第6話 別れ(カミル)

まさか同じ年で、ギルバード様よりも大きい令嬢だとは思わなかったのはわかる。

だけど、これはかなり失礼なことを言ってしまったんじゃ……。

どうしよう。怒られるか、泣くか……


だが、マリエル様の反応はまったく違っていた。

呆れたようにため息一つついて、にっこり笑ったのだ。


「私だって優しいお兄様が欲しかったわ。

 でも、いいの。私は姉だから我慢してあげる。

 お姉様って呼んでもいいのよ?」


「誰が呼ぶか!」


そんな風にマリエル様にからかわれ、ギルバード様は言い返していたけれど、

自分が悪いのはわかっているようですぐに謝っていた。


「悪かったよ……ギルバードだ」


「マリエルよ。よろしくね」


素直に謝ったのが面白かったのか、マリエル様は笑顔で許していた。

一つ年下の令嬢だけど、何て強い人なんだろう。

ラフォレ辺境伯領地は魔獣が多い場所で、隣国との間に砦もある。

女性の冒険者や女性騎士もいるけれど、こんな幼い頃からしっかりしている令嬢はまれだ。


新しく奥様になったマチルダ様も元は地方貴族だったようだし、

幼い頃に辺境伯の屋敷で暮らしていたこともあるという。

これなら問題なくこの地に馴染んでいくだろうとその時は思った。



それから見た目だけは平穏な日が続いた。

少しずつ何かズレがあるような気がしていたけれど、

その正体に気がついたのは、ギルバード様とマリエル様が十歳を過ぎたくらいだ。


ギルバード様と剣の訓練をしている間、辺境騎士団と話をしている時、

マリエル様にちらちらと見られていることに気がついた。


最初はギルバード様か俺を見ているのかと思ったけれど何か違う。

もしかしたらマリエル様は誰か見初めたのかもしれない。

誰を見ているんだろうと思い人を探してみたが、誰なのかわからない。

いったいマリエル様は何を見ているのだろうと考えた。


……マリエル様はただ、男性の世界を見ていただけだ。

うらやましそうに、悲しそうにただ見ていた。

そのことに気がついて、なんとも言えない気持ちになった。


いくら体格が良くて髪が短くてもマリエル様は令嬢で、男性にはなれない。

いつもはギルバード様と私と三人でいることが多いけれど、

ギルバード様は辺境伯となって騎士団を指揮することになる。

そのためにも騎士団に顔を出す必要があったが、そこにはマリエル様は入れない。


その時間は奥様たちと刺繍や仕立てなどを学んでいると聞いていた。

女性たちが楽しそうに集まっておしゃべりをしている間、

大きなマリエル様は小さくなって存在感を消しているようだった。


幼い頃、寝台から動けず話すのも難しかったせいなのか、

ギルバード様は人の視線から感情を読む。

私よりもずっと前に、マリエル様の思いに気がついて当然だった。

「マリエルには何も言うな。言っても仕方ないことだから」と。


仕方ない……確かに仕方ない。

奥様がどうして伯爵と離婚したのか、事情は聞いていた。

確かにマリエル様が男の子だったら離婚しなかったかもしれない。

跡継ぎが求められるのはどこの貴族だって同じだから。


だけど、離婚したことで辺境伯と再婚したのだし、今の奥様は幸せそうだ。

きっとマリエル様も大きくなって、結婚して子どもが産まれたら納得する。

そして、男の子になりたかった自分を懐かしく思うんだろう。

小さい頃はそんなこともあったなって。

そう思って、マリエル様の悲しそうな目を忘れることにした。



そのことを思い出してしまったのは、奥様が身ごもった時だった。

不安そうなマリエル様の目が、あの時の私たちを見ている目に見えた。

奥様が男の子を産んだとしても、マリエル様の価値は変わらない。

ここにマリエル様を大事だと思っているギルバード様がいるのだから。

もし、この時にちゃんと伝えられていたら……あの悲劇は防げたのかもしれない。






魔狼にギルバード様が噛まれ、剣を落としていた。

しまったと思い、すぐさまギルバード様の補佐に入った。

私が魔狼の相手をしている間に体制を立て直してもらおうと思ったからだ。


だが、予想よりも噛まれた手は深い傷だったのか、

ギルバード様は剣を持とうとして、また落としてしまった。

血の匂いで寄ってくる魔狼に対応できなくなった時、急に辺りは暗闇に変わった。

それが土壁だと気がついた時にはもう遅かった。


四方に作られた土壁をなんとか壊して外に出た時、

マリエル様は離れた場所に血まみれで倒れていた。もう意識は無かった。


「マリエル!マリエル!どうしてなんだ!」


泣きながら叫んでいるギルバード様に、マリエル様を麓に連れて行こうと言った。

早く連れて行けば助かるかもしれないと。……嘘だった。

どう見ても助からない。もう死んでしまっているものは生き返らない。


だけど、ギルバード様だけでも連れて帰らなくてはいけない。

私はギルバード様の側仕えで、護衛だから。


すべてはマリエル様を守れると過信した私のせいだ。

ギルバード様と私がいれば、マリエル様を守れると思い込んでいた。

護衛対象のギルバード様の力を当てにするなどあってはならないのに。


冷たくなっていくマリエル様を背負い、山を下りる。

麓近くになって、辺境騎士団と合流することができた。

いなくなったギルバード様とマリエル様を捜索していたらしい。


マリエル様を騎士団に任せると、ギルバード様と私は屋敷に連れ戻された。

屋敷に着いた後、ラフォレ辺境伯は私を容赦なく殴り飛ばした。

殴られるのは当然だと思った。令息と令嬢を危険だと知りながら連れて行ったのだ。

本当なら、嫌われてでも縋りついてでも止めなくてはいけなかったんだ。


「これを乗り越えたら、きっとマリエルは自分を好きになれると思うから」

ギルバード様のそんな思いを知っていても、止めておけば良かったんだ。

マリエル様の笑顔を永遠に見れなくなるくらいなら。




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