2章 死霊術×ダンジョン、認知。
30話。(ギルド長視点。)
ギルド長室らしからぬ酒瓶の散乱した部屋には男が一人。琥珀色の度のきつい酒が注がれたグラスが四つ置かれた机にだらしなく足を載せ、その酒瓶を片手にため息を漏らす。立場上、冒険者に肩入れしすぎるのが良くないことは頭では理解している。それでもパーティの発足から当ギルド一の実力派と呼ばれるまでに成長した彼らとは喜びも悲しみも、様々なことを分かち合い苦楽を共にしてきた。そんな彼らがこの世を去ってしまったのだから、悲しみに暮れるのも仕方がない。今日くらいはあいつらも許してくれるだろう。
「……やっぱり引き受けるべきじゃなかったか。」
今更過ぎる後悔の念が俺を押しつぶすのようにのしかかってくる。此方から手を出さなければ害のないダンジョンだったかもしれない。騎士団が出撃できるようになるまであくまで外から怪しい動きがないかを観察するだけに留めて……。
いや、こんなことを考えること自体馬鹿らしいと俺も分かっている。村人側が自ら中に飛び込んでいったとはいえ既に数人犠牲が出ている以上、放置しておく訳にはいかないのだから。ここまで思考が弱り切っている自分に嫌気がさす。
何もする気力もないままぼーっとしていると、不意に扉をノックすると音が聞こえる。相手が誰かも確認せずに鍵は掛かっていないことを気だるげな声で伝えると、静かに扉が開いた。そこに立っていたのは……。
「……騎士団長殿!?」
「やあ、一か月ぶりかな。」
白銀の鎧を纏った男が顔を見せていると気付けば慌てて姿勢を正す。ギルドを治める者が酒に溺れている姿を見せてしまったことが恥ずかしい。必死に狼狽する気持ちを悲しみと一緒に胸の奥へと押し込めながら、彼に用件を尋ねる。
「そうですね、一か月ぶりになりますか。……それで、本日はどういった用向きで?」
「いや、例の件を頼んでから一か月は過ぎただろう?彼らの連絡未だ無し、という途中報告は一度来たが、それから何も連絡が無かったから直接確認をしに来た。……しかしその様子では、」
既に答えを得たり、と言った様子で彼は言葉を区切る。まぁ、そうだろう。ギルド長が可愛がっていた実力のある冒険者に依頼した案件が途中報告が一度だけ。その内容も成果0。そのまま報告は無く、直接確認しに来たら酒に溺れた情けない男がいるだけ。嫌でも想像はつく。
「……ええ、概ね御察しの通りです。」
「……そうか。……すまなかった。」
自分でも驚く程抑揚のない声でダンジョン調査は失敗したことを暗に伝えると、彼は少しの間天を仰ぎ、その後俺に向かって頭を下げた。
あんたが頭を下げたからなんなんだ。
そもそも最初から騎士団が対応していれば。
あいつらが帰ってこないことに変わりはない。
そう叫びたくなるのをぐっと堪える。これはただの八つ当たりだ。そもそも冒険者なんてのはいつ死んでもおかしくない、別れが突然やってくるのが普通なんだ。無意識に握っていた拳に気付くと、そこから力を抜く。
「……今度墓を建てます。そしたらまたあいつらに会いに来てやって下さい。」
「……ああ、そうするよ。」
彼はおもむろに土産として持ってきていたのだろう酒を取り出した。それを見て俺は何も言わずに空いたグラス用意する。彼が二つのグラスに酒を注ぐ。そして、視線を交わした後二人で一気に注がれた酒を飲みほした。俺が飲んでいた安酒よりも美味く、きっとあいつらに渡すつもりだったんだろうと思うと視界がにじんだ。その後も何度もお互いのグラスに酒を注ぎ、飲み交わした。その間俺達はずっと無言だった。
普段ならとっくに酔ってもおかしくない量の酒を飲んでも一切酔えなかった。騎士団長も同じようで、神妙な顔付きのままグラスを机に置いた。
「……今回の件、国を守護する者として重く受け止めている。」
彼はそう切り出した。国内でも有数の実力派パーティが何の連絡もなく消息を絶つというのは異常であると。冒険者というのは死と隣り合わせであるからこそ、命の危険を察する能力が高い。特に上位の冒険者になればなるほど、危機に対する嗅覚が鋭い。そして同時に情報の価値を理解している。となればパーティが壊滅の危機に瀕する時、三人の命を切ってでも一人を生かす判断ができるはずであり、彼らにはその判断を出来るだけの経験もあった。
しかし、現実は誰も帰ってきていない。
高い実力を持った冒険者を一人も逃がすことなく殲滅するダンジョンが国内に存在する。それだけで国としては危機感を覚えざるを得ない。そして彼は、強い意志の籠った眼差しで俺を見据えながら、こう言った。
「調査ではなく、ダンジョン攻略のための騎士団を派遣する。」
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2章の最初から他者視点ですみません。
冒険者の彼らと話していたギルド長さんです。
とりあえず書きたい話が思いついたので、そこまでノリと勢いだけで進んでいく2章スタートです。
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