第8話
夕方の路地裏は薄暗く、そして静かだ。
火傷した足と刺された腕はまだ痛い。
俺はパモンに背負われて小さなビルに連れて行かれた。
「あのー……ここって本当に病院なんですか?」
「廃病院だ。表向きは……」
北見さんが扉を開いて古臭い待合室へと入る。埃っぽい部屋は電灯がついておらず外と同じで薄暗い。
パモンは珍しく静かにしている。
「これはかなりひどいですネ」
ふと、火傷をした脚の方から女性の声が聞こえる。おそるおそる声の方を見ると白衣を着た何かがうずくまっていた。
「うおっ!!」
思わず声をあげて驚く。するとパモンが即座に距離を取った。
「勝手にダーリンに近づかないでよ!!!」
「まあ、そう言わないでよパモン君。怪我人を診るのが医者の“仕事”だからネ」
白衣を着たそれは立ち上がってこちらを見ていた。手元には何か光を反射するものを持っているように見えた。
「な、なんなんだ!あいつ!?ねえ北見さん!」
得体が知れない者の恐怖に思わず声を出す。
だが、近くに北見の姿はない。俺は白衣の奴の正体を探る。
「誰だお前は!!」
━━━━パチッ
俺がそう言った途端に部屋の明かりがついた。
目の前にいるのは白衣を着た20代後半の女性。長い黒髪と手に持ったメスが光っている。
眼光は鋭く、瞳に光はない。
「そこにいたのか
北見さんは少し離れた壁にある電灯のスイッチの前で俺たちを見ていた。
「うるさいナ北見。お前がワタシを待たせたからだろ?」
「いや、
「いいだろう。すぐに手術を始めよう。パモン、患者を診察台まで連れてきナ」
「う……わ、わかったよ!!」
パモンは渋々応えた。反応からして前に会った事があるようだ。俺が知らないのにパモンは知っているというとこは、出会ったタイミングは契約初日に俺が瀕死になって倒れた後だと思う。
「あの……あなたは一体?前に俺を治してくれた人なんですよね?」
すると彼女はガラッと雰囲気が変わり、穏やかな表情に変わった。
「ああ、そうでした、君とこうして話をするのは初めてですネ。あんなに派手な怪我人滅多に来ないですからしっかり覚えていますよ、
「そうなんですか……あ、あの時はありがとうございました。高本さん」
俺がそう言うと彼女はまた険しい顔に戻ってこちらを睨みつけた。
「違うナ……あの日お前を治療したのはこのワタシ堂本
「ん……?え?」
頭の中で何が起きたか理解できなかった。
だから思わず北見に目をやって説明を求めた。
「……ややこしいから気にするな」
「いや、でも……」
そこまで出した言葉を遮るように高本さん……?いや堂本さん?が口を出す。
「早くしナ!処置は遅れるほど時間がかかるぞ」
「は、はい……」
俺とパモンは勢いに押されて指示に従った。
手術室へ向かうと俺は手術台に乗せられ、顔に布を掛けられた。
何も見えない中で服を捲られる。怪我の様子を診ているのだろうか。
「左足首からふくらはぎまでの軽度の火傷……左上腕に10cm程の刃物による刺し傷か……フンッ、ありきたりでつまらない怪我だナ。まあいい、オペを開始する」
そう言うと近くで金属がぶつかる音が細かく聞こえた。多分手術道具がトレーに入っているのだろう。すると彼女が呟く。
「魔術始動……『ハーフ&ハーフ』!」
[
何かはわからないが手術をしているように感じる。不思議な事に痛みなどは一切なく、少しずつ傷の痛みは引いていった。
「よし、これで完了ですネ。ほら起きてください」
30分ほど経って声が聞こえたかと思うと顔に掛かっていた布が外された。
手術用のライトが眩しく感じる。
俺は手術の跡を見ようと左腕と左脚に目を向けてみた。
「これは……?」
やはり以前と同じように何事もなかったかのように傷は治っていた。
「あの、これどうやって……」
「私が契約したフェアリットの能力ですネ。どんな大怪我も手術さえすれば元の状態にまで完璧に治癒できるんですよ。まあ、前回あなたが負っていた傷はかなり時間がかかりましたけどネ」
なるほど。魔術というのは本当に何でもできるらしい。理屈はさっぱりわからないがそのスゴさは実感できた。
「スゴいですねあなたの魔術は……」
「スゴいのはワタシの腕だ、魔術では無い。この能力は医者自身の技量がないと意味がないんだ、わかるナ?」
彼女は再び豹変して俺を睨んでいた。鋭い眼光に俺はビビってしまっていた。
そのタイミングで北見さんとパモンが手術室に入ってきた。
「終わったのか……えーっと、堂本?」
「ああ、そうだナ。完璧な状態だ」
そう言うと彼女はパモンを見て、急に穏やかな表情になった。
「ところでパモン君。君のご主人を助けてあげたんですから、何かお礼をして欲しいですネ。私に何をしてくれるんですか?」
パモンは嫌そうな顔で視線を逸らしていた。
ここまでパモンが怯えるのは珍しい。
堂本だか高本だかはパモンの周りをクルクルしながら舐めるように体を見ていた。
北見さんは俺に近づいてきて怪我があった場所を見つめていた。
「相変わらず便利な能力だ」
と静かに呟いた。俺はあまりにも不思議すぎるあの人のことを北見さんに聞いてみた。
「あの高本?堂本?さんって何者なんですか?チームにはいなかったですけど」
「我々に協力している闇医者だ。国魔研から認可はされているが所属している訳ではない、民間の魔召喚士と言った所だ。2年前に
「そ、そうなんですか……それはどうして?」
「見ての通り、あの厄介な人格のせいだ」
「人格?」
正直出会ってから何度も気になる所があった。
穏やかかと思えば急に目つきと口調が変わる。
とてもやりづらいなとは感じていた。
「高本満と堂本海斗。二つの人格を持つ、所謂二重人格者だ。しかもどちらも問題があってな、今のような穏やかな方が高本満。今みたいに報酬目当てで人に接する。そして目つきの鋭い方が堂本海斗。医療のためなら何をするのも惜しまないが、人当たりが悪い」
そう説明されてようやく理解できた……多分。
二重人格者なんて現実にいるんだと思ったが、最近の自分の状況の方がよっぽど現実味がなかった。
「その上、どちらが元の人格なのかもわからない。何の前触れもなく入れ替わるから扱いも難しい。噂ではそれが原因で魔術医療協力から追放されたらしい」
「そ、そうだったんですか」
と会話しているとこっちにパモンが逃げてきた。
「ダーリン!!あいつ嫌だよ!!!」
パモンは俺の側に擦り寄ってきた。
高本?はこちらの方をニコニコしながら見つめている。
「なんで逃げるんですかパモン君?前に約束しましたよネ。次ここに来たら報酬は自分が払うって。約束破るんですか?ほら早くこっちにおいで、ネ?」
その笑顔はとても不気味なものだった。まさかパモンをここまで追い詰める存在がいたのか……と思わず感心してしまった。
「ヤダ!!!ねえダーリン!!!あいつワタシの裸を見せろって言ってくるんだよ!!」
「え?……え!?」
「ワタシ、ダーリン以外に見られたくないよー!!!」
そう言ってパモンは俺の体に抱きついてきた。ちょっとだけラッキーと思った。
でも流石に見過ごせないと思って反論しようとしたが、その前に相手が口を開いた。
「……はー、男同士で何くっついているんですかネ。お姉さんの方がいいに決まってますのにネ」
━━━え?
今明らかにおかしな単語が聞こえた気がした。ありえない筈のワードが俺の耳に入ってきたような気がする。でもこの人はおかしな人だし、多分妄言か何かだろう。そうに違いない。いや絶対にそうだ。そう思う事にした。
でもそう思い切る前に俺は口を溢していた。
「ちょ、え。今なんて?」
「だから、男同士がイチャつくのを見る趣味はないって言ったんです。わかりませんかネ?」
パモンが男?何を馬鹿な事を。確かにパモンは力も強いしどっちかというと活発な方だが、仕草や姿はどれをとっても女の子だ。
「何言ってるんですか、パモンはどう見たって女の子でしょ!」
「骨格からして男ですよ。ていうか北見君は教えてなかったんですか?」
北見さんは微妙に気まずそうにして視線を逸らした。俺はふと、ここに来る途中にパモンとキスをしたのかと聞いてきた事を思い出した。
いや、しかしそんなわけがない……パモンが男だなんて事はありえない筈だ。
そうだ、パモンから直接聞けばいいんだ。パモンは俺に嘘をつくような事はしない筈だ。よし聞いてみよう。
「な、なあパモン。パモンって女の子だよな?男じゃないよな?」
「体は男だよ!!!でも首から上は女の子だから!!!男同士じゃないよ!!!!」
「え、は、え?」
え、は、え?
俺は耳を疑った。そしてあまりの衝撃で手術台に腰をぶつけた。
「いや、だとしたらそれどういう構造なの!?」
「知らないよ!!!人間とは違うんだからどんな形でも別にいいじゃん!!!!」
「よくねえよ!!だってそうなったら俺、男とキスするのにドキドキしてたって事になるじゃねぇか!!!」
「だから!!!首から上は女なんだって!!!!」
「関係ねーよ!!!」
「関係あるよ!!!」
「ない!!!」
「ある!!!」
………!!!
…………!!!!
……………!!!!!
この後何を喋っていたのか、何をしていたのかは覚えていない。
俺は待合室の椅子に座って俯いていた。
パモンはこの部屋以外の場所に行ってしまったようだ。
「はぁ……最悪……」
俺はそう静かに呟いた。
「すまない……目覚めた時にすぐ伝えておくべきだったな」
北見さんは前列のテーブルに腰を乗せている。
「そんなことないです。きっと結果は同じだったと思いますから」
「そうか……」
北見さんはその一言を残してどこかに行ってしまった。
部屋の電灯は明るい。でも外は日が落ちていてとても暗い。
今の自分の気持ちを代弁するかのように、真っ暗だった。
中身の無いモヤモヤだけが心を埋め尽くし、息を重くさせていた。
初めて会った時のドキドキはどこにも残っていなかった。
魔召喚士セブン・クラウン @Shiotani
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