第5話 出会い(カミル)

私は母上の不貞の子だったらしい。というのは、少し大きくなってから知った。

物心つく前から他家に預けられ、両親とはほとんど顔を合わせていない。


私は地方貴族の中でも中央よりに位置するピネダ子爵家の二男として生まれた。

剣を振るしか能のない父上に代わって、母上が領地の経営を行っていた。


貴族ではよくある話だ。

跡取りがダメだった場合、優秀な令嬢を嫁にして領地を任す。

母上は中央貴族の伯爵家の一人娘で婿取りする予定だったが、

年の離れた弟が産まれたことで地方貴族に嫁ぐことになった。


母上もわかっていて嫁いだのだろうが、地方での生活はつまらなかったようだ。

多少のことがあっても離縁されないと思ったのか、そこそこ遊んでいたらしい。


中央貴族出身の母上から私のような金髪紫目が産まれてもおかしくない。

だからこそ、母上は気にせずに不貞していたのだと思う。

ただ、運が悪かった。その言葉に尽きる。


王太子が隣国の式典に出席するために、ピネダ領地に宿泊することになった。

その前日、領地の端で魔獣が大量に発生し、父上たちは討伐に出かけていた。

領主がいなくても王太子を蔑ろにするわけにはいかず、

母上は予定通り夜会を開いて王太子や側近たちをもてなした。


その日、母上が誰とそういう関係になったのかはわからない。

後で父上と閨をしておけば問題ないと考えていたのだと思う。

しかし、父上は魔獣討伐で下半身に大けがを負ってしまい、半年も動けなかった。

母上が身ごもるのはどう考えてもあり得ない話だったのだ。


不貞がバレてしまっても、母上がいなくなれば領地経営するものがいなくなる。

上の息子もまだ五歳で代替わりするのは先のこと。

父上は母上を許すことにした。が、私の存在は許せなかったようだ。


どう見ても茶髪緑目の父上とは似ていない容姿で産まれた私は、

中央貴族と血縁関係のあるラフォレ辺境伯の家に預けられることになった。

辺境伯が地方貴族ではめずらしい金髪緑目だということもあるのだろう。

ちょうど辺境伯夫人が妊娠中だったこともあり、

産まれてくる子の側仕えにするという名目で引き取ってもらえたらしい。


少し大きくなってからそんなことを聞かされ、

これからも生家とは関わらないでおこうと思った。

ピネダ子爵家は兄がなんとかするのだろうし、私は受け入れてもらえない。

それならば辺境伯家の家臣となって働いたほうがよっぽどいい。

ここは居心地がいいし、何よりもギルバード様のそばにいるのは楽しかった。




私が側仕えしているギルバード様はか弱く、まるで姫のような令息だった。

つやつやの黒髪に濡れたような黒い目。

亡くなった夫人にそっくりだと言われる容姿だが、性格は違った。

寝ていなきゃダメだと言ってもすぐに寝台から抜け出してしまう。

騎士団の剣をこっそり持ってきては振り回すことができずに悔しがる。


「俺もカミルみたいに大きくなりたい」


そう何度も言われたけれど、こればかりはどうにもならない。

歳は一歳しか違わないのに、身長は頭一つ分くらい違う。

将来は剣士になりたいと言うけれど、どう考えても無理だろうと思った。


魔力が多すぎる上に全属性持ち。しかも闇属性まで。

身体の成長と魔力の成長が合わず、少しでも無理すれば高熱を出して倒れる。

そのせいで食事もまともにできず、身長も伸び悩んでいた。

それでも救いだったのは、前向きで明るい性格をしていることだった。

見た目は姫のようでも、中身は普通の男の子だった。

やんちゃで甘えっこで努力は嫌いで、そのくせ剣へのあこがれだけは強かった。


ギルバード様が八歳を過ぎた頃からようやく熱も出さなくなり、

小さいけれど剣も振り回すことができるようになった。

そのことに安心したのか、ラフォレ辺境伯が再婚することになった。

使用人たちはギルバード様の反応が怖かったのか、恐る恐る教えていた。

下手したらまた高熱を出して倒れてしまうんじゃないかと。


だが、ギルバード様は父親の再婚話に喜んでいた。

屋敷に女主人がいると父上が楽になるよな、なんて言って。

その上、再婚相手には令嬢がいるとわかるとうれしそうに笑った。

「俺がその子を守ってやるんだ!」と。


いつも守ってもらってばかりだから、自分が守る側になりたいのだろうと思った。

まさか情報が足りなくて、令嬢が守られる側じゃないなんて思いもしなかった。

ラフォレ辺境伯が夫人と令嬢を伯爵領まで迎えに行って、屋敷に戻って来た。

馬車から降りた夫人の後ろにいたのは、私たちが想像した令嬢じゃなかった。


「マリエル、こいつが息子のギルバードだ。仲良くしてやってくれよ。

 あぁ、マチルダ、部屋に案内しよう。こっちだ」


「ええ、マリエル、あとは子どもたちだけで大丈夫ね?」


「はい、お母様。大丈夫です」


紹介された令嬢は大きかった。そしてなんとも異質な感じがした。

少し赤い茶髪は令息のように短く、はっきりとした紫目。

女性にしては背は高く肩幅がしっかりして、日に焼けた顔をしていた。

中央貴族の伯爵令嬢だと聞いていたのに、小さくもか弱そうでもなかった。


驚いたのは私だけじゃなく、ギルバード様もだった。

紹介されたのに何も言わないギルバード様に声をかけようとした時だった。


「妹ができると思ってたのに、なんで俺よりデカいんだよ……」


しまった。ギルバード様は妹ができると思い込んでいたんだった。

まさか同じ年で、ギルバード様よりも大きい令嬢だとは思わなかったのはわかる。

だけど、これはかなり失礼なことを言ってしまったんじゃ……。

どうしよう。怒られるか、泣くか……


だが、マリエル様の反応はまったく違っていた。

呆れたようにため息一つついて、にっこり笑ったのだ。

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