、新しい話題も次々と出てくるわけだ。例えばものすごく怖い怪奇事件が起きて話題になったとしても、その何日か後に新しい話題が出てきたらあっという間に忘れられてしまうだろ?」
「つまり今の時代だと怪談の消費スピードが速すぎて、都市伝説化する前に忘れられちゃうということですか?」
「私はそう考えるね…………さて、ずいぶん長居してしまったな。そろそろ帰ろう、これで払っておいて」
「はーいごちそうさまでーす」
ミーコに財布を渡して帰り支度をする。その最中にふと、こんなことが頭の中に思い浮かんだ。
(もし、口裂け女の様な怪異が本当にいて現代社会に潜んでいるのだとしたら……自らを都市伝説化させるためにどうやって『バズらせようか』と試行錯誤しているのかな?)
口裂け女がスマホを片手に頭を悩ませているところを想像する。その後ろ姿はなんだか滑稽で、私は思わず吹き出してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます